第二話 ゾンビに遭遇
久しぶりの外だ。
初夏の日差しが眩しい。
角棒とエコバッグを持った俺は自宅マンションを後にした。
そういや、ゾンビって日光大丈夫なんだろうか? 浄化されそうな気もするけど……
浄化までいかなくても、腐敗は進行するだろう。ニート……やや引きこもり気味の俺ですら日光は痛い。死体だったら尚更だ。ということは……ゾンビさん達、外出を控えられる可能性が高い??
根拠のない安心感を得た俺は大通りを避けて裏道から行く事にした。
何でかって??
だって近道なんだもん。早く帰って録画見たいし。ひとけがなくて危険とか、知ったこっちゃない。
襲いやすいから人気のない所に変質者は現れるけど、ゾンビにそんな知能あるか? ないだろ? 人が少ないと確かに不安感はある。だが、大通りと裏通り、どちらが危険か一概には言えないと思うんだ。
俺は裏道の坂をご機嫌で駆け上がった。
流れるミュージックは勿論トゥインクルハニー!! 口笛を吹きながらフラフラ歩いていても、ジロジロ見てくる小さな子供もいないし、人のいない裏道サイコー!!!
警報が出ているせいか、平日の昼間だからなのか、本当に誰とも会わなかった。
無事、スーパーに到着。
まず、菓子と酒を見に行く。ゾンビ警報出てるのにお使いしたんだから、ご褒美に買ってもいいよね。スナック菓子とカップラーメン、日本酒をカゴに入れた。
『あっ、あと鍋の材料と牛乳を買わねば……』
この間の台風の時ほどじゃないが、陳列棚は結構スカスカになっている。
これはマスコミの無責任な報道のせい。不安をあおられた人達がギリギリになって買い溜めしてるんだろう。
無事買い物を終え、俺は意気揚々とスーパーを後にした。
外の大通りは普通に車が走っているし、赤ちゃんと幼児を連れたお母様方が駐輪場でお喋りに花を咲かせている。いつも通りだ。
ゾンビ、出ねえじゃん!!
警戒レベル3……全然余裕だった……
子連れのお母様方のベビーカーには角材が無造作に放り込まれており、ほとんど傘と同じ扱いである。角材じゃなくて傘でもいいんではないか、と思えるくらい。
『まっ、こんなもんだよな……』
映画のようなゾンビバトルを少し期待してしまっていた──
まあ、何もないのが一番!
さ、早く帰って録画見よっと。
気だるい日常を振り払い、俺は小走りで裏通りへと入って行った。
迷路のような住宅街を一片の躊躇なく進んで行く。
住宅街を抜ければ、小学校……警報出たから今日は午前授業だろうな。そして集団下校。奴等の下校時刻と合わなくて良かった。下手すりゃゾンビじゃなくて俺の方が通報される可能性だってある。
俺は黒ジャージに包まれたぽっちゃりめの腹を撫でた。このご時世、男ってだけで因縁つけられる。
昼間、楽な格好で大人の男がうろついていると変質者扱いされるからな。実際、何度か職質受けたことあるし……
しかも何故か小学生、奴らの方から絡んでくる事がある。
大抵、挨拶とか、天気の話とか、他愛ない話だが俺はいつも走って逃げるようにしているんだ。
『話しかけるんじゃねぇーーーーーー! 逮捕されるだろうが!!!』
心の中で叫びながら……
小学校を通り過ぎ、駐車場、学習塾の所で曲がる。畑に挟まれた細い道を真っ直ぐ進めば、マンションに繋がる急な坂道。帰りは下りだから楽だ。
ビニールで被覆された畑の横を口笛吹きつつ、通り過ぎる。
肩に掛けたエコバッグがずり下がり、それを直そうとしたためにうっかり角材を落としてしまった。
緊張感ゼロで屈む俺。
だが、顔を上げた時、何かが違っていた……
……いる。
そう、道の前方、坂道の手前に黒い影が見える。さっきまでは何もいなかったのに、突然湧いてきた。
皮膚の異常な黒ずみと独特の動き……もしや…… …… …… ……ゾンビ!?
出たーーーーーー!!!!!!
俺は思わず心の中で叫んでいた。
進行方向、僅か数メートル先に一匹。
畑に挟まれた道は見晴らしがよく、他にゾンビの姿は見えない。
どうする? どうする、俺!?
なんか凄くドキドキしてきた。
引き返して大通りに戻れば、相当遠回りになる。これは……
戦うしかないっ!!!
今後、世の中にゾンビが増えてくるかもしれないし、経験として角材ぐらい使ってみた方がいいよね。せっかく一匹だけなんだし……
しかし、ゾンビとはいえ、生きて動いているものを叩き殺すのには勇気がいる……いや、死んではいるけど。
何というか、ゴキブリを叩き殺す時にちょっと勇気がいるのと同じような感じ。
きっと、何かを捨てて思いっきり行かねばならないんだ。
腹を決めた俺はエコバッグを地面に置いた。
次、角材をバットのように構える。
よし、いくぞ!
「ぐあぁぁーーーーーー!」
訳の分からない雄叫びを上げながら、ゾンビへ向かって走って行った。しかし──
違和感を感じて減速。
振り向いたゾンビの顔に見覚えがある。
……もしかして、近所の人!?
しかし、今更引き返すことはできない。
俺は思いっきり角材を振りかぶった。
近所の人ゾンビは唸り声を上げながら、襲いかかろうとしてくる。
あれ? 結構早い!?
さっきまで酔っ払いみたいにヨタヨタ歩いていたのが近付いた途端、俊敏になった。
ゴン!
鈍い音がして、角材はゾンビの頭に入る。
まだだ。雑念のせいで力が弱かったかもしれない。角材の打ちこまれた所が歪んではいるものの、完全には破壊できていない。
俺の腕を掴むゾンビ……
牙を……いや、歯を向いてこちらへ迫って来る。
いてぇ!! ゾンビ、力、超強いじゃん。
俺は無我夢中で角材を振り上げ、再びゾンビの頭に叩きつける。
二回、三回。
三回目、「ぐちゃっ」という音がして手ごたえを感じた。それと同時に掴まれた腕から手が離れる。
よかったぁ……今日長袖で。帰ったらすぐ洗濯だな。死臭というやつだろうか。生ごみを強烈にした感じの腐敗臭が鼻をついた。少し目に染みるぐらいだ。
おえぇぇぇぇ……
でも、やった。
初めてにしてはなかなかの戦いぶりだった。自分で自分を褒める。
俺は清々しい気持ちで動かないゾンビを見下ろした。
自然と視線は坂の下へと移動する。
「へ!?」
俺が見たのは目を疑う光景だった。