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第七十二話 見張り

 気配を感じ振り返る。

 そこに居たのは神野君だった。


 大袈裟に溜め息を吐き、俺は安堵した。

 なんだ、神野君か……



「え、何々? 俺が来てがっかりしてるわけ?」


「違ぇよ。安心したんだよ」



 俺は隣室に住む元木の話をした。


 俺の可愛い彼女、AK47カラシニコフちゃんにセクハラしようとしてきたことや、俺達の関係性を訝しむような発言「所持許可取ってるの?」などなど。


 神野君は地上のゾンビを楽しそうに見ながら、聞いてくれた。

 


「ふんふん、へぇー。ウケるね」



 今の話、ウケる要素あったか……

 怖い以外の何物でもないんだが。


 神野君は先程の元木の動きを真似し始めた。

 首をこちらへ向けたまま、変な顔をして階段へと移動する。



「ねぇねぇ、こんな感じ? こんな感じだった?」



 俺は思わず吹き出した。

 元木、キメェけど面白ぇわ。

 神野君のこういう所なんだよな。

 神経が図太いというか、何というか。

 

 彼なら、世紀末が来てもいつも通り変わらなそう。

 パンデミックが起きようが、大地震が起きようが、世界的大恐慌が起きようが、戦争が起きようが──


 俺の恐怖が緩和した所で、神野君は本題に入った。



「ガシュピン、このままではいけないと思うんだ」


「……何か、行動を起こした方がいい?」


「そうだ」


「俺も同じこと、考えてた」



 増えゆくゾンビに対してバリケードが持たないであろうこと、救助が来るまでに食糧が尽きること……俺は懸念していることを話した。



「これ以上、ゾンビの数が増える前にバリケードの位置を変えた方がいい。正面の坂道にバリケードを築いた方がいいと思うんだ」



 俺は結構前から考えていた案を打ち明けた。


 このマンションは大通りから六メートルほど高い斜面に建てられている。

 フェンス下は切り立った崖。崖下には密接した住宅が連なっている。

 同じく、裏手も最高三メートルの擁壁(ようへき)に遮られ、フェンスで囲まれている。


 よって、表も裏も専用の坂道を通らなければ、敷地内へは入れない。


 マンションの立地をここまで説明した上で、言い切れることが一つある。

 正面の坂道さえ塞げば、侵入経路を完全に断つことができる。



「でも新たにバリケードを築くとなると、安全を確保しなくてはいけない。となると、今敷地内にいるゾンビは……」


「音で引き付けるしかないだろうな」

 


 懸念する神野君に対し、俺は即座に返した。

 神野君は続けて、バリケードを築くにあたっての問題点を指摘した。



「バリケードに使うのは大物家具だ。素人が運ぶのには時間がかかる。その間、外からやって来るゾンビを防がないといけないし、住人の理解も得ないといけない」


「もしやるなら、敷地内のゾンビを音で引き付けるのは勿論だけど、外から侵入するゾンビも何とかしないといけない。坂道の端から端にロープを張るぐらいしか、今の所、思い付かないけど……ないよりはマシな程度? 人手も欲しい」


「なるほど……」



 神野君は考え込むように腕組みした。

 俺は更に続けた。



「それと、近い内に調達へ行かないと。かなり切羽詰まっている家もあると思うし……」


「大通りは車だらけで動けないよ。バイクか自転車か……」


「いや、一階の駐車場だけじゃないんだ。裏手にも駐車場あったろ? そこに停めている誰かの車をお借りする」


「おお。で、調達場所は?」


「裏道から行ける一番近いスーパーがある」


「事前に道が塞がれてないか、確認する必要があるな」



 そこまで話し合うと、俺達は一息ついた。

 新たなゾンビが坂下から上って来るのが見える。真っ青な空の下、何もかもが色鮮やかにくっきり見える。ゾンビのいる部分だけくすんで見えるのは異様だ。


 最近はゾンビの腐敗臭もそこまで気にならなくなった。晴れが続いて乾燥しているから? 慣れたせいもあるかもしれない。



「ガシュピンの考えはもっともだと思う」



 階下のゾンビに視線を這わせながら、神野君は再び口を開いた。



「でも、一番の問題点はさ、バリケードでも食糧でもない」



 何だと思う? と問いかけるように俺へ視線を移す。



「一番問題なのは住人だよ」



 俺が答える前に神野君は答えてしまった。

 さっきの元木や通路で喧嘩をしていた人達が思い浮かぶ。



「異常な状態が一週間も続いている。精神に変調をきたしてもおかしくない。家族がいない人は特にだ。元々高齢者の多いマンションだし、俺達の意見を受け入れる可能性は低いと見た方がいいだろう」


