第五十九話 映画デート①
六月になると真夏日が続く。
梅雨というのに今年は雨が少ない。
気温はウナギ登りだった。
早くも東南アジアから熱帯低気圧が近付いてきている。このように台風が発生し易い気圧変化はゾンビの発生を促すという。
あの刺激的なサバゲーから一ヶ月が経った……
俺は新しいスマホを見ながら遅い朝食を摂っていた。
テレビは何となくつけっぱなしにしている。
外出先で大量のデータ消費はしないため、SIMフリーのスマホで十分である。前のスマホを紛失してしまったためSIMカードを取り寄せたり、多少面倒臭かったが。
今日も朝から台風とゾンビ関連のニュースで持ちきりだった。
「非常に強い勢力を持つ台風六号は強い勢力を保ったまま、北上を続けています。明日夜遅くには九州本土に着陸、明後日昼頃には関東に接近すると思われ……」
コンビニバイト辞めて良かったぁ……
つい先日、辞めたばかりだ。
たった一人でゾンビがうろつく中、深夜勤務をさせられたりもしたな。
きっと、台風だろうが何だろうが、出勤させられるに違いない。
改造ガンの申請時に勤務先が必要なだけで、元々すぐ辞めるつもりだった。
それがズルズル長引いたのは金欠の上、日雇いバイトで嫌な目に遭ったからである。更に新しいエアガンとカスタムパーツを買ったり、スマホを廃墟公団に置いてきたせいで金がかかった。
申請はつい先日、辞める直前に出したばかりだ。
改造ガンは未完成だが、適当に写真を撮って申請書に貼った。
申請書には、どこをどう替えたか、部品の材質など細かく書く欄がある。俺はそれ全てを空欄にした。
そんないい加減でも、神野君から聞いていた通り、すんなり許可が下りたのだった。
朝起きてアニメを見てゲームする。
夕方までダラダラした後、洗濯物を取り込み畳んでしまう。
夕食後は深夜まで動画の編集や漫画を描く。
この一ヶ月間、俺はゾンビに遭遇することもなく、平穏な日常を過ごしていた。
ああ、充実している……
災難続きのひと月前は体を鍛えようと思ったが、結局実行できないでいた。
それなりに忙しいのだ。
普通に生活してたらゾンビと戦うなんてこと、まずないし。
完全に弛みきっていた。
「ゾンビが初めて確認されたのは、昨年の六月でした。気圧変化の激しい台風の時期は一年で最もゾンビが発生しやすいと言えるでしょう……」
勿体ぶった口調で解説し始めるのは、お馴染みのゾンビ評論家、下飯木である。
画面をアニメに変えたい所をぐっと我慢する。これから出掛けるのだ。アニメを見ている暇などない。
「昨年は本土上陸前に台風が突如姿を消しました。その時がゾンビ発生の合図だったのです。今回、台風の規模が大きいことからゾンビの発生も全国規模になる可能性が考えられます」
「しかし、下先生、今回の台風がゾンビに変わる可能性はどれぐらいとお考えですか?」
「うーん、かなり高いでしょうね。以前から申し上げている通り、ゾンビと気圧変動には強い結び付きがあります」
「一ヶ月前のゾンビ襲来によりA県では未だ封鎖されたままの地域があります。台風にしろ、ゾンビにしろ、復興の妨げになると思われますね」
「そうですね。今、スーパーの水やカップラーメンなどの備蓄食品の棚がガラガラだと聞きます。皆さん、人の迷惑になる買い溜めは止めてください」
へぇー。全然知らなかった。
やだな。またゾンビ出てくんのか……
ゾンビにはもうコリゴリだ。
なるべく戦いたくない。
外に出ないのが一番だ。
俺は戸棚を確認しに行った。
カップラーメン三個にスナック菓子二袋、ツナの缶詰が十個だけだった。
何だ……いつも通りじゃねぇか?
これでは災害に遭った時、引きこもることが出来ない。
「今回、未曽有のゾンビ災害になる可能性が考えられます。戸締まりをしっかりして、外出は控えるようにしてください」
母ちゃんと親父は今朝から夫婦仲良く温泉へ行っている。帰ってくるのは明後日だ。
台風にせよ、ゾンビにせよ、交通混雑して帰って来れない可能性もある。
それにしても最近自然災害多いな。
地球の終わりが近付いているのかもしれない。
俺が感慨に浸ろうとした時、チャイムが鳴った。
体にバネが入ったかのように飛び上がる。
慌てて身嗜みを整え、玄関へ向かった。
玄関ドアを開けると、そこにいたのは久実ちゃんだった。




