第二十四話 苦情
ドンドン、ドンドン、ドン! バタン! ドシン、ピギャー……
さっきから一時間以上、その騒音は続いていた。全く今日は朝から大運動会か……
傷心の俺が穏やかな気持ちで女児向けアニメ、トゥインクルハニーを見ようとしているのにも関わらず……
別の日なら我慢出来たかもしれない。
が、死にかけた翌日、俺は心からリラックスしたかった。
それにな、深夜アニメの実況動画の編集もしないといけないし、ずっと書いてない漫画も一応連載してるんだから描きたいの!
最近、コンビニバイトを始めたせいで時間が全然ない。
ハニーピンクが悪の一味スゴークアークに投げ飛ばされ、泣きそうな顔で起き上がった所で俺は録画を止めた。
ドンドン、ドシン、バタン、バタン……
音は止みそうにない。
イヤホンにしてもかなり大音量じゃないと耳に入ってこない。
マンションの構造的な問題なのか……いや、あの家族が越して来る一年前までは音など全く気にもならなかった。
どう考えても上の家族に原因がある。
家の中でこんだけ暴れさせるのはさすがに非常識だ。アクロバットでもやってんのか? ジャンプくらいならまだいいが、高い所から何度も飛び降りている。
俺は意を決して上階へ向かった。
今日こそはビシッと言ってやる。
俺の平穏な休日を取り戻すんだ。
鼻息荒くチャイムを押す。
今日はすぐに出た。
しかし……
「何か?」
出たのは顔色悪い奥さんではなくて、旦那の方だった。
「下の階の603の田守です……」
俺は名乗りながら、スキンヘッドの旦那を恐々と見た。隆々とした肩から分厚い胸元へと目線を動かす。
アメフト選手か……すげーガタイがいい。
あと、顔が怖い。
堅気とは思えねぇ……
「お子さんの足音が少し響いてまして……」
俺は強張った笑みを浮かべながら、何とか要件を切り出した。
強面旦那の眉毛がピクリと動く。
怒鳴られるかと思い、ついビクビクしてしまう。昨日のゾンビとは違う種類の恐怖感だ。
「今、昼間だろ? 子供なんだから仕方ない。仕事は?」
見た目と同じく、ぞんざいな返答が返ってきた。
うっせぇーーー! あんただって昼間いるだろうが!!──心の中で絶叫しながらも、顔は卑屈な笑みを浮かべる。
「ああ、仕事が夜で昼間寝るからうるさいとちょっと辛いんです……」
「は? それはあんたの事情だろ? うちはうちで子供いるからうるさいのはしょうがない。そんなことでゴチャゴチャ言ってくんな」
強面旦那はそう言い放つとドアを閉めた。
茫然と立ち尽くす俺。
昨日、今日と連続で理不尽な恐怖体験をし、心から泣きたい気分だ。
俺が一体何を!?
最近、バイトとはいえ真面目に働いてるのに……当分立ち直れそうもない……
俺の心の嘆きに連動するかのごとく、防災無線を放送する拡声器が嫌な音を立てた。
「キーン」という嫌な音の後、野太いおじさんの声が辺りに響き渡る。
迷い人の放送ではなかった。
「防災○○です。ただいま、市内でゾンビが発生しております。屋外にいる方は速やかに屋内へ避難してください。屋内にいる方はなるべく外へ出ないようにしてください。繰り返します……」
またゾンビか……
世紀末だな。
その内、映画みたいにゾンビで世界は埋め尽くされるんだ……
これが大災害の幕開けとは知らず、漠然とそんなことを思いながら俺は我が家へと戻った。
異変に気付いたのは夜である。
母ちゃんがパートからなかなか帰って来なかった。残業にしても遅すぎである。
放送のこともあるし、もしものことが頭をよぎる。
悪いことは立て続けに起こるものである。
家電話から母ちゃんのスマホに電話してみたが、繋がらなかった。
悪い予感しかしない……
俺は気を紛らわせるため、テレビをつけた。
「何だ、これ?」
どこのチャンネルも同じニュースで大騒ぎしている。
郊外から首都圏へ繋がる地下鉄がゾンビの被害に遭っているという。
地下鉄全線が止まっている状況で、ゾンビの駆除もままならないため、復旧のメドはたっていない。
こりゃ、母ちゃんも親父も帰って来れねぇわ。二人共、通勤に地下鉄を利用している。
「今現在、通信網が大変込み合っております。家族の安否などを確認したくても携帯は繋がりにくい状況です。時間を置いてから試してみて下さい」
アナウンサーが繰り返した。
そうか、確か地震の時も繋がらなかったな。
腹が減ったので、カップラーメンを啜りながら俺はニュースを見た。
地下鉄でゾンビ発生はちょっとシャレにならない。地下の狭い空間では逃げ道がないし、人間が密集しているからゾンビは爆発的に増えるだろう。
アナウンサーが一層険しい顔で原稿を受け取った。
「只今、入ったニュースによると、A県で大規模なゾンビ被害が出ているようです。繰り返します……」




