第三十一話 ボランティア①
翌日、俺はA県へ行った。
結局、アニメ映画の誘惑に負けたのである。まあ、人助けは良いことだし、履歴書にも書けるからな。
現地までは電車で三時間。
A県の広域で電車が止まっている状態なので、ゾンビ災害地の手前でボランティアは集合した。
まだゾンビの駆除が終わっていない災害地は「安全第一」のバリケードフェンスで囲われている。
その物々しい雰囲気に嫌な予感がよぎった。
「あのさ、久実ちゃん、ボランティアの内容って詳しく聞いてなかったよね?」
集合場所に集まったボランティアの面々を確認しながら尋ねた。
若い学生が多い。
次に多いのが高齢者。
やっぱり、時間のある人達が参加するんだな……
「ああ、ごめん。そうだった。ゾンビの駆除が終わっていない地域で逃げ遅れた人達を助けに行くんだよ」
なんだ、それ? なんか、すげー危険な香りがする。
事前に聞いてなかった俺も悪いけど……
昨日家に来た時、俺の部屋に落ちていた漫画を幾つか貸したので、移動中はずっとその話をしていた。
「大丈夫。私達ボランティアは危険な区域に入らないから。ってか、入れないから。高齢者とか子供のいる世帯とか、逃げるのが難しい人達を見つけて助けるのが私達の役目だよ。そんなにゾンビは出ないと思うから大丈夫」
いや、自力で逃げれないってことは周りにゾンビがいるからじゃねぇか?
助けに行ってゾンビになる可能性はあるってことだよな……
空は暗鬱に曇っている。
バリケードフェンスの向こうでは絵に描いたようなゴーストタウンが広がっていた。
死肉を貪るのだろうか、カラスが数羽、四階建てビル屋上の手すりに止まっているのが見える。
他には風に舞う紙屑以外、動くものは見当たらない。
この情景、どっかで見たことがある。
ああ、何年か前に流行ったホラーゲームだ。
不安が後悔に変わり始めた時、ボランティアリーダーが出欠を取り始めた。
何人か来ておらず、人数が合わない。
直前になってやめる人の気持ちはよく分かる。どう考えても通常の災害ボランティアとは違うからだ。善意でやるボランティアにしては、内容が危険すぎる。
案の定、俺達は誓約書にサインをさせられることとなった。
ボランティアリーダーがまず配ったのはこの誓約書だった。
内容は……
一、ゾンビに噛まれたり死亡した場合、一切の責任は当人が負うこと。当団体の責任はないものとする
二、ゾンビに噛まれた時は速やかに報告すること
三、救助作業中に建物内から出れなくなってしまった場合、当団体から救助へは向かわない。自力か行政からの救助を待つこと
四、救助作業中の負傷に関して、一切の責任は当人が負うこと。当団体の責任はないものとする
五、救助作業中の盗難、紛失に関して、一切の責任は当人が負うこと。当団体の責任はないものとする
以上の内容に同意し、救助活動に参加するものとする。
……完全にブラックじゃねぇか!!
ブラックボランティア……
これにサインしなければ、ボランティアには参加出来ないという。
「久実ちゃん、これ危なくない? 怪我とかしても全部自己責任って……」
声をひそめながらも、俺は訴えた。
「え、でも普通ボランティアって自己責任だよ?」
久実ちゃんは何とも思っていないようだ。
でもさ、わざわざ誓約書書かせるって、危険だと言ってるようなもんじゃん。
やめといた方がいいんじゃ……と喉まで出掛かっていた。
だが、他のボランティアメンバー達が一寸の躊躇なしにサインをしているのを見て、結局流される形になった。
次にリーダーは俺達を二つに分けた。
「今までゾンビを倒したことがある人」
俺含め三分の一が手を上げる。
思ってたより少ない。
俺はしょっちゅう遭遇しているのに……母ちゃんみたいに見たことない人は珍しくないんだな。
「では、ゾンビに対して経験ない方は簡単な指導を行いますのでこちらへ集まってください。大丈夫です。経験なくてもそんなに難しくないですから。誰でもできます。ゾンビ、弱いんで」
ゾンビ、倒すのってそんなに簡単か?
グロ耐性ないと無理だし、単体より群れ移動がスタンダードだぞ?
そんな、交通整理教えるみたいなノリでいいのだろうか……
軽い雰囲気のリーダーに多大な不信感を抱きつつ、サブリーダーの周りに俺達は集まった。そこで二人以上、五人未満のグループに分けられる。次に災害地の地図を渡された。
経験者の俺達は早速救助活動へ向かうこととなった。
グループごとに渡された地図にはそれぞれの割り当て区画がマーカーで囲われている。
割り当てられた区画を一軒一軒、調べて回るとのこと。
大体一区画、千軒ほど。
俺達の区画はそれプラス十階建て以下の小規模マンションが三棟ある。
割り当て場所までは車で移動だ。
俺は久実ちゃんともう一人、皆山さんというおじさんとグループを組むことになった。
……おじさんというか、ほとんどお爺さんである。うちの親より二十くらい上……下手すりゃ、親の親世代だ。
定年退職後、ボランティアに生き甲斐を見いだし、災害があれば各地を回っているという。
しかし、大丈夫か……
これからゾンビと戦うことになるのに、足手まといにならないといいんだが……
俺は皆山さんの右頬に出来た、大きなシミを見ながら思った。




