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第四十三話 ボランティア⑬

誰もいない小学校にて。

置き去りにされた俺、久実ちゃん、陽一の三人は自転車で逃げることにした。

まず、俺が群れを音で引きつける。

 久実ちゃんと陽一に目配せしてから頷き、俺は自転車に飛び乗った。

 一人正門へと向かう。

 

 ゾンビ達は相変わらず中へ入ろうと手を伸ばしている。数は……百匹はいそうだな。


 頑丈な門扉であれば破られないだろうが、金網フェンスで囲まれた部分はヤバいかもしれない。

 そんなことを漠然と思いながら、自転車の前カゴに鉄パイプを打ち付けた。

 乾いた金属音が響く。



「ウギィアアアアアアア!! ヴィグィュアアアアア!!」



 音に反応して、興奮するゾンビども……

 そのまま打ち続け、俺は移動した。

 久実ちゃん達は駐車場の出入口で待機している。

 

 正門を前に右手へ移動すると、しばらく高いコンクリート塀が続いている。右に折れ、校庭に入る所からはフェンスだ。


 知能が低いゾンビは直進するだけで、回り込むという複雑な動作が出来ない。

 正門側から右に曲がって音を出しても、俺の姿が目視出来るため、なかなか動こうとはしなかった。


 さて、どうするか?


 俺は自転車を降り、駐輪場の屋根を見上げた。

 駐輪場は角にある。

 十年以上前にやったきりだが、出来るだろうか……


 次に俺が取った行動は、駐輪場の支柱をよじ登ることだった。

 棒登りの要領で登っていく。

 

 塀の頂上高さまで棒をよじ登り、俺は足を塀に引っ掛けた。下にはゾンビが一匹、寄って来ている。


 ドキドキするよな。

 このスリル感よ。

 一歩踏み外せば、俺はゾンビという猛獣の餌食になる。


 バランスを崩しそうになりながらも、何とか屋根に手を付き、這い上がった。


 小学生の時に比べて体重はニ・五倍重くなったから、塩ビの屋根が耐えられるか心配だ。

 俺は恐々、屋根の上に立ち上がった。

 ……うん、たぶん大丈夫だ。


 鉄パイプを屋根に打ちつける。

 耳障りな金属音。


 カン、カン、カン、カン………


 ゾンビは角を曲がって、一気に集まって来た。

 よぉしよし……しかし、年のせいか足元がふらつくな。明日は間違いなく筋肉痛だ。


 俺は全てのゾンビが、正門側から移動してきたことを駐輪場の屋根から確認した。

 次に屋根から飛び降りる……という訳にもいかず、塀に足を引っかけてから支柱に抱きついて滑り下りた。

 

 小学生の時、飛び降りてアキレス腱を痛めた事がある。今、歩けなくなれば、絶対助からない。


 駐輪場の屋根から降りた後、今度は自転車で移動した。

 再び自転車の前カゴを叩きおびき寄せる。

 ゾンビはでかい呻き声を上げながら、かなりの速度で押し寄せてきた。

 標的を定めた途端、凄い勢いで迫ってくるのは言わずもがな。


 俺は自転車を少し走らせてから止まり、前カゴを叩いた。

 ゾンビを十分引き寄せてから、また自転車を走らせる。止まる。叩く……それを繰り返していく。

 

 やがて校庭の一番奥まで来た。


 危惧していた通り、同位置に留まらせるとフェンスが持たなそうだった。内側へ膨らむように歪み始めたフェンスが全てを物語っている。百匹以上いるゾンビの圧力によりミシミシ音を立て始めていた。


 しばらくすれば、押し倒されるだろう。


 ──行くか


 ゾンビに背を向け、勢いよく自転車のペダルをこぎ始める。

 駐車場の出入口で待っていた久実ちゃん達と合流するまで十数秒。


 一旦自転車を降りて門扉を開けた。

 ガラガラっと派手な音を立て、レール上を滑る門扉──ああ、うるさい。どうしてどこもかしこも騒音を立てる造りになっているのだ?? その内、音の出ないゾンビ対策門扉とか、引き戸が商品化されそう。


 門扉の音を合図に陽一を乗せた久実ちゃんが自転車を発進させた。


 大体の道順はあらかじめ確認済みだが、久実ちゃんは自信ないので、後から俺が追い越して誘導する。

 冷静のつもりでも慌てているのだろう。自転車に飛び乗った瞬間、バランスを崩して転びそうになった。


 しっかりしろ、俺!


