第十七話 同人誌即売会②
全て売り切るまでに、思ったより時間がかかった。
会場の参加者が減ったからだろう。
緩やかながらも、人は少しずついなくなっていった。
ようやく最後の一冊が売れると、俺達は拍手して喜んだ。近くのサークル参加者や通りすがりも釣られて拍手する。
「青山君、お疲れ!」
「田守君、ありがとう!」
青山君、初めての同人イベントは大成功。俺達は意気揚々と店仕舞いした。
まだ会場内には四分の一くらいのサークルが残っている。ゾンビ発生のアナウンスが流れてから一時間は経っていた。
これが火事とかだったら、皆パニックになって大急ぎで避難するんだろうが、ゾンビに対しての危機感は低い。
帰る前に他のサークルを見て行こうと俺達が話していると、三度目となるアナウンスが流れた。
「えー。ゾンビ発生しております。まだ、建物内に残っている方は避難してください。十匹ぐらいです。消防は到着しております。只今、下の階から探しておりますので、邪魔にならないよう避難をお願いします」
心なしか、最初よりアナウンスにも緊張感がなくなってきている。
「あれから一時間ぐらい経ってるのにまだ駆除してないのか」
青山君が頭を振りながら言ったので、俺も同調する。
「有り得ないよね。何やってるんだろ? 見つけられないってことだよね?」
「もう外へ逃げちゃってるんじゃないの」
避難勧告が出ているのに全く無視している俺達も俺達だが……
ゾンビのことなど全く気にせず、俺達は残っていたサークルの作品をゆっくり物色した。
記念に一冊、表紙絵が好みの物を俺は買った。やっぱりショタより美少女の方がいいや……
青山君はといえば、十冊くらい買い込んでいる。同じ無職でもまだ失業手当を貰ってるから金持ちだ。
買い物を済ませ、出口へ向かう頃にはひとけが無くなっていた。ガラガラである。
気にせず喋りながら、俺達はひっそりとした会場を後にした。
エレベーターへ乗る時もまるで緊張感ゼロ。萌え絵ポイントについて解説する青山君に相槌を打ちながら、ゾンビが発生していたことを忘れそうになっていた。
しかし、動物的勘というものは人間にも備わっている。
そういや、こういう場合ってエレベーターは止まらないのか?──ふと、俺は疑問を感じた。
イベント会場は三十階である。
消防は今、何階を調べているのだろう?
青山君は喋るのに夢中でゾンビのことなぞ念頭になかった。
チン……
エレベーターは二十八階で止まった。
何か嫌な予感がして、俺は閉まるボタンへ手を当てる。
「ウグァァァアーーーーー!!!」
開いた扉に反応したのか。
ほんの十数メートル先から、何体ものゾンビが走って来るのが見えた。十匹どころの話ではない。パッと見ただけで二十匹以上いる。
──ゾンビ、出た!!
全身の汗が一気に冷たくなっていく。
青山が「ひぇえーー!」と漫画のような悲鳴を上げた。
俺は閉まるボタンを狂ったように連打する。
エレベーターの扉って、一度全開してからじゃないと閉まらないのか!! これ、失禁してもおかしくない状況だぞ!? 消防はゾンビ見つけてから一時間も経ってるのに何やってんだぁーーーー!?
俺も青山君も武器になりそうな物は何も持っていない。
扉が全開すると、外の上下ボタンの前にいた女ゾンビがエレベーター内へ入ってきた。
こいつがボタン押したせいで、エレベーターが止まったのか……なんて考えている暇はない。
「ギャアアアアア!!!」
青山君が雄叫びを上げながら、女ゾンビに渾身の蹴りを放った。
蹴りってこういうフォームだっけ? というくらい腰が引けていて何かダサい。
何はともあれそのお陰で女ゾンビは外へ出た。
しかし、閉まり行く扉にまた体当たりする女ゾンビ。背後には大量のゾンビが控えている。
俺はその間もずっと閉まるボタンを連打。
女ゾンビの首が扉に挟まった。
女ゾンビは俺達を睨みながら吐血。
吐血と言っても腐っているから、体液やら色々混ざってそうな茶色い液体を噴射する。そのくっさい液体は青山君のバッグにかかった。
タッチの差だったかもしれない。
ドアセンサーが反応する前にエレベーターが移動を始めてくれた。
グチャ、メキ、バキバキ……
耳を塞ぎたくなる効果音を発しながら、エレベーターは下へ降りる。
扉の向こうでゾンビの体がどうなっているかは想像したくない。首の挟まった女ゾンビの顔は更に醜く歪んでいく。
口と鼻から液を垂れ流し、白目を剥いている女ゾンビの頭には黒と白のヒラヒラしたカチューシャがつけられていた。
さっき、会場で騒いでいたゴスロリ二人組のことが頭をよぎる。
同人イベントには一定数ゴスロリがいるので、これがさっきの女かどうかは分からない。それでも背筋が寒くなった。
避難のタイミングによっては俺達もああなっていた。
すぐに逃げようが、階段だろうが、エレベーターだろうが、関係なかったかもしれない。
エレベーターが一階に着くまでは、とても長く感じた。
扉が開いた途端、ゾンビの首が落下する。
首から向こうは何もなかった。




