第六十五話 この世の終わり⑤
(あらすじ)
ゾンビが大量に出現するとテレビでは大騒ぎしていた。そんな中、トゥインクルハニーのアーケードゲームをしに大型スーパーリオンへ向かった俺と神野君。夢中でゲームをしている間、リオンはゾンビだらけになってしまう。
そして逃げる途中、偶然にも女児を助けることに……
エスカレーターの上から一階の様子が一部見渡せる。
エスカレーターに一匹。
他、パラパラとフロア中に点在している。
一階はまだ群れになっていないようだ。
エスカレーターを降りて右手、数メートル先に出口がある。出口の周りにいるゾンビは……二匹か。数が少ないから、ここの出口はゾンビの侵入経路じゃなさそうだ。外は暗くてどうなっているか分からない。
「どうする?」
「考えている余裕はない。ひたすら逃げるだけだ」
俺の問いに神野君は即答する。
確かに……外にもウジャウジャいる可能性は大だが、選択肢はない。
「いいか。出口に向かって走るぞ。ついてこいよ」
神野君は女児に出口を指差して伝えた。
先に俺がエスカレーターを駆け降りた。
フラフラとエスカレーターを上っていたゾンビに鉄パイプを打ちこむ。
その横を神野君と女児が駆け抜ける。
出口の自動ドアの向こうにはカートを置くスペースが有り、更にもう一枚自動ドアがある。
自動ドアの動きに反応して、その前を行ったり来たりしているゾンビが一匹。
ガラス張りの向こうには、カートの周りをうろついているのがもう一匹見える。
ゾンビが近付くと、センサーが反応して自動ドアが開く。
ゾンビは開いたドアに突進し、そのまま通り過ぎる。通り過ぎた後ろで自動ドアが閉まるので、その音に反応し、またドアに突進する……
恐らくずっと同じことを繰り返しているのだろう。知能の低さは犬、猫より劣るかもしれない。
その自動ドアゾンビは神野君が倒した。
今度は俺が神野君の横を通り過ぎ、カートの辺りにいたゾンビを倒す。リレー方式だ。
女児はここまで辛うじて付いて来ていた。
「バン!」
……と、ガラスを外から叩くゾンビが見えた。
目を凝らしてガラスの向こうに広がる駐車場の様子を窺う。
何か蠢いているのが見える。
群れてはないが、何匹もいる。
「ここからはダッシュだ! おい、女児! 俺の背中に乗れ!」
神野君が女児の前に屈んだ。
女児は一瞬躊躇したが、大人しく神野君の背中におぶさった。
「行くぞ!」
外へ出るとまず、ガラスを叩いていたゾンビが襲いかかってくる。
女児を背負い戦闘出来ない神野君に代わり、俺が脳天をぶちまけてやる。
神野君を必然的に援護する形だ。
全く打ち合わせなどしていない。
それでも神野君の後ろを走り、現れるゾンビを倒していった。
こうなったら、やるしかないのだ。
死ぬか、やるか。
選択肢は二つしかない。
何匹倒したか、次から次に現れる様はモグラ叩きを彷彿とさせる。
かなり体力を使うモグラ叩きだが。
振りかぶって……下ろす、この動作は肩に負担をかけた。
腕の筋肉より先に肩が逝きそうになる。
あぁ……ちゃんと鍛えておけば良かった──
ひと月振りのゾンビバトルはしんどい。
何はともあれ、駐車場を抜けショッピングセンターから出ると、ゾンビの数は落ち着いた。
駅までは五分程度だ。
しばらく走ってから、神野君は女児を降ろした。
「駅まで早歩きで行くぞ。付いて来れなかったら置いて行くからな」
神野君の無情な言葉に女児は素直に頷く。
もう泣いていなかった。
わがままな子だと思ったのを今になって申し訳なく思う。結構しっかりしてるじゃないか。
俺が同じくらいの時、同じように行動出来たかは分からない。
気付かなかったが、黒目がちの奥二重で可愛らしい顔立ちをしている。
母ちゃんが見てる朝ドラのヒロインに少し似ているかもしれない……
とにかく一緒に逃げてくれて良かった。
もし彼女が付いて来てくれなかったら……俺は一生罪の意識に苛まれて生きて行くことになっただろう。
気の緩んでいく俺に気付いた神野君が、声をかけてきた。
「ガシュピン、安心するのはまだ早いぜ。多分電車止まってる」
神野君が顎でしゃくった先の線路はしんと静まり返っていた。
線路は俺達が歩いている商店街の先にある。