 この状況での些細なミスは命取りになる。

 俺だけでなく、久実ちゃんと陽一の命まで危なくなるのだ。

 何とか持ちこたえ、ペダルを踏んで門の外へ出た。

 門扉は……閉めなくてもいいか……


 呻き声が聞こえ、振り向く。

 校庭奥のフェンスまで誘導したゾンビがこちらへ向かってきていた。

 門扉を開ける音に反応したと思われる。


 ……にしても、結構な速度だ。自転車には追いつけないと思うが……

 俺は奴らに背を向け、塀沿いに自転車を走らせた。

 

 角の所で久実ちゃん達に追い付く。

 行きたい方角に群れがいるため、学校の周りを半周しなくてはいけない。


 正門の前にゾンビがニ、三匹、うろついている。

 俺は前方を指差して目配せし、一本先の道を通る事を伝えた。

 ゾンビ数匹程度なら、道路を突っ切るのは可能かもしれないが。それでも危険は避けたい。


 久実ちゃんが頷いたので、俺はそのまま真っ直ぐ自転車を走らせた。

 学校のある通りから一本奥の道路に入る。しばらく直進し、折を見て再び右折した。

 ここからはほぼ真っ直ぐでいい。

 

 自転車を走らせること、数分。

 ちらほらとゾンビの姿は見かけるものの、群れには遭遇しなかった。

 額から汗が流れ落ち、目に入る。

 俺は濡れた手で眼鏡を押し上げた。

 この年になって、汗をかくまで自転車を疾走させることになろうとは……


 長い坂を勢いよく下って行く。

 車も歩行者もいないから、スピードは気にしなくていい。俺は道路のど真ん中をノーブレーキで下りて行った。

 頬に当たる風が気持ちいい。

 何とも言えない爽快感である。


 ……と、その時……



「田守君! 待って!!」



 久実ちゃんの叫び声が聞こえ、ブレーキをかけながら振り返った。

 百メートルくらい後ろから、必死の形相で坂を下りようとしている久実ちゃんの姿があった。


 おい、声に反応してゾンビが来ちまうだろうが!

 

 曲がる時は追い付くのを待っていたものの、しばらく直進だったので、後ろのことをすっかり忘れていた。


 気を揉みながら待つこと、少時──

 膨れっ面の久実ちゃんが追いつくまで時間はかからなかった。


 道路は広いから並んで坂を下る。

 先ほどの爽快感はどこかへ行ってしまった。

 

 坂を下りきってから、叫んだことを咎めようとしたところ、



「田守君、ひどいよ! 置いてっちゃうんだもん!」

 

 久実ちゃんの方から怒って来た。



「ごめん……でもさ、大声出すのは良くないよ」


 俺は辺りを見回し、いないことを確認してから自転車を下りた。

 二人乗りの方がキツいのは事実だけど、状況的に交代は出来なかった。


 事前に道を確認して、大体真っ直ぐなのは分かってるんだし……色々と言い返したかったが、俺は何も言わず後ろに陽一を乗せた。ゴチャゴチャ言い争いはしたくなかったのである。

 

 しばらく大通りを走らせると、再び坂道になった。

 今度は登り坂である。

 


「……陽一、ムリ……降りて」



 仕方ない。

 自転車を押すか……

 

 自転車を降りて押すという行為──全く不本意ではある。

 地元なら迂回路が分かるが、ここは全く知らない土地だ。

 今、複数のゾンビに襲われれば自転車を捨てて逃げざるを得ないだろう。


 陽一は自転車を後ろから押してくれた。

 小学生の力でも有り難い。



「田守君、もっとダイエットした方がいいよ」



 うん、余計なことを言わなければ……

 

 久実ちゃんは俺達を追い越し、少し先を進んでいる。

 後ろから陽一がグイグイ押して来るので勢いづき、俺は走った。

 

 


 前方に三人くらい倒れているのが見える。

 道路脇に路上駐車されている車のドアが開けっ放しになっているから、そこから出たのだろうか。

 倒れている死体はゾンビ化する可能性もあるな。まあ、通る時に気を付ければ大丈夫だろう。

 

 しかし、近付くにつれて違和感を覚えた。

 よく見ると、車はガードレールに激突している。それだけではない。見覚えがある。

 気付いた俺は目を見張った。

 白のファミリーカー……



「陽一、待った! 押すな!」



 俺は陽一を止めた。

 立ち止まって、数十メートル先を注視する。

 間違いない……

 あれは、俺達を捨てて逃げた連中の車だ……


 久実ちゃんは前方五メートルくらい先を上っている。



「田守君、どうしたの?」


「いや、後ろ押せ!」



 久実ちゃんを止めねば。

 大声を出せば届く距離にいるが、坂道を上っている状態でゾンビを引き寄せたくはない。



「久実ちゃん、待って! 待って! 待てよ、こら!」



 小声で呼びかけながら、坂道を駆け上がる。

 息が切れてきた。

 だが、俺の思いに反して久実ちゃんはグングン先を上って行く。距離は縮まらなかった。


 馬鹿!! 気付け!!


 久実ちゃんが止まったのは、倒れている死体の近くまで来てからだ。

 次の瞬間、ゾンビが車から這い出るのが見えた。



「久実ちゃん、逃げろ!!」



 俺は思わず、叫んでいた。

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