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第三話 幼なじみと遭遇

「へ!?」


 目を疑う光景が眼下に広がっていた。

 坂道の幅は大体四メートル。

 道幅にぎっちり並んだ黒い人影がこちらへ迫って来る。その後ろにも数えきれないくらい……俺との距離、ほんの数メートル。


 大群じゃん──


 丁度、俺が坂の上──奴らの視界の範囲内に立ったので認識したようだ。

 真ん中にいる奴と目が合った。



 「グォァアアアアアアアア!」



 目が合うなり、大口開けて加速してくる。 


 俺は……

 腰が……腰が……抜けた……


 本当に抜けたのである。

 下半身に全く力が入らない。

 必然的にしゃがみこんだ。

 角材だけは強く握りしめていたが、手におかしいくらい汗を掻いている。


 本当に腰って抜けるんだ……

 なんて感心している場合じゃないのに、このことを無性に発信したくなった。アカウントがほとんど永眠状態のSNSでも、某掲示板でもいいから……誰かに知らせたい。誰でもいいから。この「腰が抜ける」という現象について本当にあるんだ、ということを世界中に発信したい。世界中の人々に知らしめたい──そこまで考えてからようやく俺は我に返った。


 やべえじゃん……ガチで死ぬじゃん、俺。


 しかも、ゾンビに肉体を食われながら……

 よく映画でムカつくキャラがそういう死に方するよね。誰でも一番避けたい死に方だ。生きたまま内臓を引っ掻き回され、全身噛みつかれて死ぬなんてことは。

 

 恐怖が倍増したせいで硬直する。

 体が動かなければ為す術はなし。

 俺は絶叫コースターが落下する寸前みたいに、ギュッと目をつむった。


 絶体絶命。

 平穏な日常から突如、阿鼻叫喚の地獄へと。短い人生だった──



 ……と、人間の走る軽快な足音が聞こえた。


 そ、人間だ。人間に間違いない。

 ゾンビの足音はぎこちなく、リズム感がない。対して人間の足音は軽快でリズム感がある。一人ではない。何人もだ。


 俺が目を開けると同時に「ゴッ、グチャ……」という音が立て続けに聞こえた。ほんの二、三メートル先にいたゾンビ達が次々と倒れて行く。

 その背後にはヘルメットを被り、十手を手にしたレスキュー隊員が見えた。ゾンビの影に隠れていた為、気付かなかったのだ。巨大な赤い車がゾンビの大群の背後に止まっていた。


 もしや……あれが噂に聞くレスキュー車か……いや、レスキュー車ではない。消防車だ。


 そして、助けてくれたのは……



「大丈夫ですか?」



 女性の隊員が俺に声をかけた。

 ヘルメットの下から、きっちり結んだ全く痛んでいない黒髪が見える。

 化粧気なく、肌は綺麗だ。そして眉毛は太い。

 ああ、あれだな、よく見ると美人なのに地味で性格がきついために、男子から敬遠されがちの……にしても、どこかで見たことあるような……



「あの、腰が抜けてしまって……」


 恥ずかしげもなく、状況を説明する。



「えっ! ……大丈夫ですか!?」



 女性隊員は大袈裟に驚いてみせ、やや躊躇してから手を差し伸べた。



「た、立てますか?」


 

 いや、腰抜けたって言ってるだろうに。

 そう思いながらも差し出された手を有難く掴ませてもらう。

 

 ──あれ?


 意外にもしっかりと立てた。

 さっきはまるで駄目だったのに……

 異常な状態から解放されて日常へ戻れたからなのか、理由は分からない。

 全く力の入らなかった下半身は元通り治っていた。



「大丈夫そうですね。よかった」



 女性隊員は引きつった笑みを浮かべた。

 汗でギトギトした俺の手からすぐに手を離している。

 何だよ? そんなに俺の手を握るのが嫌だったのか?

 

 被害妄想を振り払うように俺は尋ねた。



「あの、消防隊の方ですか?」


「……いえ、自警団です」

 



 女性はツナギの袖に付けられた腕章を指差した。そこには「X市西区消防自警団」と書かれてある。


 ああ、あれか、地域のボランティアが集まって災害の時に活動する……



「はあ、なるほど……」



 俺は相槌を打ちながら、やや離れた所に置いていたエコバッグを取りに行った。

 ついさっきまで死ぬかと思っていた癖に平常心を装いながら、バッグを肩にかける。俺にだって自尊心というものはあるのだ。



「ありがとうございました……それでは……」

 


 女性は何か言いたげに首を傾げながら、まだこちらを見ている。


 こういうのはイラつく。

 人をジロジロ見るなっての。失礼な女だ。

 なんだよ? 昼間ジャージで歩いてたらいけないのか?

 俺は目を逸らしてさっさと行こうとした。



「あの、もしかして……」



 女性はおもむろに口を開いた。

 内心ドキドキしながら、俺は足を止める。



「もしかして、同じマンションの……同級生の……田守君?」


「え!?」


「あ、私、宮元です。二階の……」



 宮元久実……小、中と同じ学校に通っていた同級生だ。小学校低学年までは同じマンションに住んでいることもあり、よく遊んだが……

 おお、何だ、久実ちゃんか……数年ぶりに見たのですっかり顔を忘れていた。小学校の六年間、同じ通学班だったのにも関わらず、だ。


 中学に入ってからはお互い肉付きがよくなったし、思春期ボーイズ&ガールズ同士はあまり会話をしなくなる……久実ちゃんは痩せたようだが……気付かないのもしょうがない、か。んん、あれから十年以上経ってるもんなぁ。



「お、ああ、久しぶり……」

 


 何だかちょっと嬉しかったが、続く言葉がすぐ出てこない。彼女の武器が自然と目に入った。

 金属製のそれは俺の角材とは違い、ちゃんと“武器”という感じがする。



「あの、その十手、カッコいいね……」


「へっ? これ? 警棒のこと? じゅ……何?」



 彼女は持っている武器を胸の所まで持ち上げて、俺に見せる。



「そう、十手……」


「へえー、これ、ジッテって言うんだ。知らなかった……」

 


 いや、普通知ってるだろ、十手ぐらい……実際に使用してるんだし……女、恐るべし。



「じゃ、私、片付けがあるから……気をつけてね」

 


 彼女は別れの言葉を告げると、他の隊員を手伝いに行った。隊員達は死体を消防車へ運んでいる。彼女が去った後、シャンプーの残り香が漂った。


 久しぶりに女子と話したからか。俺は若干高揚した気分のまま家路についた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビ物って初めてですが、普通に読めました(^^) ホラー系苦手な私でも、無理なく読めそう。 まだ、3話目だけど(笑) [一言] まだ3話目ですが、掴みがOKですね(^^) ガシッと掴まれ…
[良い点] こういうゾンビランド風味なゆるいゾンビもの好きです わりとちゃんとグロい(笑) [一言] 無理じゃなさそうなら外出いいの!?とか、みんな普通に会社行ってるの!!??とか、楽しくつっこみなが…
[一言] ゾンビの大群には流石にビビっちゃいましたか(*´艸`) 自警団まで存在するんですねぇ。 久実ちゃん強い\( 'ω')/
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