第四話 家族団欒
夕飯の時、熱々の鍋を囲みながら、俺は母ちゃんに顛末を話した。
今日は豆乳キムチ鍋。
命懸けでゲットした食材を使った鍋だから、いつにも増して美味い。
鍋の素とか使わない母ちゃんの鍋は優しい味。熱々をハフハフ言いながら、食べるのは最高だ……でも熱い。俺は汗だくになっていた。
「でも、久実ちゃんが自警団に入っていたのには驚いたわ」
母ちゃんにとって、俺がゾンビに食い殺されそうになった話より幼なじみの動向の方が気になるらしい。
俺は汗を拭いながら、キムチと肉を頬張った。
「あの子も、ほら、あんたと一緒で何もしてないって聞いたけど……」
へぇー、そうなのか仲間じゃん。
命の恩人である久実ちゃんに対して、親近感が湧いてきた。太めだった中学生の頃と比べると綺麗になったと思う。イモっぽい雰囲気は変わらないが……
「でも、偉いわね。地域のためにボランティア参加して」
おおっと、そう来たか……どうせ俺は家でゴロゴロしてるだけですよ。
「でもさ、母ちゃん、警戒レベル3の時は危ないから外へ出ない方がいいよ」
「……でも、お父さんとお母さんは会社休む訳に行かないからね。何で休みにならないのかしら? 雪の時も台風の時もよ。よっぽどのことがないと会社って休みにならないじゃない? もし何かあったら責任取ってくれるのかしら?」
「労災が下りる……」
親父が珍しく会話に参加した。
親父は寡黙でたまにしか喋らない。
そして、喋ってもピントがズレていることが多い。何を考えているのか全く分からない。
「そんなこと言ったってね、怪我程度で済むならいいけど、ゾンビになっちゃったらもう治らないのよ」
母ちゃんの返答を無視して、親父はテレビをつけた。テレビではゾンビ特集をやっていた。
ゾンビ治療薬の研究開発は有益か否か、有識者達が口舌激しく討論している。
もう既に死んでいる人間を生き返らすのは、自然の法則に逆らっておりクローン研究に次ぐ背徳である、と訴えるグループ。
かたや、今までエイズやペストさえ乗り越えてきた人類だからこそ研究は続けるべきだと考えるグループ。
朝のワイドショーに出ていた下飯木先生も出演している。
「あのね、現実世界には金リンゴはないんですよ。半分腐ったような死体に何をしても生き返ったりはしませんよ」
「きん……失礼、何でしょう、金リンゴというのは……」
唾を飛ばしながら話す下先生に男性アナウンサーが困惑の表情を浮かべる。
「あれ? ご存知ない?」
金リンゴというのは勿論、某人気ゲームのアイテムである。それさえあれば、ゾンビをたちまち治すことが出来る、というアレ。
下先生、なんか親近感湧いてきた。
俄然、俺がテレビに興味持った所で、
「つまらんな……」
親父は呟き、テレビを消した。
冬眠終わったばかりの熊のごとくノソノソと、新聞だけつかんで寝室へ去って行く。
おい! 行くんならテレビつけとけよ!
思ったが、口には出さなかった。
母ちゃんが何も言わず、テレビのリモコンを取る。
「先生のお話ですと、今後ゾンビ被害は拡大していく可能性があるということですね……」
神妙な顔付きのアナウンサーが画面に映る。
「そうです。最初は警戒レベル2とか3だったものが、次第に4となり、5となり、特別警報が出るのも珍しくなくなります」
下先生の辛辣な意見に出演者一同、示し合わせたようにガチョーンな顔をする。
「だとすると、やはりゾンビ治療薬の研究は必要になってきませんか?」
「いや、勿論ゾンビの研究は必要ですよ。僕は研究自体を否定している訳ではないんです。死者を蘇らせるという行為が、治療という概念から大きく軌道を外れている、そのことに対して強い懸念を抱いている、ということなんです……」
よぉし、シタ、頑張れ!
何故かこの胡散臭い評論家を応援してしまう。
「何か難しくてよく分からないね、母さんの職場にもこの先生のファンがいるけど……」
母ちゃんが頭を振りながら言った。
……ファン、だと!?
俺はシタの薄い頭頂部を見やった。
「え。ファンて。マジか……」
「うん、マジ、マジ。結構人気あるのよねー。この先生」
な、ん、だ、と!?
こいつ、もう二度と応援してやらねぇわ。
俺は応援してしまったことを地味に後悔した。