1.みんなと仲良くしたいけど
べつにお高くとまってるわけじゃない。
いまの男子生徒の冗談なんて最高で、本当は一緒になって笑いたかったけど、わたしは唇を噛んで耐えた。ちょっと血の味がする。
そんなわたしの様子に気付いた女子生徒が「ねぇ。姫、怒ってるみたいよ」と不安そうに言う。「ごめんね、うるさかったよね」
「ん。大丈夫」と小さく言うと、立ち上がり、教室を後にする。「おい、小林のせいだぞ」とか「謝ってこいよ」という声が背中越しに聞こえた。
違う、そうじゃないのって言いたかった。「いまの本当に面白かった。わたしも仲間にいれて」って言いたかった。でも、その言葉を飲み込むしかなかった。
深くため息をつきながら「またクラスの空気、悪くしちゃったな」と反省する。
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わたしには前世の記憶がある。それは殆ど呪いのように感じていた。
気を抜いたりすると思わず、前世の言葉が出てしまうのだ。
現世の両親と一緒にテレビを見ていた時、「ミヒッヒシュハシュハ!」と言って、爆笑してしまったことがある。あ。ヤバっ。冷や汗が出た。ゆっくりと両親のほうを見ると、不思議そうな表情の二人と目があった。「いまなんて言ったの?」
頭のなかが真っ白になった。
「ん。分かんない」「え、分からない?」「えっと、ほら、アレだよ。アレ」「アレ?」「そう、最近、いろいろな外国語を勉強してて」「すごいな、アオイは」「そう、すごいの」「で、何語か思い出した?」「えっと、確か、ドイツ語だったかな?」「ドイツ語かぁ。で、どういう意味なんだ?」「あー、えっと、あ!」、そこでわたしは勢いよく立ち上がる。「宿題やるの忘れてた!」
危ない危ない、と頭を掻きながら自室に向かう。「頑張れよ」と父が声をかけてくれる。ウチの高校には宿題なんてないのに、と胸が痛んだ。
「ヒュムユユディダイ」
日本語に翻訳すると「嘘吐きはドラゴンに食べられる」になるんだけど、ドラゴンに食べられたくないので前世のわたしは嘘をつかないように心掛けていたのだ。だから、こういうどうでも良い嘘をついてしまうと、ドラゴンが襲ってこないか不安になるし、それとはべつに罪悪感で胸が締め付けられる。
もし友達ができたとしても「カラオケ行かない?」「いいねー」「フィシュッシュ!」「え?」「え?」(滝汗)ってなる未来しか見えない。
そうなるときっとまた嘘をついてしまう。現世にはドラゴンはいない、ような気がするし見かけたことはないけど、もしかしたらいるかもしれないし、嘘をついたら食べられちゃうしで、わたしは友達を作ることができない。本当はみんなと仲良くしたいのに。
他にも理由がある。
未だに人族の区別がつかない。
小学二年の時に、さやかちゃんという友達ができた。はじめてできた友達だったし、一生懸命、顔も覚えた。夏休みには家に遊びに行ったりした。さやかちゃんのお姉ちゃんと、さやかちゃんの区別が正直ついてなかったけど、ちゃんと誤魔化せたし、きっとこれからも上手くやれると思っていた。
夏休みが明けの登校日。周囲を見回してもさやかちゃんが見当たらない。「病気かな? それとももしかして転校しちゃったのかな?」と不安になった。
しばらく席に座っていると知らない子が声をかけてきた。「おはよー」
一瞬、逡巡したけど意を決して返す。「おはよう、ございます」
その子がおどけたように言う。「なにその言い方?」「え、えっと」「もしかしてわたしのこと忘れちゃった?」と笑う。
これは答えを間違えちゃいけない。そんな予感がする。考えろ。必死になって考えろ。そう、この子はさっき、一番左の前から二番目の席に座っていたはず。あの席は確か。
「もちろん覚えてるよ」と微笑みながら言う。「阿蘇さん、だよね?」「え?」
間違えたーーーー!!
誰だよ、分かんないよ、さやかちゃんの顔以外覚えてないよ、友達でもないのにいきなり話しかけないでよ、と思っていたらさやかちゃんでした。髪型、変わってた。
さやかちゃん泣いちゃうし、一生懸命謝ったんだけど、なんだか気まずくなってしまって、疎遠になっていった。
友達が出来たとしても区別がつかない。ため息が出る。
「詰んでるんだよなぁ……」
見上げた空は、心とは裏腹に澄んだ青空で、きれいだった。