「一応、理事長の宮元さんに相談しようと思ってるんだけど……」



 宮元さんは久実ちゃんのお父さんだ。

 人当たりのいい人だけど、判断力とか求心力は弱い。



「すぐ、動いてくれるかな?」


「分からない」


「……それにな、このままいくと絶対勝手な行動をする人が出てくる。管理組合で決定したことに従わないとか、マンションの外へ逃げ出すとか……勝手に逃げる分には構わないけど、そのせいでバリケードが動かされたり、更にゾンビを引き寄せてしまったら困る」


「確かに……」



 俺達は神野君が持ってきたビールを飲みながら、話し合った。

 途中、青山君も呼ぼうかという話になったが、彼は俺のBlu-rayコレクションの鑑賞で忙しい。まあ、他にやることもないしな……

 

 青山君はここに来るべきじゃなかった。

 青山君の住んでいた所は危険区域に入らなかったし、現在、派遣勤務している会社にも通勤出来なくなってしまった。事情が事情とはいえ、正社員じゃないから間違いなく解雇される。

 

 そんな状況にも関わらず、青山君はいつも通りハイテンションだった。

 初めてのお泊まり会が楽しいらしい。仕事のことを尋ねれば、


「派遣だから、辞めてもヘーキヘーキ」


 と、軽く答えるだけ。全く……こっちが罪悪感を感じてしまう。

 

 ナツさんは久実ちゃんにすっかり懐いて、少しずつ明るさを取り戻しているようだった。

 あの日、夜勤だった父親とも連絡が取れ、毎日電話しているという。ナツさん宅はギリギリ危険区域に入らなかった。


 


 四時間後。交代の時間──

 神野君が居てくれたおかげで、見張り時間終了の四時まではあっという間だった。

 全然真面目に見張ってないが、まあいいだろう。どうせ目を凝らした所で状況が変わる訳でもないし。

 


 604号室の柄沢さんは少し遅れて来た。

 母子家庭の大学生だ。

 母親は勤務先から帰って来れなくなったそうだ。元木と同じ一人住まいである。


 青い顔で恨めしそうにこちらを見てくる。幽霊か──こちらは欲望が怨念化してる元木とはまた違ったタイプだな。影が薄い。今にも消えてしまいそうに。



「良かったら飲む?」

 


 余った缶ビールを試しに一本渡してみた。

 これは最後のビールだが、あんまり暗い様子だったのであげてもいいと思ったのだ。



「ありがとうございます」

 

 柄沢さんは目を合わせずにビールを受け取った。



「いいですね。何か楽しそうで……隣だから窓開けてると笑い声とか聞こえるんすよ」



 彼のまとう空気は重く、湿っている。ジメッと。

 俺も余り外出しないから、隣なのに彼のことをほとんど知らなかった。

 母ちゃんから以前聞いた話だと、受験に失敗してから暗くなり、大学へもほとんど行かず引きこもっていると。

 うん、まあ、ニートの俺と大体同じだな。

 暗い所を除いては……


 何やら周りまで浸食する負のオーラを放ち続けているが、以前から多分こんな感じだから気にしないことにする。よくいる毒タイプだ。俺には効かぬぜ。鈍感だからな。


 この時、何も考えずに缶ビールを渡したのは迂闊だった。



「はぁー、もう四時か……」

 


 酒、足りねぇ……

 日本酒がまだあるにはある。だが、一度に飲んでしまうのは勿体ない気がする。



「早速、宮元さんに今話したことを相談してみよう」

 


 柄沢さんに見張りをバトンタッチし、神野君と喋りながら階段を降りた。

 今後の見通しも立ったし、意気揚々と。


 全く予想もしてなかったのだ──


 四階の宮元さん宅に着いた時、それは起こった。

「ダァン!」と何かが打ち付けられるような衝撃音が鳴り響いたのだ。

 俺と神野君は顔を見合わせた。


 何かが破裂するような……爆発音?……銃声ではない……



「正面の方だ。部屋のベランダから見てみるか?」



 神野君の提案に俺は頷いた。

 四階から六階へ戻る。

 途中、鬼気迫る表情で階段を駆け降りる人に遭遇した。どこかで見たことがある。多分管理組合の理事だ。

 さっきの音が関係しているのだろうか?

 俺達は自然と駆け足になっていた。


 慌てて603号室に駆け込むと、まず、つけっぱなしのリビングのアニメが目に入る。


 ベランダの掃き出し窓は開け放たれていた。

 手摺り越しから下を見ている青山君の後ろ姿……



「何があった!?」



 俺の問いかけに振り返った青山君の顔は無表情だった。

 青山君のこんな顔は見たことがない。

 無言のまま、青山君は目線を再び落とした。


 何かあったのは明白だ。

 慌てて駆け寄る俺と神野君……

 手摺りにしがみつくようにして、地上を見下ろした。


 そこに居たのは……

 いや、落ちていたのは、地面に叩き付けられた人間の死体だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう出てしまった……この状況に耐え切れなくなった住人か……! まさか隣の大学生!?:( ;˙꒳˙;):
[一言] まさか他殺???? 住民が追い込まれていく様子が物凄くうまく書かれています。
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