第六話 葬式
「こら! 太郎、起きなさい!」
夕方、部屋でうたた寝していた所、母ちゃんに起こされた。
「大変よ。二階の大山さん、昨日のゾンビでゾンビになって亡くなったらしいのよ。今からお焼香上げに行くからアンタも来なさい」
なぬ!? ゾンビでゾンビになってって……意味が分からん……
困惑する俺に母ちゃんはビニールが掛かったままの喪服を押し付けてきた。
とにかく、近所の誰かが亡くなったからお焼香を上げに行くってことだな。
俺は寝ぼけたまま着替え始めた。
「ほら、通学班で一緒だったマナブ君のお父さんよ。小学生の頃、釣りへ連れて行ってもらったでしょ?」
うーん、そんな事もあったような……無かったような……
マナブ君は一学年下だし、年齢が上がるにつれて疎遠になっていったからあまり記憶がない。
寝癖を何とか直すと、俺は母ちゃんと一緒に二階のマナブ君宅を訪れた。
数年ぶりに見るマナブ君は眼鏡を掛けており、少し太っていたので言われるまで誰か分からなかった。
懐かしさから声を掛けようとも思ったが、何故か目を逸らされてしまう。俺は何も言えなくなってしまった。
まあ、父親を亡くしたばかりだし、疎遠になっていた幼友達に気を使う程の余裕はないのかもしれない。
そんなことを思いながら、祭壇の前に座った俺は唖然とした。
遺影の写真に見覚えがあったからである。
少年時代の記憶ではない。
つい、昨日見た顔だ。
大山さん……マナブ君の父親は昨日俺を襲ったゾンビだった。
そういや、見覚えあったんだよな。
身近な人が死ぬって、結構な衝撃だ。
しかも、その死体に俺は昨日襲われたんだ。
ゾンビという存在が初めて現実味を帯びて迫ってきた。
俺も一歩間違えば、この大山さんと同じようになっていたのだ。
そう思ったら、祖父母の葬式ですら意識できなかった「死」を突きつけられる。途端に不安で押しつぶされそうになる。
鬱々とした気分のままお経を聞き、弔問を終え、俺と母ちゃんは大山家を後にした。
外に出ると、ヒンヤリとした空気が心地良い。
だが、「死」とか将来の不安とか、同時に押し寄せて来て気分は最悪だ。
目を逸らし続けてきた現実が突然目の前に横たわっている。そんな感じ。もう、誰かの葬儀なんて二度と行きたくない。
俺達の後ろからゾロゾロと他の弔問客が出て来た。その中に久実ちゃんの姿を見付け、俺は「あっ」と思わず声を上げた。
気づいた久実ちゃんは笑みを浮かべ、小さく手を振る。
「あら、久実ちゃん、昨日はウチの太郎を助けてくれたみたいでありがとうね」
母ちゃんが声をかけた。
「いえ。助けたなんて大袈裟な……」
「でも、偉いわ。自警団てボランティアでしょう?……エレベーター、混んでるから一緒に階段で行きましょう」
「いや、そんなことないです。今、会社辞めて何もやってないし、暇だから。地震に台風にゾンビに……とにかく人手が足りなくて困ってるんです」
「あら、大変ねえ。私も町内会の役員ならやったことあるけど、大変だったわ……そうだ! 太郎、あんた自警団に参加してみたら? あんたも無職でどうせ暇だし」
ぬあー!! 何てこと言いやがる。俺は無職でも忙しいんだよー!!
心の中で雄叫びながら、俺は久実ちゃんに目で訴えた。久実ちゃんは何故か満面の笑みでバッグからスマホを取り出す。
「じゃ、田守君の連絡先、教えて」
いや、違うだろ。そうじゃないだろ。俺の訴えるような目を見て察すれよ。嫌なんだよ!
「俺、今、持ってないから(スマホを)……」
「大丈夫よ。私と交換しましょ。後で太郎の連絡先、送るわね」
母ちゃんが余計な気遣いを見せる。
四階にたどり着くまで、母ちゃんと久実ちゃんは互いのSNSに登録し合うまでの仲になっていた。
「じゃあね、久実ちゃん。後で送るわね」
にこやかに久実ちゃんと別れた後、母ちゃんは真顔になった。これは主婦の顔である。ついさっきまではオバチャンの顔……ま、一緒か。
「どうしよう。遅くなっちゃった……夕飯、出前でいい?」
俺は大人しく頷く。
穀潰しが偉そうに「作れ」とか言える訳がない。
腹は減っていた。
それでも、数年前に買った喪服のウエストはキツキツのままだったが……
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出前のカツ丼は最高に旨く感じた。
揚げ物を旨いと感じられるということは、俺もまだ若い証拠だな。生きているってことに感謝しなくちゃ。
テレビでは相変わらずゾンビのニュースばかりやっている。
親父は残業でまだ帰ってこない。
いつものこと。いてもいなくても、同じなんだから。ゾンビと変わらん。
行儀悪くても怒られないので、母ちゃんは堂々とスマホ片手に飯を食っている。夫婦で
この違いよ。俺は母親似だな。
スマホを見ると、久実ちゃんからのメッセージが入っていた。