あんまりこんな時間にうろつくなよ
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騎士グリックの言い分は全く筋の通っていないものだが、状況はこちらが不利であるといえる。
王城勤めである騎士と末端の門番という地位の差、哨戒後の疲労の有無、装備や人数の面でも心理的な威圧感に違いが出てくる。
なんとも理不尽な状況に自然と眉間にしわが寄る。
《ボッツ、押さえなさい。舌戦はアーディオに任せたほうがいいわ》
いつの間にか実体化を解いていたタマネがボッツに囁く。ボッツとしても弁が立つ方ではないのでもとより口を挟むつもりはないが、二名しかいない門番側の人間であるため話を振られたらどうしようもない。
それに、今の二人は装備のほとんどを失っている。騎士であるグリック本人も実力者であろうし、その背後に控えるのはおそらくグリックの部下の騎士たちだろう。
四人組が三つとグリックの斜め後ろに静かに佇む副官らしき一人。グリックを含めて合計十四名が万が一攻撃してくるようなことになれば挽肉一直線だ。
もしそうなれば精霊林に逃げ込むしか道はない。場合によっては体を盾にしてでもアーディオは守るべきだ。
「…理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「国家に奉仕するために決まっているであろう。国庫に納めるのであれば換金するのは誰であろうと同じこと。騎士であるこの私がわざわざ運んでやろうというのだ、むしろ感謝してもらいたいものだな」
国法や騎士団・衛兵団の規則には冒険者ギルドの依頼や等級指定モンスターの懸賞金・報奨金についての項目はないはずだが、ここでそれを指摘すれば国庫に納めないつもりかと言われて持っていかれるだろう。
あとたぶん、尻尾を運ぶのは部下でコイツは運ばないと思う。
「では討伐した当人として納金までの立ち合いを希望します」
「ならん。貴様らは門番としての務めを果たせ。」
「私の後ろに控えるボッツは優秀な門番です。一人でも業務遂行はできますし、その実績もあります」
「何を言う。徹夜の者に一人で門を任せると?少しでも仮眠をとってより洗練された行動をせよということがわからんか」
「西門の門番は二名のみ、不慮の事態に備えて不眠不休での状況にも耐えられるよう訓練されています。十全の働きが期待できない場合は冒険者ギルドに門番補助の依頼を提出することもできます。私が立ち合いを望むのはそのこともあるのです」
「貴様、ここで斬り捨てられたいか」
譲らぬアーディオに何かが切れたらしいグリックが腰の騎士剣に手をかける。素材は知らないが騎士剣と騎士剣術の前にはゼルドとの戦闘で痛んだ鉄製のくさりかたびらなど紙同然だろう。
いつでも飛び出せるよう心の準備だけはしておこう。今下手に姿勢を動かすと「その場の判断」で斬られかねない。
「よいか、三級とはいえ等級指定モンスターの討伐なのだ。討伐者の名は公表され、国威発揚につながる。討伐者の名は相応しいものでなければならんのだ」
あからさまに敵意を受けながらも、アーディオは全く動じずグリックの間合いから逃れようともしない。
「ええ、三級とはいえ等級指定モンスターです。我々も失ったものは少なくありません。補償もされないとなると装備の損耗と予算の問題上、使途不明金か装備の行方不明が帳簿に残ります。となるとそれこそ騎士殿の求める門番としての務めに不正というものが含まれることになりますが、よもや不正が門番の務めであるとは仰りますまいな」
《くさりかたびら以外の門番制式装備が2セット行方不明っていっても大した不正じゃないわよ…》
以前買い付けに行ったことがあるがフルプレートが5セットまとめ買いで2ギークだった。2セットでだいたい1ギーク、中古品だし売るとなると値段は下がるだろうし。
そもそもただでさえ足りない装備品を売るわけがない。不正するとしても買う側だ、しないけど。
どうもアーディオは尻尾をグリックに売る方向で決着させるらしい。そもそもの討伐理由が予算の足しにするためだし、いくらかもらえればあきらめはつく。
なんにせよ、このままだと武力制圧されてタダで持っていかれかねないことはわかる。
「フン、結局は金か。所詮は平民だな」
何やら敵意の散ったグリックが懐から小さな革袋を取り出し、アーディオに放り投げる。金属音がしたところから、いくらかの貨幣が入っているのだろう。
それ以降は一瞥もくれず、部下に尻尾を運ばせて去っていく。十人以上もいれば運ぶのも楽だよなぁ。
グリックは尻尾に触れてすらいなかった。やっぱり運ばないんじゃねえか。
「はー。やれやれ、面倒なことになったもんだ」
「お疲れ様です、いやな時に出くわしましたね」
その場に座り込むアーディオに声をかける。昼間は通常業務があるので騎士が行動するなら確かに晩になるのだが、そろそろ夜が明けるころである。あんまりこんな時間にうろつくなよ。通常業務に支障をきたすぞ、人のことは言えないが。
「んー。あいつら、たぶん張ってたと思うよー」
「騎士ってそんなにヒマなんですかね」
「聖銀騎士団第四連隊だったかな、貴族出身者よりは騎士家系の奴らが多かったはず。確か実力主義でそれなりの実力があれば行動の自由が認められてるとかそんなだったかなぁ」
詳しいような曖昧なような口調で騎士団の内情を披露するアーディオが革袋の中を開くなり崩れ落ちる。
「なんてこった…全部セイル銀貨じゃんか…」
「うわぁ、せこい真似しますね」
地面に積んで数えてみればセイル銀貨が七十枚。ギーク金貨1枚分にもならない。もちろん、大幅赤字である。長剣とハルバード一本ずつなら値切ってなんとか買えるかどうか。
「うーん、しばらくは防具なしでやるしかないかー」
「精霊林の魔物にはあんまり効果ないですしね、門の利用者には舐められそうですが」
「うへえ。頭も胃も痛い、ボッツ君悪いけど昼までお願い…寝てくる」
赤毛もしおれ、全体的に元気のなくなったアーディオがフラフラと宿舎に向かっていく。足取りが危うく、見ていて非常に不安だ。
とりあえず武器だけでも取りに武器庫に行こうと振り向けば、すでに実体化したタマネが長剣と突撃槍を浮かべて待っている。
「お、タマネありがとう。でもなんで突撃槍?」
「武器庫も結構やばいのよ、普段使わない武器も使いまわしてくれないともたないわ。あ、鉄球なら余ってるわよ?」
「長柄があるだけありがたいか。あと鉄球はいらない」
武器庫の主であるタマネが言うのなら本当に危ういのだろう。このままいけば布の服に投てき用鉄球だけ装備した門番とは名ばかりの何かが生まれるかもしれない。
とりあえず今はアーディオを休ませるためにも門番の業務だ。勇者召喚のうわさが広まるにつれ、王都を訪れる人数は増えている。少し眠気はあるが不審者や密輸商人を通すわけにはいかない。
軽く頬を叩き、ボッツは門の前に立つ。
夜の気配はすでに去り、新たな朝日が昇ろうとしていた。
1ギーク金貨=100セイル銀貨です。
円換算で1ギークは二十万ほど、1セイルは二千円ほどを想定しています。
だがしかし。ギークだのセイルだのではわかりにくいかもなので以降は金貨銀貨表記でいこうかと思います。
銅貨はどうしようかな。一枚二十円は確定ですが。