第四十七話 ハンティング②
数日後……
俺は都内の下町に来ていた。
隣県と接線を有するこの町は、都内とは思えないほど田舎臭かった。
新築マンションが建ち並ぶ地域から少し離れただけで地価がグッと下がる。
高架線下のトンネルの壁一面にスプレーで描かれた文字アート。駅前の地面にはガムや痰が吐き捨てられ、あちらこちらに煙草の吸い殻が散乱している。綺麗な所を探す方が大変だ。
殺人事件などもあり、治安の悪い町だった。
現地までは道が分かりにくいので、俺達は駅前で待ち合わせていた。
集合時間は朝七時。
待合わせ場所へ一番最後に来たのは青山君だった。
多分来ないだろうと思ってメールしたところ、二つ返事で参加することになったのだ。
俺達はあっけらかんとした青山君に絶句した。
青山君の手にはリードが握られ、その先には首輪をし、ヘルメットを被らされたゾンビがいる。
「やべ……言い忘れてた」
ハンティング用のゾンビを一人一匹連れて来るように、という話は取り止めになっていた。俺は青山君に伝えるのをすっかり忘れていたのだ。
「青山君、まさかそれで電車乗って来たの?」
「え? 他に何に乗れと? 僕、運転できないし……」
ちゃんと伝えなかった俺も悪いけどさ、すごい度胸してるな……
俺は「グルグル」と唸っているゾンビを凝視した。
ゾンビにありがちなボロボロの洋服ではないが、血なのか体液なのか、シャツが汚れている。
バイク用ヘルメットには細かい傷が沢山ついており、前面シールド部分がくすんでいるため、ゾンビの表情を窺い知ることはできなかった。
「青山君さ、来る時電車の中で何か言われなかった?」
神野君が尋ねた。
「二人くらいに……ゾンビ狩りするって言ったら、笑ってた……てか、皆さんゾンビは?」
俺達の背後には何もいない。今更ながら違和感に気付き、青山君はキョロキョロした。
俺は苦笑するしかない。
「さ、皆集まったことだし、そろそろ行こうか」
神野君の先導のもと、俺達は駅を出た。
目的地へ向かう途中、俺は青山君に説明しなければならなかった。
今日のサバゲーの内容をちゃんと話してなかったのである。
色々なことが有りすぎて精神的に参っていたとはいえ、申し訳ないことをした。
昼間なので、ガラの悪い不良グループはうろついていない。
その代わり、吐瀉物の跡や踏まれたガムが黒いタール状になり、地面にみっちりと張り付いていた。
駅のロータリーで宗教団体のパンフレットを配っているおばさんがいる。
パンフレットの表紙に見覚えがあった。
ああ、あれだ──
以前、市の職員だと勘違いしたカルト教団のおばさんを思い出す。
先日、あのおばさんは異常な様子で家まで来た。ゾンビ化したのなら、もう始末されているだろうが……
インターホンのモニターに映った不気味なおばさんの顔を思い出し、俺は身震いした。
にしても、パチンコ店が多い。
道を歩いていると数分ごとに見かける。
それと牛丼などファストフードのチェーン店が軒を連ねる。あと、ラーメン屋。
朝から商店街をフラフラ歩く酔っ払い。カタギとは思えないファッションに身を包んだ若い男。Vシネマの男優を彷彿とさせる。ぼんやりベンチに腰掛け、煙草を吸う水商売風の女はどことなく物悲しかった。
経済の折れ線グラフが山と谷を形成し、世の中で様々な流行が現れては消えていく中、この町だけが時代から取り残されているようだ。
駅から五百メートルほどで閑散とする。
俺達は住宅街に入った。
「もう……田守君、ちゃんと事前に話してくれないと……」
「ゴメン……」
俺が今日の内容について話し終えると、青山君は愚痴った。
「でも、僕のメリーさん、結構可愛いでしょ?」
青山君はリードに繋いだゾンビを指差した。
……可愛いってお前……名前が怖過ぎるわ!
俺は返事の代わりに唸っているゾンビを「うへぇ」な顔で見た。
「そういや青山君、これ、どうやって捕まえたの?」
「あれ? 田守君、ご存知ない? ゾンビの捕まえ方ご存知ない!?」
青山君は俺の質問に飛び上がらんばかりに歓喜した。
先日、エレベーター内でゾンビに襲われた時、死にそうな顔をしていた人と同一人物とは思えない。
あの時、青山君はせっかく買った同人誌をバッグごと腐液で汚されてしまった。
当分、イベントや楽しみにしていた○ミケにも行かないと言っていたのに……
青山君はドヤ顔でゾンビの捕まえ方を説明し始めた。
「まず、罠を作ります。罠は色々な種類があるけど、ネットで自分に合ったものを探そうね。僕は首縄タイプにした」
首縄タイプというのは、イノシシなんかを捕まえる罠を応用したものである。
とてもシンプルで容易に持ち運びも出来る。
いつどこで出現するか分からないゾンビを捕まえるには、簡単ですぐに用意できるものがいいとのこと。
まず、針金で頭部より大きめに輪っかを作る。
二つに折った針金の間に先端部を差し込み、引っ張ると輪が縮まるようにするのだ。
それを釣り竿の先に結び付ける。
長さは人間の身長に合うよう微調整。
次に歩道のポールや柵を有効活用する。
柵でなくてポールを活用する場合は、間にワイヤーを張って足止め出来るようにしておこう。
ゾンビを見つけたら、あらかじめどこの柵に誘導するか決めておく。
決めたら誘導開始だ。
音を立てて誘導するのはNG。
他のゾンビまで近寄って来て危ない。
ターゲットに接近して、自らの身を使って誘導する。
柵の近くまで来たら、正面に回り込み餌を用意する。
「餌はホームセンターとかでも売ってるけど、ネットで買う方がいいよ。安いし物もいい」
「ちょっと、待った! 餌って何だよ!? そんなの普通に今売られてんのか!?」
「んもぅ……田守君てば、ゾンビの知識弱すぎ。常識だよ、常識!」
いや、そんな物、絶対一般的じゃねぇだろ……金魚の餌じゃあるまいし。
「血でも代用できるけど、ちゃんと餌を買っといた方がいいよね。自分の体を傷つけるわけにはいかないし。ちなみに魚とか肉でも代用できまーす。餌は消臭剤と同じで高品質の物が売られてるよ」
餌はかなり生臭いそうだが、ゾンビは匂いに引き付けられ、柵に足を引っ掛ける。
倒れるか、動けなくなった所を輪っか付きの釣り竿で釣り上げるという訳だ。
「捕まえた後は餌をあげて躾る。餌は一日一回。貰えることが分かると従順になる。思ってたよりゾンビは賢いよ」
「でもさ、青山君、同人イベントの時、トラウマになったって言ってたじゃん? もう、大丈夫なんか?」
「一晩、寝たら立ち直ってた」
ケロッとした顔で青山君は答えた。
えぇぇええええ……心配して損した。
俺達は狭い小路が入り組む住宅街を歩いていた。
近代的な箱っぽい建築はちらほら。瓦屋根の古臭いデザインの家が多い。
昭和な雰囲気のアパートやトタン屋根のバラック建築が連なっている。
バラックにはいくら何でも住んでないだろうと思ったが、ワゴンRと自転車が玄関を塞ぐように置かれていた。アパートの洗濯機も動いている。
何か生活感、感じさせるなあ……
「そろそろ着くよ」
神野君が言った。




