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第三十六話 ボランティア⑥

警戒区域での救助ボランティアにて。

待ち合わせ場所の公民館で昼飯を食べていた所、ゾンビに囲まれてしまった。

 窓はいつの間にかゾンビで覆い尽くされていた。

 壁一面に並んだ窓。その全てに灰色の腐った人間が張り付いている。幾つもの虚ろな目がこちらを凝視している。


 横には泣きそうな顔の久実ちゃん。口を押さえる手が小刻みに震えている。


 こんなピンチにも関わらず、不思議なくらい俺は落ち着いていた。

 ここ数日の経験でピンチ慣れしたというか……恐怖に対して鈍感なのかもしれない。



「久実ちゃん、懐中電灯あるよね?」



 久実ちゃんがリュックからそれを出すより前に、俺は一気にカーテンを閉めた。

 シャーーーーー!!



「あ、あ、ちょっと待って!」



 久実ちゃんが慌てるのも厭わず、カーテンを全部締め切る。遮光カーテンに遮られ、部屋は真っ暗になった。


 カーテンの向こうからは窓をバンバン叩く音だけが聞こえる。


 窓ガラスの向こうのゾンビは明らかに俺達を目で追っていた。窓は閉まっており、匂いと音は遮断されている。残るは視覚だけだ。


 カーテンを閉める時、一時的に窓を叩く音は激しくなったが、しばらくすると音は止んだ。


 シンと静まり返る。

 闇の中、天井が懐中電灯の光を跳ね返し、俺達を浮き上がらせる。

 思った通りだ。


 俺達が見えなくなったので、ゾンビはターゲットを失った。揺れるカーテンから外の状況を窺えなくとも分かる。

 標的を失った彼らは長時間同じ所には留まらない。

 


 俺達は部屋の隅で息を潜めた。

 久実ちゃんはこんな状況が初めてなのだろう。初めてだ。初めてに決まってる。怯えて俺の腕にしがみついてくるのは、初めてだからだ。


 小刻みな振動が腕に伝わってくる。あと、甘いシャンプーの香り。俺も女子に引っ付かれるなど、生まれて初めての経験である。


 柔らかい……めっちゃいい匂いするし──


 正直、俺はゾンビよりそっちの方が気になっていた。カップルでお化け屋敷に入る時って、こういう感じなんだな……

 ぼうっと感慨にふけっていると、久実ちゃんが懐中電灯を床へ落とした。


 ゴン!


 大きい音に空気が凍りつく。

 

 バン!!


 一回窓を叩かれただけだった。

 外までは大して響かなかったようだ。

 が、ホッとしたのも束の間……

 

 バン! バン! バンバン!


 今度はドアだ。

 突き破らんばかりに激しく叩いてくる。

 久実ちゃんが更に力を入れてしがみついた。もうほとんど抱きつかれていると言っても過言ではない。



「大丈夫だよ。静かに待っていればその内どっか行く」



 俺はさり気なく、久実ちゃんの背中へ手を回してみた。

 なんか、付き合ってもいいかもしれない。そんな気がしてきた。



「どうしよう……怖いよ……」


「大丈夫。俺が守る」

 


 緊張感皆無の浮ついた気持ちで俺はゾンビが去るのを待った。

 久実ちゃんの過剰な反応のお陰というか、ゾンビに対しては落ち着いていられた。


 大人しく待っていれば、その内去るはず……だが、どうして集まってきたんだろう?


 俺はマンションの避難梯子から落ちて来たゾンビを思い出した。上階の奥さんゾンビだ。


 あのゾンビは寝室の網戸をぶち破り、家の中へ侵入してきた。イヤホンして静かにアニメ鑑賞していたのにも関わらず、だ。わざわざ網戸を壊してまで中へ入ったってことは、俺の存在を感じ取っていた?


 ゾンビって馬鹿なように見えて実は知能高いとか?


 普段よたついているのが、標的に近付いた途端素早くなる。それと同じようにスイッチが入ると、色んなことが出来るようになるとか……?


 視力はかなり弱いはず。だが、窓の向こうのゾンビは俺達の動きを目で追っていた。

 認識していたのだ。


 果たして腐った脳で思考したり、細かい動きが出来るのだろうか……いいや、こいつらが反応するのは音と匂いだけだ……ん?……におい……


 「におい」でようやく腑に落ちた。

 そうだ、におい、だ。

 奴らは自転車の音に引き寄せられ、俺達の匂いを辿ってここまで集まってきたのだ。


 待てよ。そんなにも嗅覚が優れていたなら、廃墟公団の時は何で気付かれなかった?パーテーション一枚隔てたベランダの内と外。ゾンビの集団は目と鼻の先にいる俺をスルーした。


 もしかしたら、犬猫ほど万能な嗅覚ではない? あの時俺は移動しまくっていたから、あちこちに匂いをバラまいていたのかもしれないな。奴らは前に俺が残した匂いを追っていたため、近くの俺に気付かなかったのかもしれない。


 人間と同じく、視覚、嗅覚、聴覚全て使い、総合的に判断して獲物を追うのだろう。

 なおかつ、別の匂いを追っている時は強めの刺激を与えないと軌道修正できないかと思われる。


 全てにおいてローペース。

 応用力に欠ける。

 マークした獲物を延々と追い続けるだけ。


 それがゾンビ。


 だが、鈍いように見えてゆっくり着実に獲物を追う。そして、匂い近くの窓ガラス越しに俺達が見えたからロックオンした。


 そうか、一カ所に留まるのは危険だったのだな。



「久実ちゃん、ちょっといい?」



 窓を叩く音が収まって数分後、俺は立ち上がった。



「窓の様子を見てくる。ここで待ってて」



 久実ちゃんは嫌々するように首を振っていたが、しぶしぶ俺を解放した。

 

 忍び足で窓辺へ向かう。

 カーテンの隙間から恐る恐るのぞいてみた。



「どうだった?」


 恐々尋ねる久実ちゃんに俺は肩をすくめた。



「まだ、いる」



 ターゲットを失ったゾンビ達は窓の前で右往左往していた。まあ、放っとけばその内いなくなるとは思う…… 

 楽観的な俺と対照的に久実ちゃんは絶望的だった。

 


「どうしよう……私、トイレに行きたい……」



 ──マジか


 こんな時に……

 ひとまず最重要事項を確認せねば……



「大、小、どっち?」


「……小、だけど……」



 少し憤慨しながら答える久実ちゃんに対し、俺は安堵の溜め息を吐く。

 良かった。大でなくて本当に良かった……


 良タイミング。

 久実ちゃんのリュックから振動音が響いた。

 振動ぐらいじゃ部屋の外まで漏れないのに、慌てた久実ちゃんはまたも携帯を滑り落としてしまった。


 硬い携帯は床の上で乾いた音を響かせる。

 おい、振動音よりこっちの方が深刻だぞ?


 着信は同グループのオジサン、皆山さんからだった。



「今、囲まれてて……窓の周りにも数え切れないくらい……」



 久実ちゃんは口に手を当てゴニョゴニョ話した。



「……え? あ、そうですか。ありがとうございます。本当に助かります!」



 懐中電灯の間接照明で見える久実ちゃんの顔がパァッと明るくなった。



「じゃ、そのようにやらせて頂きます。よろしくお願いします!」



 通話を切ると、久実ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。



「田守君、皆山さんが助けに来てくれるって!」

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[一言] 皆山さんヒーローか!!!
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