第十二話 下先生
結局、全然寝れなかった。
上階の騒音のせいで。
耳栓、全く効果なし。
耳栓を突き抜けるほどの大騒音ってどうよ? 猛獣か? 怪獣か? 化け物でも飼ってんじゃねぇの??
二人の幼児でそこまでの騒音を出せるものなのか?
コンビニバイト、深夜にしたけど大丈夫かな……昼間寝れないと困る……
夕食の時、俺は母ちゃんに愚痴った。
「ふーん、そうなんだ。母さんは昼間いないからそんな気になんないけどな。でも朝出かける前、管理人さんに言っといてあげるわよ。上の階の人、私もよく知らないのよね。若い夫婦みたいだけど……」
テレビを点けると、「引き寄せて、バァーン!」のセリフが耳に入った。
ゾンビ評論家、シタである。
手には金属バット。
恰好つけて振り回している。
どうやら金属バットのCMのようだ。
とうとうCMにまで出るようになったか。
それにしても、スポンサーもよくこんな不快なCMにOKを出したもんだ。
CMが終わり、世紀末ゾンビスペシャルと大仰なタイトルが画面一面に出た。
まるで悪ふざけだ。
ゾンビで被害者も出ているのにちょっと不謹慎過ぎやしないか?
怒りを通り越し呆れていると、神妙な顔のシタが女子アナ二人に挟まれ登場した。
まさか、シタが司会なのか……この番組。
番組制作会社もよくこんな胡散臭い奴を使おうと思ったな。こいつ、その内、詐欺とか経歴詐称で逮捕されそう……
番組ではまずアメリカでのゾンビ事情を紹介していた。
銃社会であるアメリカではゾンビを見つけるなり、即座に退治することが可能である。
小さな子供までもが銃でゾンビの頭部を打ち抜く。そんな映像が流された。
一方でゾンビと間違えて射殺される事例も複数発生しており、リベラル派の反対運動が過激化し社会問題となっている。
「僕はね、日本もいずれアメリカのように銃を自由に持ってもいいと思っているんですよ。いずれ退治が間に合わないぐらいゾンビは増えます。そうなった時、銃は一番有用な武器になるんです。近接で戦えば、噛まれるだけでなく囲まれるリスクも高まりますから。その点、銃は安全な場所から狙い撃ちすることができる。力の弱い女性や子供でも戦うことができるんです」
銃の必要性を力説するシタ。
女性タレントのコメンテーターが大袈裟に目を丸くする。
「私の認識の甘さかもしれないんですけど、子供に銃を持たすっていう感覚がちょっと怖くて……私にも小学生の息子が二人いるので……」
「お子さん、何歳ですか?」
女性タレントの言葉を高飛車に遮るシタ。
「八歳と十歳です」
「では、もう銃は扱えますね。アメリカでは早い子は六歳から銃を扱えます。こんなに遅れているのは日本だけですよ。ヨーロッパでも、A国なんかは小学校で銃の授業を教科に組み入れてますしね。どこも国を上げてゾンビ対策をしているんです。何もしていないのは日本だけです」
出た。外国と比較して日本遅れてる論法。
まあ、俺としては銃が自由に所持できたら嬉しいけどな。
引き立て役のコメンテーターをシタがやりこめ、次の話題へと移った。
「さて、最近巷で流行っているゾンビ狩りとは? 過激な動画がSNSで流されるなど、問題化しています。VTR、どうぞ」
アナウンサーの前置きの後にゾンビ狩りの映像が流れた。
ゾンビ狩りとは、若者の間で流行っている倫理的に問題のある遊びである。
要は生け捕りにしたゾンビを野へ放ち、数人で寄ってたかって討ち取る、またはいたぶって楽しむのである。
VTRでは柄の悪い若者グループがゾンビを虐めて楽しんでいる様子が映し出されていた。
コメンテーター達は一様に不快感を露わにする。
「もう信じられないですね。こういうことを楽しめる人達っていうのが……その内、生きている人間に向かないか心配です」
「凄い危険なことだと思うんだけど、本人達は自覚しているのかな。一歩間違えば、死に繋がるよ、これは」
「ゾンビと言えども、元は生きた人間です。それをね、こんな風に傷つけて喜ぶっていうのは倫理的に許せないのは勿論ですが、死体損壊の罪には問えないんでしょうか? やってることは一緒だと思うんですけど」
口々に批判するコメンテーター達。
「罪に問うことが出来るか、否か。法律的にはどうなのか……専門家の先生にお聞きして見ましょう」
アナウンサーが弁護士を登場させる。
タレント弁護士というやつか、呼ばれた弁護士は場慣れした様子でペラペラ解説を始めた。
「ズバリ、結論から言います。出来ません」
弁護士ははっきり言い切った。
一呼吸置いてから解説を始める。