来る時もゾンビ襲来のニュースのせいで、早々に店仕舞いしている所が多かった。しかし店は閉まっていても、帰宅途中のサラリーマンやOLが結構歩いていたのだ。
今、同じ商店街に俺達以外の生きている人間は誰もいない。
スマホの画面には21:22と表示されていた。まだ夜の九時だと言うのに深夜のような静けさである。
前方からゾンビが歩いて来るのが見える。
その後ろにも、そのまた後ろにも、更にそのまた後ろにも……
今の所、一匹ずつの間隔は開いている。だが、駅へ近付くにつれ、数が増えているように見える。間隔が狭まっているのだ。
「神野君……」
「歩いて行くしかないようだな」
神野君は淡泊に答えた。
俺が問いかけるのを分かっていたようだ。
落胆感を全面に出されるより、こっちの方がいい。今の俺達には落胆している余裕などないのだから。
自宅の最寄り駅までは一駅だから、歩いて二十分ぐらい……子供の足では倍かかるかもしれない。
最寄り駅までたどり着けば、自転車がある。自転車だったら、十分で自宅マンションに着く。
「よし、女児、歩くぞ。右に曲がれ」
女児に伝える神野君。
女児は黙っていた。
俺達がガキに対してどう接すればいいのか分からないように、大人に対しての振る舞い方が分からないのだろう。
駅から離れると、ゾンビは時々現れるだけになった。
脇道から突如、或いは前方からゆっくりと現れるゾンビ達に対して女児の反応は薄かった。
俺達が即殺するのが分かっているのか、何度も現れるゾンビに感覚が麻痺してしまったのか。
何はともあれ、過剰に怯えて叫んだり、走り出したりしないのは有り難かった。
たぶん小学校低学年だよな。しっかりしている。俺が小学生の時だったら、確実に失禁していただろう。
道を曲がってしばらく進んでからは、線路沿いに歩いた。
やはり電車は走っていない。
スマホで調べたところ、鉄道会社のホームページは普段通りだった。
神野君に注意され、スマホをしまう。
夏が来る前のひんやりとした空気は心地良かった。
線路の周りは外灯が少ない。
だが、幸い半月が出ていた。
月の柔らかい光がレールに反射し、通り雨で濡れた枕木を照らす。
静かで耽美的な夜だった。ゾンビの存在さえなければ……
「君、名前は?」
ずっと、黙って歩いているのも何なので尋ねてみた。
女児は真っ直ぐ前を向いたまま無言。俺が喋りかけたことを後悔し始めてから、やっと口を開いた。
「ナツ……向田ナツ……」
先に名乗らせて置いて、自分が名乗らない訳にいかない。俺と神野君は順番に自己紹介した。
「あの、さっきからジョ、ジョジって何? ウチのこと呼ぶ時……」
今度はナツさんから尋ねてきた。ずっと疑問に思っていたようだ。
うるせぇな。お前みたいな幼女のことをそう言うんだよ……なんて返すわけにはいかないので、「女の子のことだよ」と答える。
「ナツさんは小学何年生なの?」
「ウチ? ウチは一年だよ」
何故、関西人でもないのに自分の事を「ウチ」と言うのだ? 流行ってんのか、それ。
「いつもこんな遅くにハニーのゲームしてんの?」
「ううん。今日は特別。パパが会社に泊まるから外でご飯食べようってママが言ったの。で、ご飯食べた後、空いてたからあそこで遊んでた……」
んん? 要約すると……父親がゾンビの影響か、ただの夜勤か分からんが帰って来ないから外食でもしようということになった。食後、アーケードゲームが空いてたから遊んでいた……と、こういういうことか。
俺達はその後、持っているカードの話で少し盛り上がった。
定期的に行われるイベントのカード、ゲットした? とか、ゲームの時あのステージだとあのキャラがいいとか、そういう話。
良かった。共通の話題があって。
少しずつ打ち解けてきた所で、俺は一番気になっていたことを訊ねた。
「お母さんはどうしたの?」
神野君が俺の顔を見て、首を横に振る。
ナツさんは下を向いて押し黙ってしまった。
やべぇ……これは聞いてはいけないことだった……
また無言になる。
タイミング良しと言っていいのか。駅が見えて来た。
自転車まであともう少しだ。
早く家に帰ってカップラーメンでも食おう。
この時まで、後で思い出すと腹立つぐらいに俺は呑気だった。




