第二十七話 勧誘おばさん
交代の朝七時にオーナーは来た。
ゾンビを始末して外に置いてあること、通報したがまだ死体は片づけられていないことを俺は手短に説明した。
レジ台に脳味噌をぶちまけた話はしていない。オーナーが監視カメラの映像をチェックしないことを祈るばかりだ。
オーナーは深夜勤務を一人でこなした労いにデザートとお菓子を買ってくれた。
「そんな……頂く訳にはいきません」
言いつつも、一番高いデザートを選んだ。
物でごまかすんじゃなくて金よこせっていうのが本音だ。
バイトからの帰り道、もうゾンビに会うことはなかった。警報は解除されている。
駅の大通りではいつも通り、通勤通学の人達が忙しなく行き来していた。
生死をかけたゾンビとの攻防が繰り広げられていた翌朝とは全くもって思えない。
深夜から朝にかけて修羅場を経験した俺はどうにも納得できなかった。
何なんだ? この日常感は?
胸にモヤモヤとわだかまりを抱えたまま、帰宅する。玄関ドアを開けると、丁度母ちゃんが出勤する所だった。親父はすでに行った後だ。
「太郎、あんた書き置きくらい残しときなさいよ。いないから心配したじゃないの。スマホもなくすし、ほんとあんたって子は……」
小言を言う母ちゃんはいつも通りだ。心配で寝れなかったようには見えなかった。
昨晩、地下鉄が止まって帰れなくなった母ちゃんと親父は都心から歩いて帰って来た。五時間以上かかったという。二人とも家に着いたのは深夜の十二時頃だった。
「えぇ!? 普通に会社行くんか? 地下鉄もう動いてんの!?」
「当たり前じゃないの。何言ってんの、この子は」
地下鉄、ゾンビにハイジャックされ、五時間歩いて帰宅したのに……翌日普通に会社行くのか……社畜根性が骨の髄まで染み付いてるのな。
出かける前だったので、母ちゃんから詳しい話を聞けなかった。地下鉄がゾンビだらけだったのか、帰り道襲われはしなかったのか、色々と聞きたいが仕方ない。
俺は朝ご飯を食べた後、コンビニで買ってもらったイチゴクリームケーキサンドを頬張った。
フルーツサンドの要領でイチゴとクリームをケーキが挟んでいる。かなりの人気商品だ。
廃棄前の商品はカゴに入れられ、自由に持ち帰っていいことになっているからほとんどの商品は口にしたことがある。
だが、このスイーツは賞味期限間近で残ることがなく、初めて食べた。
うーん、旨いけどくどい……てか、サンドイッチ風な体裁にしてるだけで、これ普通にケーキじゃん。
カロリーは見てないが、血糖値が急激に上がったのを身を持って知った。
猛烈なダルさと睡魔に襲われ、俺は深い眠りに落ちた──
部屋が若干振動するくらいの激しい落下音により、俺は目覚めた。
上階でまた運動会をやっている。
昨日、ガタイのいい旦那に逆ギレされたばかりだから苦情は言えない。
呻き声を上げながら時計を見ると、もう午後二時を回っていた。
二度寝しようにも、音が気になって寝れないし。ほんと、何とかなんねぇかな……
俺は人として当然の権利を主張しているだけなのに……どうせ、キモイだの何だの言われてんだろうな……
布団を頭から被り、何とか寝ようとする。
──ピンポン
その時、玄関チャイムが聞こえた。
宅配か? いや、俺以外は滅多に宅配を利用しない。ピンポンダッシュかも。
二回目のピンポンが聞こえ、俺は渋々布団から出た。宅配業者のお兄さんに罪はない。
這うようにして玄関へ向かう途中、変な胸騒ぎがした。ちょっと戻り、冷蔵庫脇に付けられたインターホンのモニターをチェックする。
「!?」
居るのは宅配業者ではない。
気味の悪い……んん!? 見たことあるぞ、このおばさん……
再びチャイムが押された。
不気味な無表情でドアの前に立つのは、以前俺を新興宗教へ勧誘しようとしたおばさんだった。
人当たりのいい優しそうなおばさんで、行政の職員風を装っていたため、すっかり騙された俺は二時間も話し込んでしまったのだ。
その後、教主様に無理矢理会わせられそうになったし……気持ち悪いこと、この上ない。
でも、何か様子が変だ。
正面をずっと睨み付け、半ば倒れかけた体でチャイムを押している。
──ピンポン
体を起こして、また少ししてから体で押す。
目線はずっと固定されたままだ。
薬物中毒者かと思えるぐらい動きと表情が尋常ではない。
明らかにゾンビ化している。
気持ち悪ぃいいいいい!!!
一体何なんだよ!? 俺が何をした!?
何で俺んちに来るんだぁあああ!?
俺は息を潜めて勧誘ババアが去るのを辛抱強く待った。
が、勧誘ババアは去らない所か、チャイムを押す間隔がだんだんと短くなり、最後は連打に変わった。
先日はポスティング、昨晩はコンビニで危ない目に遭ったばかりなのに、家に居ても災難に見舞われるのか……
だが、更なる危機が俺を襲う。




