第六十二話 この世の終わり②
神野君か……
確認せずにドアを開け、そこに居たのは……
「えっ!?」
急に視界が狭くなる。
耳鳴りに合わせて呼吸まで自然と荒くなる。
俯き加減の顔をゆっくりと上げたのは、不気味な笑みを浮かべたおばさんだった。
青黒い肌に殺気を帯びた目、口からは涎が滴り落ち、剥き出した歯が見える。
そう、この顔は……
以前、俺を勧誘してきたカルト教団のおばさんだ。前にもおかしな様子で家のチャイムを連打してきたことがあった。
「ひんげぇええーーーー!」
余りの恐怖に変な叫び声を上げてしまった。
慌ててドアを閉めようとするも、隙間に傷だらけの両手を入れてこじ開けようとしてくる。
物凄い力だ。
こじ開けた隙間から、顔をねじ込み唸り声を上げながら迫って来た。
ネットリと水分を含んだ乱れ髪が頬に幾つも貼り付いている。
怖ぇええええ!!!
ホラーだ……
マジでチビりそうになった。
おばさんのパックリと開いた口が目前まで迫っている。臭い……臭すぎる。
次の瞬間、「グチャッ」と潰れる音がしておばさんの顔がポパイみたいに圧縮された。
おばさんの頭部へハンマーが振り下ろされたのだ。
「おいおい、ガシュピン大丈夫か? たかだかゾンビにビビり過ぎだろ?」
崩れ落ちたおばさんの背後から現れたのは神野君だった。
今の、ゾンビだったのか? 笑ってたけど……
そこで俺は自分が呼吸出来ていないことに気付いた。
過呼吸ってやつか?
幾ら吸っても、息を止めてるみたいに苦しい。恐怖の余り、息を吸い込み過ぎていた。
こんなの始めてだ。
「マジでガシュピン、大丈夫?」
心配そうな顔の神野君が家の中へ入ってくる。
俺は深呼吸しながら頷いた。
本当は苦しいけど、ゾンビごときのために過呼吸で死にそうとかダサ過ぎる。
……にしても、今のは心霊現象としか思えなかったぞ。ゾンビって笑うのか?
それにこのおばさん、一か月前から様子おかしかったよな。ずっと徘徊してた?
呼吸が落ち着いてきたところで、ゾンビが笑うか否かについて神野君に尋ねてみる。
「見間違いじゃないか?」
「いや、でも確かに……」
さっぱりした神野君の回答に反論するのは止めた。見間違いで片付けた方が多分怖くない。
リビングへ通すと、試聴中だったアニメに神野君は釘付けになった。
「ガシュピンもハニー観てるんだ」
「まあね」
「誰が好き?」
「リリカかな、その次イエロー」
「俺はやっぱイエローだわ」
その後、神野君がリュックからトゥインクルハニーのカードを取り出したので、交換会になった。
やってることはそこら辺の女児と変わらない。先ほどの恐怖体験からやっと立ち直ってきた時、
「そういや、こんなことしてる場合じゃなかった。早く組み立てよう」
神野君はそう言って俺のAK47と自分のM16を取り出した。
中はスプリングだけでなく、シリンダーとピストンも代えている。これで金属弾を発射すれば数発でゾンビを退治できるだろう。
勿論、法改正で所持が認められる威力二ジュールは軽く超えている……でも、これはゾンビを倒せるはずのない威力に設定してる国が悪いのだ。二ジュールって……空き缶に辛うじて穴が空く程度だぞ?
俺のを神野君のM16と比べると、プラスチックボディの安っぽさが際立つ。
神野君のM16はほとんど本物みたいだった。
「すげぇ! カッコいい! 俺のもそうなるのか?」
「ちゃんと組み立てられればね。早めに終わったらショッピングセンターにゲームしに行こう」
言いながら神野君は鉄製パーツをリュックから取り出した。
組み立てるのはそこまで時間かからなかった。
途中、青山君も合流する。
おばさんゾンビを家の前に放置していたので、
「死体が! 殺人事件がっ!!」
と、しばらくうるさかったが。
見たいと言うのでテレビを点け、ようやく大人しくなった。
テレビは同じニュースの繰り返しでずっと進展ない。
やれ台風が消えた、ゾンビが九州(途中から関西、四国も追加)で確認された……国は? 行政の対応は? ゾンビとの戦い方レクチャー……
青山君は飽きずにそれをずっと見ていた。
途中、ピンポンを鳴らしたのはゾンビ救急隊だ。連絡してから数分で到着した。おばさんゾンビの亡骸を手際良く片付けていく。いつも大変な時、繋がらないくせに今日はすんなり繋がるという理不尽さ。
傷心もどこへやら……
俺は新しいライフルのことで頭が一杯になった。
この間のハンティングは危なかったが、またやりたい気持ちがムクムクと沸き起こってくる。
数分後……
金属製のどっしりとしたボディはもはや玩具とは言えなかった。
金属独特の艶めきを発している生まれ変わったAK47を俺はうっとりと眺めた。
美しい……
幾ら見ても飽きないほどだ。
銃床とフォアグリップ(銃を左手で支える部分)は木製に見える合成樹脂だが、それ以外は金属にカスタムした。
かなり重くなったが、見た目のカッコ良さに加え、頑丈になった。思う存分撃てそうだ。
これでゾンビを撃ちまくったら、さぞ気持ちいいことだろう。
組み立て終わった時にはもう夜だった。
「まだショッピングセンター開いてる。さあ、ゲームしに行こう!」
早速、試し打ちしたい気持ちをグッと堪える。夜は長いし、神野君の誘いを受けることにした。
ゾンビは……まあ、大丈夫だろ。
青山君はニュースを見ていたいので留守番する。
「ちょっと、待ってよ。まさか手ぶらで行くんじゃ……」
俺達が武器も持たずに出ようとするので、青山君が慌てて引き留めた。
「ああ、念のため持ってくか……」
神野君はハンマー、俺は鉄パイプを装備し、自宅を後にした。




