第七十五話 作戦②
(あらすじ)
今まで例を見ないゾンビ災害に巻き込まれ、俺の住む町はクラスAの危険区域に指定された。両親は旅行中のため戻れず、たまたま泊まりに来ていた神野君、青山君と籠城生活を送る。
籠城して一週間、俺が心配なのはジワジワと増えていくゾンビの数。マンションの階段に設置されたバリケードが壊されるのは時間の問題だろう。
頭の固いマンション管理組合への説得を諦めた俺達は行動を起こすことに決めた。
銅線を手に入れるのは、大して難しくなかった……
夕方、俺と神野君はマンションからこっそり抜け出した。
青山君は屋上の見張りをしてくれている。外出が見つかって咎められると厄介だからな。
順番の人に暇なので代わりましょうか? と尋ねたところ、二つ返事でOKしてくれたそうだ。
俺と神野君は二階の手摺り壁から自転車置き場の屋根へ飛び移った。
以前、神野君が自転車置き場の屋根から階段の踊場へ飛び移ったのを思い出し、ついついニヤけてしまう。普通はリーチの短い方を選ぶよな? 屋根から階段への距離は一メートル。一方、二階の手摺りへは十センチで届く。高低差があるにせよ、一メートルと十センチの差は大きいぞ?
俺達は帰りも同じ経路から帰る。
ただし、ルーフから手摺り壁へ渡って二階へ飛び降りる際、注意は必要だ。
俺は帰りの為に持ってきたクッションをルーフに置いた。
二階の住人は二家族しか残っていないから、多少音を立てても大丈夫だ。
全く気付かれなかった。
俺達はルーフから背後の擁壁を登り、フェンスの外へと。
通用門の周り以外、裏手は手薄だ。
前に自転車を置いた所まで走った。
十六時四分。
日が長いので時間には余裕がある。
自転車の無事を確認し、次に電気を頂く住宅へ向かった。
大通りからマンションへ繋がる坂道。その両脇にピッタリくっついて家が建っている。
青山君が言っていたのは電柱近くの家、駅方面から来た時、手前にある住宅である。
俺達は畑やら駐車場やら、道じゃない所を通ってその家の裏手まで来た。
マンションの敷地から六メートルほど下がった位置に家は建てられている。俺達は家と擁壁の間を通る狭い溝板の上を歩いた。
建物側面の窓が割れているのは裏からは見えにくい。掃き出し窓にはカーテンがかかっており、中はよく見えなかった。
大通りに面する玄関へ回るのは危険だ。神野君の顔を見ると、返事の代わりに窓を軽くノックした。
途端に白いカーテンが灰色へと変化する。
バン! バン! バン!
窓枠が揺れるほど、激しく内側から叩かれた。下手すりゃ割れる。
「決まりだな」
神野君が俺の顔を見てニヤリと笑った。
まあ、大体分かってはいたけど……
車で逃げ切れなかった人や一軒家の人は結構な確率でゾンビ化しているのかもしれない。
塀で囲まれている所以外、一軒家はマンションより入り込まれやすい。雨戸を下ろし、家の中に閉じ込められた状態で何日も過ごすのは相当のストレスに違いないだろう。
その点、煩わしい人間関係はあるが、マンションの方が敷地の広い分、融通がきく。
「じゃ、行こう」
「待った!」
俺は行こうとする神野君を止めた。
一応、電気メーターがどのようになっているか確認したい。
メーターには屋根から下りている引き込み線からの配線と、壁の中へ入っていく線の二種類があった。
両方ともゴムのカバーで被覆されている。
俺は持ってきたチャッカマンをリュックから取り出した。
「今は周りにゾンビいないし、カバーを焼いちゃおう」
「おお、さすがガシュピン!」
俺は神野君に見張ってもらい、コードを燃やした。
外側の白い被覆を燃やすと、中には赤、白、黒の三線が入っている。
よく分からないが、取りあえず外側を全部燃やしておこう。
青山君は分かっている筈だから多分大丈夫だ。
同じように壁に入っていく方の線も焼いておく。
これで電線は剥き出しになった。ワイヤー(銅線)の接続がスムーズに行えるはず。
作業を終え、俺達は自転車を置いている場所まで戻った。
ホームセンターまでは自転車で十分程度。
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一時間以内に俺達は戻って来れた。
ホームセンター内にゾンビはチラホラいたものの、神野君と二人なので苦労はしなかったのだ。銃もあるし、勝手も分かっていた。
ただ、問題はワイヤーだった。
リュックに入れて背負ってみたが……
重い……
ドラムに巻かれているのをそのまま持ってきたのは失敗した。重すぎる。リュックが破けそうなので、手に抱きかかえて持つ。
自転車のカゴに入れてもよろつくほど。下手すりゃナツさんより重いかもしれない。
俺達はゾンビの数がまばらな裏道を通った。
大通りの車道は動かない車で塞がれており、歩道には沢山ゾンビがうろついている。
途中、住宅の途切れた広い空き地があった。
裏道は高台にあるので、そこから下の大通りがよく見える。俺と神野君は休憩も兼ねて遠望した。
不思議なことにゾンビは皆、俺達のマンションへ向かって歩いていた。
群れに引き寄せられるのか……人間が集まっていることを本能的に感知するのか……
一カ所に長居は危険──これはボランティアの時に学んだことだ。
ゾンビはゆっくりながらも、確実にターゲットを追い続ける。悲しいかな。対処方法は逃げるか、戦うだけだ。
当然と言えば当然。帰る途中、生きている人間には全く会わなかった。
どこの住宅も固く戸を閉ざし、窓は雨戸かカーテンで隠されている。
車の置いてない家が多いのは、逃げたということか。逃げ切れたかどうかは別にして……
まさにゴーストタウンである。
A県へボランティアに行った時、暗鬱な気持ちになったが、まさか自分の住む町が同じことになろうとは。
自転車を下りて、マンションに向かって歩いている時、不安が口をついて出た。
「神野君、俺達、助かるよな……」
神野君はしばらく黙っていた。
やがて、西日に照らされたマンションのフェンスまで来ると、
「助かるかどうかは神のみぞ知る、だ……けど、何もしないでいるより俺はあがき続けようと思ってる」
淡々とそれだけ言って、神野君はフェンスをよじ登った。




