第六十一話 この世の終わり①
おぉ……ブロークンハート……
三十手前で心に傷を追うのは辛過ぎる……
あんの糞ビッチめ! 俺の繊細なハートを弄びやがって!!
自宅に戻ってからもしばらく立ち直れないでいた。
口直しのカップラーメンを食べながら、女児向けアニメ、トゥインクルハニーの録画を観る。二話目からやっと集中出来るようになった。
「愛がある限り、私達の胸に宿る光は消えない! メガトゥインクルスターライトアターーーック!!」
主人公キラリ達の衣装がすげぇボリュームアップしている。髪の毛もそんじょそこらのキャバ嬢では真似できないレベルの盛り具合である。
個人的には変身前、普通の中学二年生のキラリ達が好きなんだが……でも、これはこれでアリだ。
悪の組織アンコークを抜けて仲間になったリリカのヘソ出し衣装がたまらなく可愛い。
しかし、最終回の二月まではまだ半年以上あるのに早いパワーアップ変身だ。もしかして、最終回間近に再変身もあるか。
パワーアップした主人公達が雑魚キャラを蹴散らしていく様は爽快だった。睫毛増量のキラキラ感、半端ねぇ……
不意にテーブル上のスマホが振動した。
せっかく気分良く鑑賞してたのにぶち壊される。過剰にビクついてから、俺は恐る恐るスマホの画面を見た。
なんだ……青山君か──
安堵の溜め息を吐く。
ガッカリ感も僅かにあるが、久実ちゃんじゃなくて良かった……
なになに、今日泊まりに行ってもいいか、だと? 巨大台風が突然消えてゾンビが出るかもしれない、だと!?
俺はテレビのチャンネルを回した。
どのチャンネルも深刻な顔をしたアナウンサーが同じニュースを読み上げている。
まさか、大変なことが起こってる!?
念のため、テレ東に変えてみた。
……うん、いつも通りアニメの再放送だ。
大丈夫だ。まだ世界の終わりは来ていない。安心した俺はチャンネルをニュースに戻した。
「北上していた台風六号は今夜十一時に九州本土へ上陸するはずでした。それが本日午後三時過ぎ、南太平洋マーシャル諸島沖にて忽然と姿を消したのです。ここからはゾンビ評論家下飯木先生に解説していただきます」
また、シタか……
俺も始めようかな、ゾンビ評論家。
テレビ画面に映るシタを見てウンザリする。
ん? シタの奴、朝見た時と頭髪の感じが……
突然呼び出されたのだろうか……
シタの薄い感じの頭髪が更に薄くなっている。明らかにヘアセットの時間が足りていない。前頭部にパラパラと張り付く数本の毛が緊迫感を演出していた。
SNSを開くと案の定……
──シタの髪、www
──やっぱ、ヅラだったか
──シタ先生、ゾンビ出るとか散々煽ってた癖に家で寝てたんですねww
心無い投稿の数々……
シタの奴、嫌いだけどちょっと可哀想になってきた。今日はチャンネルを変えないでおこう。
「ゾンビが発現するメカニズムについてはまだ解明されておりません。ですが、過去の事例だと大幅に気圧変動した際、必ずゾンビは現れます」
真面目な顔で解説するシタの前髪が空調の風に吹かれてピヨピヨはためいている。それが気になって、言ってることは全く頭に入って来ない。
「巨大台風が突然消えてしまった訳ですが、ゾンビが発生する前、こういった現象は今までに起こってますでしょうか?」
「アメリカではありますね。日本では初めてです」
「今回、大幅な気圧変動により、日本列島全域で未曽有のゾンビ災害が発生すると考えられてますが……」
ティロティロリン、ティロティロリン……
不快なアラーム音と共に画面に速報のテロップが流れた。
何? 九州本土でゾンビ発生が確認されただと!?
「只今入ったニュースによると、九州本土でゾンビ発生が確認されたそうです……」
鬼気迫る表情で繰り返すアナウンサー。
またスマホが振動した。
青山君からの電話だ。
「ちょっと田守君、ニュース見てる?」
「ああ、今速報流れたな」
「今日の深夜には関東の方にも出て来るよ」
「えっ。そうなのか? 今九州の方って……」
「過去のアメリカの事例だと台風の進路を辿るように倍速でゾンビが湧いたらしい。都内で一人暮らしだから怖いんだよ。ねぇ、今から田守君ちに行ってもいい?」
「別に構わないけど……たまたま両親、旅行でいないし。でも……」
「良かったぁ! じゃ、すぐに向かうね!」
すぐ通話を切られてしまった。
忘れてたけど、今日は神野君も泊まりに来るんだった。
両親が二日間旅行でいないので、改造ガンのパーツを組み立てる予定だったのだ。
何でも友達の実家が鉄工所をやっていて、そこで銃のパーツを作って貰ったそうなのである。
俺は改造用に買った旧ソ連のAK47を神野君に預けていた。
AK47を選んだのは使い勝手の良さとカスタムし易さからである。ちなみに元々持っているのは64式だ。
まず、神野君の自宅にある3Dプリンターでパーツを複製する。複製したパーツから型を取り、それを友人の鉄工所へ持って行ってくれた。
パーツを八割方、鋼鉄にする事でパワーアップに対して耐久性を上げる。
先日のサバゲーで神野君の改造ガンは二丁、腔発してしまった。
今度はそういうことのないよう、パワーに耐えられる外装と銃身に総取っ替えすることにしたのだ。
既に神野君は自分のM16をカスタム済みだった。貸していた俺のライフルと鉄製カスタムパーツを今日持って来てくれる。
どうか、逮捕されませんように──
ゾンビ対策法により、パワーアップ可能なのは一丁までで、初速も限度が定められている。違法改造した殺傷力のある銃を持って、神野君が電車に乗って来るのは心配だった。
心配しながら、テレビ画面を再びトゥインクルハニーに変える。
だって、どこのチャンネルも同じようなことばっかやってて、つまんないんだもん。
どうせ見た所で何も変わらないんだし。
「ぐあぁああ! こんなハズじゃ……」
モブ悪役がありきたりの負けセリフを吐いたところで、玄関のチャイムが鳴った。
神野君か……思ったより早いな……
アニメも丁度キリのいい所だ。
俺は何も考えずに玄関へ向かった。
完全なる無防備。油断していた。
確認せずにドアを開け放つ。
そこに居たのは……




