第七十八話 作戦⑤
「やった!!」
バチバチッと走る青白い光。
ゾンビがワイヤーに触れて痙攣しているのが見える。
十匹ぐらいか。壮観だ。
ワイヤーの前にずらっと並んだゾンビを一掃できるのは有り難い。。
体内を流れる体液に沿って発光する様は美しかった。
名付けてゾンビイルミネーション。
……ふざけてる場合じゃないか。
とにかく大通りから坂道に来るゾンビはこれで全てガードできる。
しかし、何か違和感があった。
あれ?
大通りから見て二列目、奥のワイヤーにもゾンビが一匹引っかかっている……え!?
……ゾンビじゃねぇ!!
「神野君!!」
感電している神野君に気付き、俺は大慌てでフェンスを飛び越えた。
すぐワイヤーから手を離したものの、神野君はしゃがみ込んでしまっている。
マンションから降りて来たゾンビが目と鼻の先だ。
やべぇ……
背中に冷たすぎる汗が流れ落ちる。が、ゾンビは神野君には見向きもせず、そのまま前進した。
ワイヤーがゾンビの体に触れ、感電する。しゃがんでいる神野君のすぐ横で煙を上げながら、ゾンビは小刻みに痙攣し続けた。
「大丈夫か!?」
俺は神野君を助け起こした。
神野君より、前方で火花を散らしている仲間にゾンビの意識は向いたようだ。
悪運強し……としか言いようがない。
神野君は意外にケロッとしていた。
助け起こすと、しっかり自分の足で立ち上がる。
ワイヤーに触れていた手を眺めながら、顔をしかめた。
「痛った……火傷したかも」
「おい、火傷って……」
二百ボルトだよな?? 大丈夫なのか? 本当に!?
「すぐ手を離したよね? 数秒だったら大丈夫だよ」
いつの間にか傍まで来ていた青山君が、俺の疑問に答えてくれた。
「それにしても神野君、気を付けないと。下手すりゃ死んでたぞ?」
「あ、ああ、ごめん、ごめん。二百ボルトって一体どんなもんなのかなって思ってさ、ちょっと触ってみたんだよ」
……何言ってんだ? 間違って触っただけだろうに。神野君は時々、変な所で見栄を張ることがある。
「さすが、師匠! 探求心の塊だね」
おい、褒めるんじゃねぇよ。図に乗るだろうが。俺は青山君を小突いた。
「ふざけてる場合じゃない。ほら」
俺が顎でしゃくった先には、マンションから歩いてくる群れの姿があった。
まだまだ敷地内にゾンビは残っている。
「さあ、後片付けだ」
俺はライフルを構えた。
数分後──
マンション内は綺麗になった。
途中、久実ちゃんや他の住人もゾンビ退治を手伝ってくれたのである。そのお陰で思ったより早く片付いたのだった。
鳴り続けるクラクションをどうするかという最大の課題も考えずに済んだ。
勝手に止まったのだ。
何かの拍子に突っ張り棒が外れたのか、一定時間鳴り続けると自動で止まるのかは分からない。
とにかく、ゾンビを呼び続ける音装置が止まってくれたのは嬉しかった。
うろつくゾンビがいなくなった後、死体を一カ所に集める。ゴミ捨て場には小さな山が出来た。
全て終わってから、俺達はそのシュールな絵面をしばらく眺めていた。
このまま置いておけば、腐臭も強くなるし虫も沸くだろう。
管理組合が焼くなり、迅速に対応してくれることを願うより他ない。
ゴミ置き場に積み上がった死体の山は、かつて生命が宿っていたことを忘れさせるほど、唯物的な存在だった。
何というか、達成感はある。
これだけ倒したという。
同時に疲労感もワンテンポ遅れて襲ってきた。
早く帰って、“ニンニクごま油チャーハン具なし”でもいいから食って寝たい。
「疲れたから、先に部屋へ戻ってるわ」
俺は神野君に告げ、その場を離れることにした。神野君は上機嫌で青山君とロボットアニメの話をしている。
それ、今話すことか……
部屋に戻ってからゆっくり話せばいいのに、死体の山を前にお喋りが止まらないらしい。気分が高揚しているのか? 死体の山を前に? それでロボットアニメの話しちゃう?? 俺はこの二人ほど変態ではない。二人には悪いが、自分がまだマトモだったと安心しつつ、背を向けた。
北側に回り、倒れたクローゼットの上を越える。
ゆっくりと階段を上った。
バリケードが破られるというアクシデントに加え、神野君が感電するという事故もあったが、上手くいって良かった。
相当疲れているし、腹も減った。
計画が成功したことで、調達へ行くことも許可してもらえるだろう。車も貸して貰えるかもしれない。
食料は底を尽きかけているが、食べてもいいよな? 今日は頑張ったし、いいはずだ……自問自答する。
ここ数日、セーブしていたからちょっと辛かった。
ぽっちゃりさんの俺がガリガリの青山君と食べる量が同じなのはキツ過ぎる。
やっぱりニンニクごま油チャーハン具なしはやめよう。
お茶漬けもいいけど、バター入りネコマンマを海苔で巻くのもいいし、ゆかりご飯チーズ乗せもいいな……
飯をどうやって食べるか考えていると、すぐ六階に着いた。
気が緩んでいたのだ。
六階の廊下が見えた時、踊り場に立っている人間の姿が見えた。
特徴的な猫背と薄い頭髪……
隣室の元木だ。
僅かな月明かりだけでは元木の顔はよく見えなかった。
ゾンビではなくて、人間だったので警戒心ゼロの俺は笑みすら浮かべていた。
元木とは色々あったが、結果全て上手くいったので許してやってもいい……
俺が一段上がろうとしたその時……
急に視界が真っ逆さまになった。
え?
気付くと俺は五階と六階の間にある踊り場に倒れ込んでいた。
階段を転がり落ちたのだ。
痛みと映像が後から脳へ流れ込む。
そう、階段を駆け降りてきた元木が俺に体当たりをして……
何が起こったか考える間もなく、肩から下げていたライフルを奪われた。
「待て! 待ちやがれ!」
叫ぶもすぐには起き上がれない。
くそっ! 俺の大切なカラシニコフが! 俺が真心込めてカスタマイズしたキラキラのAK47が! 最強のアサルトライフルが!!
痛い体に鞭打って立ち上がる。
その時にはもう、元木の姿はなかった。




