第二十話 ポスティング③
ポスティングの途中、誰もいない公団に足を踏み入れてしまった俺。
フェンスで囲まれたその廃墟はゾンビの巣窟だった。
何とか大群から逃れた俺は建物内に入り、武器を探し始める。
取り敢えず俺は開いている部屋へ入り、武器になりそうな物を探すことにした。
ドアノブを回してみる。
お、開いてる!
ギギギギギィィィ――
嫌な音を立ててドアが開いた途端、
「ウゴォォォーーーー!」
絶叫しながら、ゾンビが向かって来た。
無言のまま、ドアを閉める俺。
一部屋目、アウト。
二部屋、次は出て来なかった。
奥に昭和っぽい和室が見える。
ベランダの窓が開けっ放し。
念のため、ドアを叩いてゾンビが出ないか確認する。
ドンドン ドンドン……大丈夫か、な?
しかし、俺が中へ入ろうとした時、ベランダに黒い影が見えた。
音に釣られたようだ。
大袈裟な溜め息を吐いて、ドアを閉める。
三部屋目にゾンビは居なかったが、ゴミが散乱しており悪臭がすごかったため、入るのを止めた。ゾンビがいなくても腐乱死体はありそうだ。
四部屋目、今度は片付き過ぎている。
何もない。
五部屋目、ベランダの窓は閉まっている。
ドアを叩いても出て来ない。そんなに臭くなく適度な散らかり具合だ。
夜逃げした感は否めないが……
どうして物をそのままにしておくのだろう。
引っ越す時とか普通に片付けるもんだし、いらない物にしても置きっぱなしで去らない。
そんなことを頭の中でブツクサ考えながら、五部屋目にしてやっと探索を開始する事ができた。
小さな物音にも聞き耳を立て、慎重に室内へ入る。
心無しか息苦しい。臭いもある。
多分、家主が去って数年締め切ってそのままだったからだろう。
窓を開けたいが、さっきのゾンビのことがあるので我慢する。
2LDKのこぢんまりとした室内。一通り見て安全を確認した。
玄関入ってすぐは二畳ほどの小スペースになっていて、洗面所とトイレが右手に、左手がキッチンになっている。
奥には六畳の和室が二つ。襖で仕切られている。
荷物は片付けておらず、生活感が残っていた。
まずは何かありそうな台所を物色してみる。
鍋や包丁もそのままだ。
洗い物かごの下がかびている。
電気が点かないのは痛い。さっき日が隠れてしまってから、屋内は薄暗かった。
シンク下に懐中電灯があったので、使わしてもらう。
結構な重量感だ。
リーチが短すぎるのが難点だが、もしもの時は使えるかもしれない。
おたま、フライ返し、使えないな……すりこぎはちょっといいかもしれない。キープしとこう。
フライパンもいいな、これもキープ。
バールとか斧があればいいんだが……
フライパンとすりこぎじゃ、心許なさすぎる。
次に台所を出て和室の押し入れを調べる。
百均で買ったようなペラペラのノコギリを発見。うーん、これは使えねぇ……
刃物系は要注意だ。差した後、抜かないといけないからな。
ノコギリの下に工具箱を見つけて歓喜する。
……が、バールも斧もなかった。
めぼしい物といえば、金槌くらいか。これももうちょっとリーチが欲しいところだ。
相手は大群だし接近戦は危なすぎる。
手頃なリュックを見付けて、金槌とフライパンを入れておく。すりこぎは、いいや。
他にはもう無さそうか……
諦めかけた時、ゴルフクラブセットがベランダに置いてあるのが見えた。錆び付いているが、これは使える!
念のため、リュックから金槌を出してからベランダへ出た。別の部屋とはいえ、さっきのゾンビが気になる。
隔て板の状態を確認。
腐食はそんなに進んでない。
でもこれ、簡単に破壊できるからな。
気配に注意してゴルフクラブを調べた。
すげぇ! リーチも重量も完璧!
サビの程度がマシな物を選んだ。
だが、そこで初めて俺は重大な事実に気付いた。
スマホ持ってるんだから、通報すりゃいいじゃん!
そう、助けを求めればいいのである。
この場合、消防なのか、警察なのか……まあどっちでもいい。映画みたく世界がゾンビに支配されてはいないのだ。救援を頼めば、来てくれる。自ら戦う必要なし。
音を気にしてベランダから薄暗い室内へと戻った。
スマホの通信状態も問題ない。
早速119番に電話してみる。
「はい、こちら○○市消防署です。どうされましたか?」
「あの、今誰もいない公団に居まして、ゾンビに囲まれているんですが……」
「えっ? ゾンビ? ……こちら、消防署なんですが……」
──あれ? 雲行きが怪しい
「火災は発生してますか?」
「いえ……」
──おい、火事がないと出動しないのかよ? この間、同人イベントでは消防来てたぞ。都内と県とは違うのか
「あの、火災が発生していないと消防隊は出動出来ないんですが……」
──じゃあ、どこに助けを求めればいいんだよ!?
「でも、ゾンビに囲まれてて外へ出れない状況なんです」
「……あっ、ちょっと待ってください」
奥でゴニョゴニョ何か喋ってる。
これで、俺が死んだら誰か責任取ってくれるのか。
「お待たせしました。ゾンビ専用の窓口があるそうなので、ご案内いたしますね……」
「ちょ、ちょっと待って!」
書くもの、何か書くもの……ない!
メモ帳とかボールペンとか普通あるだろうよ。
しかし、すぐには見つからなかった。
「あの、やっぱいいです。自分で調べます……」
電話を切って、すぐにスマホで「ゾンビ 見た時」と検索してみる。
あった、あった。
「ゾンビ専用ダイヤル」
ここにかければいいのか。
ヤバい。スマホのバッテリーが五パーセントしかない。
俺は急いで電話した。
「はい、こちらゾンビ専用ダイヤルです。ナビゲーションダイヤルでおつなぎしております。緊急のご連絡の場合は1を、ゾンビに関するお問い合わせは……」
無感情なアナウンスにイラつきながら、1を押す。
「ただいま、おつなぎしております。少々お待ちください」
安堵したのも束の間、
「ただいま、電話が込み合っております。このままお待ちいただくか、おかけ直しください」
おい! 緊急だぞ? 命かかってるんだぞ?
俺の怒りを置いてけぼりにして保留音楽オルゴールが流れる。
グリーンスリーブス。
しかもこの選曲センスよ。物悲しすぎるだろ。
死と隣り合わせで、藁をも掴む思いで電話しているんだぞ。
通報者の心情にもっと寄り添え。
怒りを通り越して、泣きたくなってきた時、ようやく担当者が出た。
「大変お待たせしました! どうされまし……」
そこで電話がプツンと切れた。
俺は茫然として電源の切れたスマホの黒い画面を見つめるしかなかった。




