第十六話 同人誌即売会①
三日後、俺は青山君と同人誌即売会に来ていた。
オンリーイベントというやつで、限定したテーマのみの作品が集まる即売会である。
今回青山君が参加したのは、某有名漫画の美少年キャラクター(脇役)のイベントだった。
ビルのワンフロアで開催された会場には、せいぜい百程度の販売スペースしかない。
小規模なイベントだから青山君のような個人サークルも多かった。
意外にも男のサークル参加者が多いことに驚く。いや、ほとんど男なのだ。八割方……
「ショタ好きって、男ばっかなんだね。意外……」
驚きを隠せない俺に青山君は口を尖らせる。女の子がやったら可愛い動作だが、虫系男子の青山君がやっても全然可愛くない。
「前も言ったじゃん。僕の大好きな美山太平君のイベントに行った時も最前列はみんな男だったって」
美山太平というのは、今人気の美少年子役らしい。俺はドラマとか見ないのでよく分からないが。青山君はこの美山太平のせいで、ショタ愛に目覚めてしまったという。
「俺の中ではショタコンはBLとかヤオイと同じ種類だと思ってたわ」
「違うよ。違う、違う。全然違うんだからね。今日で偏見捨てて貰わないと」
ややプリプリした動作で憤慨して見せる青山君だが、別に怒っている訳ではない。こういった掛け合いをまあ楽しんでいる訳だ。
青山君が用意したのは百部。
値札やポップもイラスト付きで凝っている。
昨日、ほとんど寝ずに作ったとのこと。
俺も手伝うとは言ったが、バイトが休めず結局当日になってしまった。
青山君の作品は……
全然エロくなかった。
絵はすごく上手い。
この萌え絵を完成させるには相当の苦労があったという。
可愛らしい少年キャラが初めてのお使い的な流れで話は進んでいく。人々に助けられながら手紙を届ける任務を達成させるというストーリーだ。
途中、おじさんキャラに助けられて頬を赤くしたり、お姉さんキャラ達にイジられて泣きそうになったりはあるものの、性的な要素は皆無だ。
エロエロなのだとばかり思っていたから予想外だった。
でも、さっき他のスペースもチラッと見たけど結構エロかったような……少年なのに乳が出ている絵とかもあったし……
「青山君、これ全然エロくないけど大丈夫かな?」
何か不安を感じて聞いてしまった。
「もう、田守君たらエッチなんだから……」
とヘラヘラした調子で返すものの、やはり売れるか不安なのだろう。青山君の瞳に暗い影が落ちる。余計なことを聞いてしまった。
だが、思いの外、青山君の本は売れた。
交代で店番をして、他のスペースを回ることにしていたのだが……
俺が一通り見て戻ると、本は数冊しか残ってなかったのだ。
「すごいじゃん! 青山君、もしかして完売するかも?」
「そうなんだよ」
青山君もここまで売れ行きがいいとは思ってなかったようだ。いつものお喋りは影を潜め、呆けた顔をしている。
確かに他の作品と比べると、絵の上手さはダントツだった。
ショタコンの萌え絵の基準はよく分からないが、表紙絵が人目を引いたのかもしれない。
むしろ百部じゃ足りなかった。
人ごとながら悔しさを滲ませる。
その時だった。
チャイムが流れ、くぐもった声のアナウンスが流れた。
「えー。只今、当ビル内でゾンビの発生が確認されました。ゾンビの数は十匹……速やかに避難してください。ゾンビの数は十匹……更に増えていく可能性もあります。えー、只今、当ビル内でゾンビの発生が確認されました。速やかに避難をお願いいたします……」
アナウンスの途中でゴスロリファッションの女の子が悲鳴を上げた。
どこにでもいるよな。何かあった時、過剰な反応する奴。当然ながら、冷ややかな視線を集める。
その女の子は同じくゴスロリ系の友達と「ヤバいよ! ヤバいよ!! 怖い!!」などと騒ぎながら会場を出て行った。
それ以外は皆、冷静だった。
店じまいを始める人や一般参加の人はゾロゾロと出口へ向かって行く。慌てて走ったりする人はいない。何事もなかったかのように買い物を続ける人もいるし。
「どうする?」
俺は青山君の顔を見た。
青山君は全然動揺していない。
「全部売り切ってからここを出ようよ。まだ買い物続けてる人もいるし」
確かに人は減った。だが、そこまでガラガラにはなっていない。出口の方へ行ってから、また戻って来る人もいるし……まあ、ゾンビ十匹程度なら大丈夫だろ。俺は頷いた。




