第八話 ミリタリーデート
久実ちゃんは約束した十時ぴったりにチャイムを鳴らした。
ピンポーン!!
そろそろ十時だなって思った時点でトイレに入っていた俺はビクついた。なんでピッタリに来る?
トイレのリモコンが十時に変わった瞬間、チャイムが鳴り響いたのだ。
いやね、一、二分遅れたりちょっと早めに来過ぎちゃったなら分かるけど、普通ジャストで来るか!? ジャストで!
最中だった俺は直ぐに出ることが出来ず、チャイムを何回も押させることになった。
当然チャイムが鳴る度、アワアワする。
急かされるのは好きじゃない。
てか、何度もチャイム鳴らすなよ!
やっとのことでドアを開けると、目の前には安堵の表情を浮かべる久実ちゃんがいた。
「良かったあ。何度鳴らしても出てくれないから居ないのかと思ったよー」
「今、トイレ入ってたから……」
「あっ、そうなんだ。ごめん……」
久実ちゃんを玄関で少し待たす。
まだ、着替えてもなかったよ。まさか、ピッタリに来るとは思わないもん。
久実ちゃんは相変わらず化粧っけのない顔に、ツルツルの髪を一本結びにしていた。アホ毛は一本も出ていない。まるでヘルメットのようだ。
きっちりとした性格がヘアスタイルからも窺い知れる……が、謎なのは奔放にやりたい放題しているぶっとい眉毛である。
まあ、人の外見をあれこれ言えるほど見てくれがいい訳じゃないんで、これ以上はやめとこう。
無職二人はそれぞれの自転車に乗り、駅へ向かった。
電車は時間的に空いている。
今日を選んで正解だった。
イベントは通常土日が多い。
俺達が向かおうとしているイベントは金、土、日と開かれる。だから金曜日の今日行きたかったのだ。
移動時間、会話が続かず気まずくなるのではと懸念していたが、意外と大丈夫だった。
「今、ゲーム何やってる?」
久実ちゃんの方から話題を振ってきたのである。遊んでいるゲームが一致し、その話でそこそこ盛り上がった。
ゲーム実況している話をすれば、これまた食い付いてくる。
ずっと喋っていたせいか、目的地まではとても短く感じた。
喋ることに相当飢えていたようだ。
自分でこれまで意識してこなかった事実。
普段母ちゃんとはよく喋っている。だが、趣味的な会話は出来ない。他人と顔を合わせて会話が出来るのは、月一回、サバゲーで集まる時だけだった。
ニートになってから、こんなに話す機会はなかったのである。
イベント会場に着くと、まず軍服の販売ブースへ入った。
今日ここへ来たのは足りない装備を整えるためだ。母ちゃんが帽子を間違って捨ててしまったのと、箪笥の裏側に落ちたゴーグルが取れなくなったのとで新しい物を買う必要があった。
金がないのでしばらくスキーのゴーグルで代用していたものの、強度は眼鏡と変わらない。さすがに危ないのでちゃんとした物を買うことにしたのだ。サバゲーで失明とか、洒落にならないからな。
別に買うつもりもない軍パンを物色する。
軍パンって物凄く丈夫に作られていて、年がら年中履き続けても全く傷まない。
同じようなのを何枚も持ってるので買う必要はなかった。
「ねえ、田守君、このフランスとかイタリアってタグの所に書いてあるのは何なの?」
「それはどこの国の軍服かってこと。これ、全部実際に着られてた本物だからね」
「へぇー。すごいな」
「丈夫に作られてるから長持ちするんだよ。俺も何本か持ってるけど全然穴とか空かないし……」
「私も買ってみようかな」
「もし良かったら、俺の中学ん時履いてたやつで今はもう履いてないのがあるからやろうか?」
「えぇー。いいの?」
「確かドイツのだったと思う」
久実ちゃんはドイツに反応した。
ドイツ兵の軍服の格好よさが分かるとは、なかなかいいセンスをしてる。
軍服を物色してから、俺はゴーグルとエアガンを見に行くので久実ちゃんと別れた。
久実ちゃんは第二次世界大戦のブースに興味を持ったようだ。
久実ちゃんと合流するまでの一時間、俺は自由に行動することができた。
買わなくてはいけないゴーグルと帽子だけさっさと買い、あとはエアガンをゆっくり物色する。
金さえあればな……
動画配信の広告収入だけじゃ、欲しいものを何でも買える訳じゃない。
以前働いていた時の貯金は底をついているし……日雇いでもやるか。
なるべくなら日雇いバイトはあまりしたくなかった。即日、現金を手渡しされるのは嬉しいが、いい思い出がないのだ。
特に酷いのは工事現場と交通整備。
丸一日、肉体労働した割には交通費やら保険やらで色々引かれて最初に提示された時給よりだいぶ少なくなっている。
何より金を貰う時、通常なら嬉しいはずが物凄い虚無感というか、やるせなさを感じるんだ。これは俺だけなのかもしれないけど、限られた時間を溝に捨ててしまったかのような……
子供の頃読んだミヒャエル・エンデのモモを思い出す。時間泥棒に時間を盗まれた感じだ。
気持ちが暗くなる前に考えるのを止めた。
取りあえず、日雇いでも選択肢はあるのだし肉体労働以外を選ぶことにしよう。
スマホが振動しているのに、俺は全く気付いていなかった。
見ると、三十分前に着信している。
急いで待ち合わせ場所へ向かった。
久実ちゃんはイタリアの軍パンと何故か軍歌のCDを二枚も購入していた。
なぜに軍歌……とは思ったが、何かそそられるものがあったのだろう。
「すごい面白かった。また来たいな」
目を輝かせて言う久実ちゃんを俺は微笑ましく見守る。思ったより喜んでくれて良かった。
その後、俺達はラーメンを食いに行った。