第七話 デートの誘い
スマホの画面には久実ちゃんからのメッセージが表示されていた。
なんたらかんたら、よろしくね! 一緒に自警団とボランティア、頑張ろうね! ……そしてあの堅い雰囲気に似つかわしくない可愛らしい絵文字の数々……
面倒くさいこと、この上ない。
何故か自警団だけでなく、ボランティアまでプラスされているし……
俺はずるずる引きずるのは良くないと思ったので、きっぱり断ることにした。
──悪いけど、母ちゃんが勧めてきただけで俺は自警団とかボランティア、興味ないから
角が立つとか気にはしてられない。
こういう場合はハッキリと言わねば……
──ドンドンドン ドンドン!! ガッ!!
相変わらず上階はうるさい。
時々、足音以外の奇音も入っているのが少し気になる。
もう、耳栓でもしようかな……オンラインストアで注文するか。
パソコンのキーボードに手をやった時、机上のスマホが嫌な振動音をたてた。
パソコンデスクは金属製だから生のままのスマホが振動すると、金属同士の擦れ合いによりすごーく嫌な音がするのだ。だからなるべくベッドやチェストの上に置くよう心掛けているのだが……
久実ちゃんからだ。
──そっかー、残念。でもせっかくだし、一緒にご飯でも食べに行かない? 話している内に気が変わるかもしれないしさ
いや、変わらねえよ。絶対に。
意外や意外。しつこい久実ちゃんに苛立ちながら何て返すか考えていると……
ドキッとする振動を感じ、立て続けにメッセージが入った。
──そうだ! 明日の昼とかどうかな?
この野郎、俺が無職だからって自分と同じような暇人だと思ってやがるな? 俺は忙しいの! 猛烈に!
心の中で叫びながら、指先は穏やかな言葉を打ち込む。
──ごめん、明日は用事がある
──用事って、どんな?
今度は秒未満で返事が返ってきた。
打ち込むのが早い?……てかそのワード、絶対、予測入力に入ってるだろ!?
負けじと俺もすかさず返信する。
──明日は四か月に一度しかないミリタリーイベントへ行く予定なんだ。そこで買わねばならぬ物が幾つかある
これは本当の事だ。
来月、友達とサバイバルゲームをするにあたって色々と買い足しておきたい物がある。
人のプライベートに立ち入ってくるのは失礼じゃないかと憤りながらも、俺は本当のことを伝えることにした。
流石にミリタリーイベントとか言われれば、引き下がるだろう。
だが、返信に一分はかからなかった……
──へえー。そうなんだ。なんか面白そうだね。私も一緒に行ってもいい?
なぬ!? 一緒に、行く、だと?
俺は上階のバタバタ音が気にならないほど困惑した。
面白そうか? 女でもミリオタはいることはいるけど……
でも、久実ちゃんはそういうタイプに見えないけどな……いや、人を見た目で決めつけるのは良くない。
──もしかしてサバイバルゲームとか、興味ある?
思い切って尋ねてみた。
本当に好きなら仲間に入れてやってもいいし。
──うーん、興味あると言われれば、少し
なんだ、その回答は?……
あるか、ないか、はっきりしろ!
──こういうイベント会場って、本当に好きな人ばかりが集まる所だし、あんまり冷やかしっぽいと浮くよ?
ちょっときつめな言葉を返す。
だって、本当のことだもん。
好きなことで集まっている人達の所へ、とりたてて興味もない女がチャラチャラした雰囲気で入って来たらムカつくじゃん。
今度はすぐに返答が返ってこなかった。
ホッとして、俺はオンラインストアで耳栓を注文した。
某掲示板をチェックしながら、アイスを食べる。
久実ちゃんからのメッセージはもう届かないかもしれない。ちょっと、きつかったかな……
でも、まあ事実だししょうがない。
興味ないことに付き合わせて、その代わりボランティア活動手伝ってくれってなったら最悪だし。
宗教とかマルチ商法の勧誘と一緒で、こういうのはキッパリとした態度で対処しないと……
俺は数か月前の苦い経験を思い出した。
平日の昼間、チャイムが鳴った時、宅配便と間違えて開けてしまうことがある。
大抵は宗教だとか訪問販売、新聞の勧誘などだ。
一度、親切そうなおばさんが来た時、市の引きこもり支援センターの職員と勘違いして二時間くらい話し込んでしまった。
最初、就職の斡旋などを優先的に行っていると言っていたので、すっかり油断してしまったのだ。
「教主様に一度お会いしていただければ、太郎君も別人のように変われると思うの。ぜひ、今からでも西区支部へ来てみない? 同じように悩む仲間と話せばきっと心も軽くなるよ」
「……!?」
今、何て?
キョウシュ様?
この人の上司の苗字なのか?
俺が動揺し始めた所で、おばさんは急にガラケーを取り出し誰かと話し始めた。
どうやら、その教主様と話しているようだ。
俺のことを、凄い澄んだ目をした好青年で、イケメンで、優秀、かつ繊細だとか、おかしいくらいにベタ褒めしている。もう、気持ち悪いくらいに。
一体どういうつもりだ?
さっき、就職に関係すると思って出身大学やらの話はしたけど……
「え、あ、はい。そうですか。よかったあ。本人もきっと喜ぶと思います!」
おばさんは通話を切ると、俺に向き直った。
「今日ね、たまたま先生が支部の方へ来て下さるんですって! こんな機会滅多にないのよ。太郎君にも会ってくださるっていうし、今から行きましょう。歩いて十五分くらいだから、ね?」
俺はそこでようやく理解した。
このババアは市の職員でも何でもない。
俺から……いや、俺の両親から金を巻き上げようとしている悪徳宗教団体の構成員である。
とはいえ、さっきまで好意的に会話をしてしまったため、ムゲな態度は取り辛い。
「あの、やっぱ、いいです。就活は自分で頑張ろうと思うんで……」
「……」
ババアは目を見開き、とんでもなく傷ついた表情をした。
「太郎君、駄目よ、逃げては……私も一緒に付いていてあげるから。ね?」
そうして俺の肩を掴む。
さりげなく振り払おうとしたが、結構強い力だ。
「本当に結構ですから……」
ムカつきを通り越して、寒気を感じてきた。
しばらく押し問答を繰り返してから、俺は「あっ」と思い付いたような演技をした。
「あと一時間後くらいに宅配スーパーから荷物が届くんで、家にいなくてはいけないんです。だから外出はできません」
「本当なの? 嘘じゃないの?」
ババアはしばらく怪しんでいたが、俺が毅然とした態度で首を振り続けたのでようやく諦めた。
だがその後、数か月に渡り訪問され、ずっと居留守をし続ける羽目になった。
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苦い回想が終わった所で、俺はベッドの上で振動するスマホに気付いた。
久実ちゃんから……
──冷やかしのつもりではないよ。身近にそういうこと詳しい人がいないから、面白そうだなって興味を持っただけ。田守君が嫌ならしょうがないけど、もし迷惑でなければ一緒に行けないかな?
うーん……冷やかしでないなら……
これがきっかけでハマるかもしれないし。
小学生の時、〇ケモンを交換し合った仲だしな……
俺は不本意ながらも承諾した。