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科学と権力

 さて、冒頭の問題に戻ろう。twitterに限らず、「言論のプロ」化しやすい職業は学者であろう。だが、学者の発言はともかくとして、態度や行動は上述のごとしである。だから、学者の言うことをうのみにする必要などどこにもない。そもそも科学と権力は峻別されるべきものだ。




「科学」とは何か。それは現時点で正しいとされている認識だ。では「権力」とは何か。それは、正しいかどうかは別にして、他人の意見に反しても他人に強制的に受け入れさせることのできる力のことだ。

これは古典的問題で、ポパー『開かれた社会とその敵』のプラトン批判、つまり哲人王批判を想定すれば理解が早いだろう。哲人王の支配とは「アタマがいい人」が「支配する人」である、という命題が成り立つ政治形態である。だが、何を以って「アタマがいい」となすのかについて絶対的な審級は無い。さらに、今の世界、民主主義、法治主義、自由経済を抜きに世の中を考えることはできない。民主主義である。個人一人ひとり全員が「民」であるはずだ。だが、言論とは何かと考えたときに、個人一人ひとりが、自分のアタマで考え、自分の関心や知識を述べるということが言論だ、という当然の前提が今の日本には存在していない。まことに奇妙な様相を呈しているというより他がない。


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