「ゾンビというのは人間ではありません。呼吸していない、心臓が動いていないという事実から死体だとおっしゃる方もいますが、それは人間の常識を当てはめた場合なんです。
事実、心臓が動いていなくても、動き回って人を食らいますし、呼吸してないのにも関わらず、呻き声は上げます。死体損壊罪というのは、人間の死体にのみ適用される罪なんです。死んでいるかの定義が難しい、尚且つ人間ではない生命体に適用は出来ません」
大袈裟に驚くコメンテーター達。
シタだけが冷静に頷いている。
アナウンサーが弁護士に質問する。
「ですが、当然の疑問が湧き起こって来ます。ゾンビと言えども元は生きた人間です。遺族から訴えられたり、ということはないのでしょうか?」
「それはあります。しかし、身元がはっきり確定出来た場合に限られます。それぐらいのことはゾンビ狩りをする人達も分かっていて、免許証などの身分証は廃棄済みとは思いますが……」
「虫歯の治療痕とか、指紋、DNA鑑定などで証明することは可能ですか?」
「勿論、それも可能ではありますが……細かく調べるとなると、ゾンビをどの道、破壊せざるを得なくなります。その場合、責任を誰に問えばいいかという問題も発生しますし、難しいと思います。何とか遺族だという証明が出来たとしても、人を襲うゾンビは破壊すべき物だという認識が当たり前なので、よっぽどのことがない限り、罪に問うのは難しいと思います」
「よっぽどのことと言うのは?」
「先ほどのVTRにもありますように、いたぶる目的で残虐行為をする、などですね。映像が残っていて、一目に触れるSNSなどで公開されていれば精神的苦痛を受けたと遺族が民事訴訟出来る可能性はあります」
「暴行罪で逮捕ではなく、民事訴訟というのは……」
「先ほども申した通り、ゾンビは人間ではないのです。この場合、ゾンビになった人の遺族が精神的苦痛を与えられたことになりますね。ゾンビと言えども、家族が残虐行為をされ、なおかつその様子を公開された、ということで」
「……なるほど」
「ただし、訴訟まで持ち込めても勝てるかどうかは難しいと思います。そのゾンビの見た目から明らかに家族だと分かる、それを見た遺族が精神的ダメージを受けたという証明が必要になりますし」
「ゾンビを傷つけること自体に対して罪には問えず、遺族の気持ちを傷つけたことに対してだけ訴訟が可能ということですね?」
「そうです。ゾンビを傷つけてはいけない、破壊してはいけないということになれば、駆除が出来なくなりますから」
そこで、雛壇にいた主婦タレントが手を上げた。
「あのぅ。さっきゾンビは人間じゃないって言ってましたけど、だとしたら動物愛護法は適用できないんでしょうか?」
人間ではないなら、動物ではどうかということか。確かにゾンビ相手だとしても残虐行為を楽しむ連中には罰を与えたい。
「うーん、それは難しいですね。ゾンビは人間では無いけれど、動物と認定できるかどうかは難しいと思います。動物愛護法は生命尊重が根底にありますし、完全破壊が推奨されているゾンビに当てはめるのには無理があります。ゾンビを動物愛護の対象に当てはめると退治、駆除が出来なくなりますから」
そこで、シタが口を挟んできた。
「つまり、ゾンビに対して新たな法律を作るべきということですか?」
「ええ。下先生のおっしゃる通りです。ゾンビに対する取り扱いについて法律でちゃんと定めるべきでしょうね」
「なるほど、国はとっとと法整備するべきですね。通常の災害と同じ対応では間に合わない。自治体の方が対策しているぐらいです。僕は声を大にしていいたい。国民の命より、選挙の方が大事なのか? 是非、国会でも議論していただきたいと思います」
シタは締めくくると、弁護士に礼を言って下がらせた。
何を偉そうに言ってるんだか。こいつ、さっきの弁護士より数倍馬鹿だろ。
ムカついてチャンネルを変えようとする。
「待って!」
母ちゃんに止められた。
「でももう終わりだよ?」
「まだ終わってないから、もうちょっと待って」
俺は肩をすくめた。
テレビの画面ではドヤ顔のシタが政治批判をしていた。完全に調子乗ってる。全く、酔っ払いサラリーマンの方がまだマシなこと言うよ。
「実はね、僕はゾンビ狩りを取り締まる必要はないと思うんですよ。確かに残虐行為を楽しむ若者には否定的意見が多いのも分かります。けど、ゾンビを倒す練習をしたりするのは逆に良いことだと思うんですよ」
今度はわざと逆張りして人の注目を集めようとしてやがる。
つまらなくなり、俺は重ねた食器を運んでから部屋へ戻った。




