第三十二話 ボランティア②
(これまでのあらすじ)
映画のチケットに釣られ、ボランティアに参加することになってしまった俺。
場所はバリケードで囲まれたゾンビだらけの危険区域。逃げ遅れた人の救助をするという超絶ブラックボランティアだった。
「出発前に注意点を三つだけお伝えします」
ゾンビ未経験者に指導しているリーダーの代わりにサブリーダーが話した。
「まず、一つ目はなるべく音を出さないこと。皆さんに割り当てられた場所の危険度は低いとはいえ、警戒区域となっております。音を立てる事によって分散しているゾンビを呼び寄せてしまいます。数体であれば、問題なくても数が増えれば危険です。くれぐれも気をつけてください」
手順としてはこうだ。
家々を回る際はまず、鍵が閉まっているか確認する。開けっ放しの所は避難民がいないと思われるのでスルー。鍵が掛かっている場合はチャイムを押し気配を伺う。チャイムは三回まで。インターホンがある場合は静かに問いかけてみる。
「そして二つ目、車の鍵はかけません。離れるのが短い時間であれば、エンジンを掛けっぱなしにしてください。万が一ゾンビの群れに遭遇した時……まあ、そんな事はないとは思いますが……グループはバラバラになってしまう可能性があります。鍵を持っている人が戻って来れないと皆が車に入れなくなってしまうので、ロックはしないようお願いいたします」
俺は周りの顔を見回した。
皆、慣れているのか馬鹿なのか、無反応である。
ヤバいだろ、これ……
エンジンまで掛けっぱなしだと、先に車に着いた奴が皆を置いて逃げることだって考えられる。残された場合は自力か、救助を待つしかないんだろう。あの誓約書の内容だと……
俺は手を上げた。
「あの、車の後部座席とかトランクってやっぱり発車する前に確認するべきですかね?」
「へ?」
「鍵開けっ放しだと、入り込まれて後ろに潜む可能性ありますよね?」
映画ではやっとのことで車内へ逃げ込んだ所、後ろから襲われるのはお約束だ。
あの、股間がヒュンとなる感覚は絶対に避けたい。逃げ込んだ車の後ろは絶対に確認すべきだ。するべきだと俺は思う。
「……確認したかったら、してもいいと思いますけど……でも、ゾンビって車のドア開けたり、複雑な動作出来ませんからね。ちゃんとドアが閉まっていれば、そんな神経質にならなくとも……」
困った様子のサブリーダーに周りはやや白けた感じになった。
スイマセン、馬鹿で……
「最後に三つ目です。絶対に無理はしないこと。集合住宅など群れの住処になっている場合があります。ゾンビが数匹ではなく、固まっているような場所へは入らない、近付かないようにしてください。地図には分かるよう印を付けていただければいいので……」
注意事項の説明が終わった後、一時的にフェンスを除け、車で出発した。
石で重しはしてあるものの、工事現場で使っているのと同じフェンスで囲ってあるだけだ。
何が、安全第一だ!
俺は心の中で叫んだ。
車がゴーストタウン内へ入ると、ビルにいたカラスが一気に飛び立った。
窓から見えるカラスの群れは不気味さを倍増させる。ポスティングの時に入り込んだ公団を彷彿とさせた。
何か、悪寒と言うか心霊的にヤバい感じがする。全く霊感のない俺が言うのもなんだが、ゾンビだけでなく悪霊も住んでそうな雰囲気だ。
車は皆山さんが運転した。
俺はたまにしか運転しなくて不馴れ。久実ちゃんは免許自体持っていない。
「へぇー。幼なじみで。一緒にボランティア参加を? 偉いねぇ」
皆山さんと俺達は移動中、世間話をした。
皆山さんには中学生と高校生のお孫さんがいるそうだ。奥さんは十年前亡くなられ、今は一人暮らしとのこと。
「小さい内は世話が大変だけど、大きくなっちゃうと、孫もあんまり構ってくれなくなってねぇ。寂しいもんだよ。だから、暇を持て余してこういうボランティアに行ってるわけ」
皆山さんは朗らかに笑った。
死んだ爺ちゃん、ごめんな。もっとジジイ孝行すりゃ良かった。
「でも、お若いですね。うちの親と同じくらいだと思ってました」
久実ちゃんがお世辞を言う。
いや、言い過ぎだろ、そんなに若くは見えん。
「ゾンビとか出るようなこんな暗い世の中になっちまって……オジサンが若い頃はずっと上向きだったからねぇ。なんか、息子や孫達に申し訳なく思うよ。だけど、君らのような若者がいるのは希望だね。こんな世知辛い世の中だからこそ、オジサンは助け合いの精神が大切だと思う訳よ。世の中を立て直していくにあたって……」
オジサンの話は長い。
普段、一人暮らしで寂しいから会話に飢えているのだろう。しかし、「世の中」ていうワードが何回も出て来るな。
喋っている間に目的地へ着いた。




