第二十八話 落ちてくる①
バイト終わって、自宅でのくつろぎタイム。
鳴り続けるチャイムの音で起こされた俺はインターホンのモニターを見て戦慄する。
それはゾンビ化した新興宗教の勧誘おばさんだった。
俺はヘッドホンで耳を塞ぎ、リビングでトゥインクルハニーの録画を観る事にした。
ヘッドホン大音量でも、チャイム音が微かに聞こえるのは我慢する。
通報する事も考えた。しかし、今は面倒くさい応対をしたくない。昨日のバイトで疲れているのだ。
ドアチェーンも掛けたし、気持ち悪いけど放っておこう。その内、居なくなるだろ。
ここ数日の出来事が俺を図太くしていた。
図太いというか、鈍感になったといった方が正しいのかもしれない。ゾンビに対して。
女児が好みそうな原色をふんだんに使い、キラキラ感満載のトゥインクルハニーのオープニングを早送りせず観る。
オープニング、大事だろ。
本編始まる前の高揚感を高めておくためにも。最近のアニメオープニングって毎回同じと思いきや、ちょっとずつ変わったりする。当たり前だが、アニメを観るに当たって大事な要素なのだ。
次にCMで女児向け玩具をチェックする。
子供向けにも関わらず、ハイクオリティの物もあるから要チェックだ。ガシャポンや食玩、カードは大人でも集めたくなる。
商売上手の玩具メーカーのCMが終わると、お待ちかねの本編が始まった。
トゥインクルハニーには仲間が四人いる。最初は敵だったりしたのが仲間になったり、全員が集まるまでに色々あった。
女児向けアニメと侮ってはいけない。
俺のようなアダルトが喜ぶような要素を各所に設けており、表向きは女児向けでも裏では大人が見ることを想定している。
大人向けのフィギュアやアクセサリーなどは数万するのがザラだし、勿論大人サイズの衣装も販売されている。
イベントへ行けば、家族連れに混じって最前列を男の集団が陣取っていることだってある。
アニメ本編でも頻繁にパンチラサービスをしてくれるが、イベントではもっとである。
しかもカメラで撮ってもいい。
さりげなくかがんだり、お辞儀をする時など俺達を意識しているのは明白だ。
要はファンサービスだ。
イベントで眉顰める女児親達の視線は意にも介さず、必死にシャッターを押す熱心な信者達。俺は彼らほどでないにせよ、二次創作などで楽しませてもらってる。
何が良いかと言えば、大人向けに媚び過ぎていない所である。
どうせ、お前らこういうの好きなんだろ、オラオラ……てな具合に俺達の好きな要素を詰め込んだ作品は逆に興醒めする。
幾ら肉が好きだからと言って、ハンバーガーをバンズでなく肉で挟むような真似はして欲しくない。そういうことだ。
もしくは幾ら可愛くとも三十路の女優が処女で女子高生の設定のAVとか……余計分かりにくいか。
とにかく、そういった訳で俺は女児向けアニメトゥインクルハニーを観ている。
主人公のピンク含めて五人の美少女ヒーローの内、一番人気はイエローである。
ロリ要素が強いドジっ子キャラだ。
今、観ている回ではそのイエローが美少女ヒーローを脱退すると言い出し大騒ぎになっていた。
学校も休み、家に引きこもるイエロー。
説得しに来たピンク達、仲間を追い返そうとする。
「私達、仲間じゃない! どうして?」
姉御肌のピンクが家へ押し入り、少年マンガの主人公的セリフを吐く。
こいつは主人公だけど、一番人気ない。
こういうズカズカと人のセーフティーゾーンへ入ってくるキャラは好かれないよな。ストーリーは進行するけど。
「私なんてドジだし、いつもみんなの足引っ張るだけだから、いない方がいいに決まってる……」
目をウルウルさせながら、いじけるイエロー。可愛すぎる……
その時、振動を感じて俺は後ろを振り返った。録画を止めてヘッドホンを外す。
いつの間にか、チャイム音は止まっていた。
リビングを挟んで北側に俺の部屋、南側に夫婦の寝室がある。この三部屋はベランダに面していた。
リビングのテレビは俺の部屋を背に置かれているから、俺は夫婦の寝室に背を向けた形で座っている。
奥の寝室へと繋がる通路に不穏な空気が漂っていた。
瞬間、寝室のドアが膨張したかと思うと……
黒ずんだ塊が飛び出した!
ゾンビだ。
え? どこから入ったんだ?
俺の存在に気づき、唸りながらすぐに突進して来る女ゾンビ……
リラックス空間に居るはずのない化け物がいる。
そのことは俺を軽いパニック状態にさせた。
弾かれたようにソファーから飛び起きると、狭いテレビの後ろ側へと逃げ込んだ。
自分でもなんでそんな所へ逃げ込んだのか、分からない。本能的に狭い所へ入りたくなってしまったのかもしれない。これは後で激しく後悔することになる。
ターゲットを定めたゾンビはすぐさま俺を追いかけてきた。
が、足にコードが引っかかる。テレビ裏はゲーム機やらインターネットやらのケーブルで少々込み合っている。俺という獲物を目の前に前へ進もうとするも、上手い具合に絡まってしまった。
「うーうー」
唸りながら手を伸ばしているが、もう一歩も前へは進めない。
コードが抜けるのは時間の問題とはいえ、かなり間抜けな状態だ。言うなれば、眼前に人参をぶら下げられた馬状態。後ろへ下がればいいのに、ゾンビの知能では前に進むことしかできない。俺は少し冷静になり女ゾンビの顔を見た。
あれ? どっかで──
上階の奥さんである。眼鏡はかけてないが……
ついこの間、苦情を言いに行ったばかりだから間違いない。顔色悪さが更に倍増している。
「ウリィイイイイァアアア!!」
上階の奥さんは某人気漫画の吸血鬼みたいな雄叫びを上げた。
口の端から緑色のゲル化したスライムを垂れ流している。その粘着力ある流体はテレビ裏に置いたハードディスクへと垂れた。
「……」
ぎゃぁああああああ!! 俺の、俺の、大事な録画用ハードディスクがぁあああああ!!
しかも、テレビと繋がるケーブルの差し込み部分へと垂れている。
ババア、俺の怒りに火を点けたな。ぜってぇ、許さねぇ!
俺は足元にあった観葉植物の植木鉢を両手で持ち上げた。
俺の気配に反応して手を伸ばしてくる女ゾンビ。その懐へ俺は一気に入り込んだ。
腐った手が俺の腕を掴んでくるのと同時、植木鉢をゾンビの頭上へと振り下ろす。
グヂャ……
嫌な音の後、テレビ裏は目も当てられぬ状態になった。




