第八十話 調達②
「セーフ、セーフ!!」
上機嫌で俺は車に飛び乗った。
Uターンした車は来た道を戻り始める。方向を修正するのは頃合いを見てからだ。時間がかかるのは仕方ない。
しばらくして、隣に座っている久実ちゃんが睨んでいるのに俺は気付いた。
「ガシュピン、ヤバかっただろ?」
運転中の神野君が追い打ちをかける。
言う通り、少しヒヤッとはした。
ゾンビに足を掴まれたし、ほんのタッチの差で囲まれていたかもしれない。
だが、あそこでAK47を取り戻さなければ、一生後悔した。
元木という悪漢により引き裂かれた俺達は、もう二度と会えなかっただろう。
俺は優しくAK47のボディを撫でた。
「自分の命とその銃とどっちが大切なの?」
久実ちゃんの険しい視線は俺から手元のAK47へと移った。
俺は可愛いAK47を守るように抱きかかえる──何があっても守ってやるからな。我が愛しのカラシニコフよ。俺はもう二度とおまえを離さない……
久実ちゃんに対しては──全くうるせぇな……怪我も何もなかったんだから別にいいだろうに──と思った。
だがそこで、潤んだ久実ちゃんの目を見てハッとする。
「……もう心配させないで……」
「ごめん……」
くぐもった声で言う彼女に、結局俺は謝るしかなかった。
「おい、青山君、道合ってんの?」
道は狭く、曲がりくねっているからスピードは出せない。ナビ役の青山君に対し、神野君もカリカリした口調になってくる。
「うーん、大通りは通れないからナビ通りには行けないんだよ。でも方角は間違ってないはず……」
「次は? この先、国道だ」
道の先を塞ぐ国道。
動かぬ車が並んでいるのが見える。
「ちょっと、止まって!」
青山君が言ったので、神野君は停車した。
「見せろよ。今どこだ?」
「この国道をどっかで渡らないと、ショッピングモールには着けない」
神野君は青山君から渡されたスマホを唸りながら眺めた。
我がマンションとモールとの間に走る大きな国道。これを渡らねばモールへは行けない。
しかし、大通りはどこも車がギッチリ並んでいる状態で、横切れる余地はなかった。
モールから離れた所に車を駐車する場合、物資はリュックなどに詰めて運ぶことになるだろう。
出来ればモールの出入り口付近まで近寄れたらいいのだが。もしくは屋内駐車場に駐車したい。
神野君が車をバックさせ戻ろうとしたので、止めた。
「神野君、これ以上近付くのは無理だ。歩いて行くしかない」
「それじゃあ、大して運べないぜ」
「仕方ないだろう」
車を現地調達することも念頭にあったが、久実ちゃんの前でその案を話す気にはなれなかった。
取りあえず、大通りの手前に車を駐車させる。不本意ながらも俺達は車の外へ出た。
先頭は神野君。青山君、久実ちゃんを間に挟み、後ろは俺が守ることになった。
停まっている車と車の間を駆け抜ける。その向こうには畑、公園、また道路が横たわっている。
これが通常の状態なら、道でない所を猛ダッシュするなんて考えられない。でも、今ここに生きている人間は俺達しかいないのだ。
生気の失った世界を走れば、もう二度と日常には戻れない気がする。これは一時的な災害などではなく、永遠に続く悪夢なのではないかと。そんな気までしてくる。
安全第一フェンスで囲まれた外には普通の日常が広がっているはずだよな? しばらくしたら、また元の平穏な生活が待っている。そうだ、絶対そうなんだ。そうでなければ困る──俺は自分で自分に言い聞かせる。ともすれば、全て諦めて崩れ落ちそうになる身体を奮い起こした。
走ったのは五十メートルぐらいか……
だだっ広い畑を半分ぐらい横切った所で、俺達は走るのを止めた。
四人とも息を切らし、肩を上下させている。
やはり、全力疾走は辛い。毎度のことながら自らの運動不足を呪った。
目の前にそびえ立つドーム型のショッピングモールまであともう少し──手を伸ばせば、星や月みたいに届きそうで届かない。
住宅や農地しかない平地にぽつねんと現れる巨大建造物。常時なら人を吸い込み続ける孤城を異様に感じるのは、こんな状況だからか。まるで巨大な卵が倒れているように見える。
「何だかお城みたい……」
久実ちゃんが呟く。
「僕には……幻の円盤に見えるけどね……」
と青山君。
喋りながら呼吸を整える。
「のんびりしている場合じゃねぇぞ。そろそろ走り始めた方がいい」
神野君が反応する前に俺は会話を遮った。
呼吸を整えるのは終わりだ。
ゾンビは固まっていないものの、あちらこちらに点在している。
そして、心なしか少しずつ俺達の方へ向かって来ていた。
「よし、走るぞ!」
神野君の号令で、俺達は再び一斉に走り出した。俺達に合わせて、ゾンビ達は急速に距離を狭めてくる。
畑を抜けて公園を突っ切る。
ブランコと滑り台しかないシンプルな公園だ。公園を抜けると、再び動かない渋滞道路が目の前に横たわっている。
不意にゾンビが襲いかかって来たので、神野君がハンマーで応戦した。
引き続き現れるゾンビを素早く青山君が倒す。
──よしよし、いいチームワークだ……ん?
二人に任せてそのまま走り抜けたかったが、凍り付いている久実ちゃんに俺は気付いた。
突然現れたゾンビに体を強ばらせている。戦い慣れている筈なのに、この状況は処理出来ないらしい……
しかし、今は考えている余裕などない。ひたすら逃げるのみだ。
動きが止まってしまった久実ちゃんの腕を掴み、俺は道路を突っ走り、モールを囲う植え込みへ飛び込んだ。
六十センチほどの植え込みを越えると、広々とした駐車場に出る。
車は一台も停まってなかった。
駐車場入り口はチェーンで通れないようになっていたため、ゾンビはそんなに入り込んでいないようだ。
数歩遅れて後ろから神野君と青山君が走ってきた。
俺達は呼吸を整える。
そして再び二列になった。
小走りで救いの城を目指すんだ。




