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第四十二話 ボランティア⑫

忘れ物を取って校門の所まで来ると、車はゾンビに囲まれていた。

車内にいる女性の携帯に電話しても、パニック状態で意志疎通できず。

俺達を学校に置いたまま、車は発車してしまった。

 車はエンジンをふかし始めた。

 そして猛烈な勢いでゾンビを振り切り、走り始めたのである。



「え!? あ、ちょっと待って!?」



 思わず、門の外へ出て追いかけたくなった。

 あっという間に車は見えなくなる。

 残ったゾンビ達が匂いと気配でこちらへ向かってくるのを俺は茫然と眺めた。


 は!? 嘘だよな!? これって置いてかれたってこと!? いや、戻ってくるよな!?

 ショックの余り、状況を把握するのに時間がかかった。



「田守君、ここにいるとゾンビ刺激して危ない!」



 久実ちゃんの声でどうにか我に返った。

 門扉の隙間から手を伸ばし、ゾンビの群れが中へ入ろうと押し合いへし合いしている。


 ゾンビの青黒い指が鼻先まで来ていた。

 俺は腕を引っ張る久実ちゃんと陽一と共に校舎の方へ戻った。

 

 戻る途中、久実ちゃんの手を振り払って通路左手の駐輪場に寄る。

 まだショック状態からは抜け出てなかったが、経験値が本能的にそうさせていた。

 

 自転車は五台ほど残っている。

 車が避難手段の第一候補として挙がるのに対し、自転車はあまり選ばれなかったようだ。

 俺は自転車の鍵のタイプを確認した。

 蹄の形をしている馬蹄錠が二台。他は電動自転車だ。


 確認が済み、俺達は再び校舎内へと逃れた。

 置き去りにされて一番ショックを受けていたのは俺だ。

 


「ごめん、田守さん。僕、あの人達と一緒に逃げたくなかったから多分そのせいだ……」



 陽一がまず謝ってきた。

 確かにこいつがキッズ携帯を取りに戻らなければ、こんなことにはならなかった。

 


「君のせいじゃないよ」



 俺の代わりに久実ちゃんが慰める。

 久実ちゃんは俺に向き直ると言った。



「田守君、食料はどれだけある?」



 俺はリュックから菓子パン一つ、栄養補助食品二袋、板チョコニ枚を取り出した。

 陽一が目を輝かせる。


 おい、やらねーからな!


 久実ちゃんは注意深く食料を点検した。

 俺は盗んだことがバレないか、ドキドキしながらその様子を見守る。

 やがて久実ちゃんは首を振りながら言った。



「何とか三人で一週間、持つかな。チョコレートはカロリー高いから」



 ちょっと待て。三人で一週間!? 無理だろ?


 どうやら久実ちゃんはここで籠城……いや、助けが来るまで待つつもりらしい。

 早くも小腹がすいてきた俺は絶対拒否のバツを両手で作りながら頭を振った。



「でも、車がない状態で三人、逃げるのは無理だよ」



 久実ちゃんはチラリと陽一を見た。

 俺達二人だけならともかく、子連れでゾンビタウンから出るのは容易ではない。



「車が戻って来る可能性だってあるよな。ゾンビを振り切ったんだし」



 俺の言葉に久実ちゃんは頷いて、車内にいる女性の携帯にかけた。

 何度コールしても出ない……

 もう一度かけ直すと、


「この電話は電波の届かない所にいるか、電源を切っているか……」



 残酷なアナウンスが流れた。


 現実を否応無しに突きつけられた時、人間冷静になれるもんである。

 俺はようやく平常心を取り戻した。


 俺達は見捨てられたのだ。

 ゾンビに囲まれたこの小学校に……

 自分達だけが助かるために他の避難民を閉じ込めるような人達だ。

 助けに来た俺達を切り捨てたとしても何の不思議はない。


 ──地獄へ落ちろ


 とは思ったが、怒りを感じている余裕はなかった。



「助けはいつ来るか分からない。俺は今日中に脱出すべきだと思う」


「どうやって? 歩きじゃ危険すぎる。ここからバリケードの所までは二十キロ以上歩くよ。もう一時半になるし、絶対無理だよ」


「日が暮れるまで三時間以上ある。それまでには出れるはずだ」

 


 俺の言葉を完全否定する久実ちゃん。

 俺も負けじと言い返す。

 こんな場所で一晩過ごすのは絶対やだ。



「三時間、徒歩で歩き続けるなんて出来ないよね?」

 


 久実ちゃんは陽一に同意を求めた。

 陽一は逃げたかったのか、微妙な表情で首を傾ける。

 俺は大きな溜め息を吐くと、斜め前方を指した。


 そこにあるのは駐輪場だ。



「歩かない。自転車で移動する」


「……でも鍵が……」


「鍵は壊せる」



 俺は言うなり、傘置き場に捨て置かれたビニール傘を手に取った。



「……!?」



 驚く久実ちゃんを尻目に柄を踏んづけ、バキッと折る。



「田守君、何、やってるの?」


「これで鍵を開ける部品を作れる」


「……えっ、そうなの!?……でも何でそんなこと……」


「えっと、自分の自転車の鍵を失くしたことがあってその時調べたんだよ。言っとくが、自転車泥棒ではないからな!」



 俺は喋りながら、更に傘の棒を折った。

 折った棒の切り口をニッパーで挟んでこじ開ける。そうしてボタンの部品を取り出した。


 先の折れ曲がった独特のシルエット。これが鍵になる。



「田守君、すごい!」



 陽一が感嘆の声を上げる。


 くん? まあいいか、細かいことは……

 俺は二人を昇降口に待たせて、自転車の鍵を開けに行った。

 馬蹄タイプの鍵はこれで大体開くはず。

 これで人生二度目の自転車泥棒である。

 いや、緊急時なので泥棒とは言わない。


 ママチャリ二台の鍵を開けることが出来た。

 俺は両手で大きく円を作りながら、昇降口へ戻る。

 両手を握り合い、飛び上がって喜ぶ久実ちゃんと陽一。

 だが、喜ぶのは早い。

 まだ問題は残っていた。


 自転車を校外へ運び出せるのは正門と駐車場用の出入口だけだ。

 正門は今ゾンビで覆い尽くされている。

 駐車場は正門入って右手にあり、出入口は正門から二十メートルも離れていない。

 門扉を開ける音であっという間にゾンビが移動するのは、容易に想像出来る。

 

 音でゾンビをもっと離れた場所に誘導しなければなるまい。

 正門とは百八十度反対に位置する校庭側のフェンスまで誘導する事にした。

 

 誘導する役目は俺。

 別にそれは構わない。

 合流する際、待たすのが嫌だった。

 だって、その間何かあっても助けられないじゃん。


 久実ちゃん達は先に行ってもらい、後で合流する方がいいと思ったが……

 久実ちゃんは首を横に振った。



「もしゾンビが数匹現れたら、一人じゃ対処出来ないよ。待ってるから一緒に行こう」



 ……そういうことになった。

 

 陽一のキッズ携帯を借りて久実ちゃんと連絡が取れるようにする。

 板チョコ一枚を三人で食べてから出発することになった。

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