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門番さんはレベル50  作者: 梅野酢漬
これは勇者様、どうしました?
6/24

魔物に勝てないと思った時点で逃げるんだぞ

ちょっと長めです。

戦闘描写ってこんなのでいいのかな…

 ギチギチと錆びた体を軋ませながらゼルドがボッツへと歩き出す。動きはそれほど早くないが歩幅が大きいため油断はできない。尻尾の間合いに入れば即座に薙ぎ払われるか貫かれるか、どちらにせよいい結果にはならないだろう。


 新米兵士の時、訓練教官には遭遇した魔物に勝てないと思った時点で逃げるんだぞ、と教えられたが逃げられそうにない相手ならば戦うしかない。

 どうせこっちに飛び道具はない、どうにかもぐりこんで近接戦をやるしかないか。

 ボッツとゼルドが互いに間合いを詰めていたその時、ゼルドの左後方から気配を殺し、森に紛れていたアーディオがハルバードを背負った状態で、長剣を手に突撃する。


「そいやっ」

「アーディオさん!?」


 ボッツと相対していたゼルドが気付くより早く、尻尾の付け根、腹部との接合部にあたるくびれた部分に長剣を突撃の勢いのまま深々と突き刺す。錆びてなお堅牢な鉄の甲殻も尻尾の可動部までは厚くすることができなかったらしく、暗緑色の体液が剣を伝って流れ出す。

 しかし、ゼルドにとってはそれほどの痛手ではないらしく、虫を払うように尻尾を振り回そうとしたところで。


「うりゃぁっ」


 尻尾に埋まった長剣の柄をアーディオが上からハルバードの柄尻で強打した。

 一撃で長剣の柄は変形し折れてしまったが、刀身が跳ね上がろうとする衝撃が錆びた甲殻を駆け巡る。ばしっという音とともに埋まったままの刀身を中心として甲殻にヒビが入り、傷口からは今度こそ体液が激しく吹き出す。

 

ギィキィィイイイィィ!!


 無言だったゼルドが激痛に悲鳴を上げる。痛みのままに尻尾が暴れまわるが、根元に居るアーディオはまだ止まらない。ピックを叩きつけてついに背面側の甲殻に穴をあけ、そのまま流れるような動きで斧刃を大上段に構え、振り下ろす。


「せぇいやぁー」


 体液が噴水のように上空に舞い上がる。両断には至らなかったが、尻尾の付け根は直径の半分以上にわたる裂傷により勢いよく振り回せば容易に千切れてしまうことが明白なほどに傷ついていた。


 だが、生命の危機に際して傷つくことを恐れるようならば等級指定モンスターとは呼ばれない。

 八本の足が地面に突き立ち、錆びた肉体が大きく軋む。巨大な尾が一度大きく右に振れて。


「しまっ」


 盾代わりに掲げたハルバードを容易くへし折り、錆びた尾が根元から千切れながらもアーディオを直撃した。ティブルカワズの蹴りを受けたボッツとは比較にならない勢いでアーディオと尻尾がボッツの方へ飛んでくる。


「アーディオさん!大丈夫ですか!?」


「がっふ、ゆ、油断した、か…っ」


 アーディオの両手は力なく垂れ下がり、鋼の鎧は大きくへこんで内側の肉体に食い込んでいる。対してゼルドは傷つき、攻撃の勢いで倒れてはいるもののアーディオを探して立ち上がりつつある。


「えぇー…、あれで、ぐっ、まだ、動けるの」


「しゃべんないでください、ここからは俺がやります」


「何言って、んの。逃げな、ボッツ君」


「倒すわけじゃないです。先輩背負って逃げる時間稼ぐだけです」


「うぇー、先輩、呼びとか、苦手なん、だけど」


 手はある。アーディオが用意してくれた。


 まずはアーディオと一緒に吹き飛んできた尻尾に近づき、ハルバードの斧刃で一節を切り取る。ピック部分で側面を叩いて甲殻を割り、背側の半分を肉ごと剥ぎ取る。作業でピックの刃がつぶれたが仕方ない。

 最後に肉の部分に縦に切れ込みを入れて腕を突っ込めば即席の盾のできあがり。面積は小さいが、強度は鋼よりあるだろう。


「魔物の攻撃には魔物の甲殻、発想は間違ってないと思うんだけど」


「思い、ついても、やるかね、普通」


「単身尻尾をぶったぎった先輩には言われたくないですね」


 ピックでの加工音に気づいたか、失った尻尾の分身軽になったゼルドがこちらに向かってくる。

 射程と威力に優れる尻尾は失ったがその巨体と鋏は未だに脅威。逃げる時間を稼ぐための足止めを狙うならばやることは限られる。


「来い、片方の脚を全部つぶしてやる」


「ぐほっ、グロいね」


 脚は片方だけでも四本ある。一、二本くらいなら問題なく動くだろうし、多くの脚はバランスをとるのに優れている。しかし片側のすべての脚を失えば歩行も難しくなるはず。


 武器はハルバードと長剣のみのため、正確に付け根を攻撃する必要がある。それに、ゼルドから直接採った甲殻とはいえ巨体から繰り出される勢いの乗った鋏や押しつぶしに堪え切れるとは限らない。


 また、アーディオを狙わせるわけにもいかない。そのためにも少し離れたところで戦うべきだ。防御はなるべく捨てて素早く行動しなくては。


「ああもう、やっぱり守りながら戦うのって苦手だな」


 フルプレートを外し、薄手のくさりかたびら姿で突っ込んできたボッツを邪魔だとばかりに打ち払おうとする右の鋏をスライディングで避け、ゼルドの右側面に回る。視界から消えたボッツを無視し、アーディオ目がけて動くその前から三本目の付け根目がけて斧刃を振り下ろす。


「ここだ!」


 尻尾よりは細く短い脚の動かす関係上甲殻の薄い接合部を狙ったとはいえ簡単に切断できた。そのまま一番後ろの足も叩き切ろうと斧刃を振り上げるが、その視界から目標の脚が消える。

 振り向いた瞬間、閉じたまま、ハンマーのように振るわれた巨大な鋏が目前に迫っていた。門番の経験が半ば無意識に左手をその先端にあてがったところで、衝撃と共に意識が一瞬暗転する。


 なにが、と思ったときにはボッツは宙を舞っていた。

 一撃を受け止めた左腕がしびれて感覚がない。鋏の先端を防いだ甲殻はすでに跡形もなく、手甲にわずかに肉片が残るのみ。そして回る視界の端に鋏を振り上げたゼルドの姿が映る。

 

体ごとひねったアッパー気味のフックか、そんなのできたのか。最近の魔物すごいな。

 このまま墜落すれば足や腰、背骨を傷めて間違いなく動けなくなる。そうなれば十秒でサソリの腹の中だ。アーディオもそう違わない道をたどるだろう。


 せめて一太刀。


 左腕のしびれを無視して四肢を広げ、姿勢を安定させる。六年前、精霊林の哨戒中に救助した冒険者から当たる保証はないが、やらないよりはマシだと教えられながらも使うシチュエーションが思い当たらなかった「空中投槍術」。


 逆手でできるだけ柄尻近くを持ち、直下を狙うなら目測での狙いはやや上へ。腰のひねりを加えながらも投げるというよりは落とすイメージで送り出す。


「当ったれぇっ」

《ああもう、仕方ないわね》


 生まれて初めての空中投槍は意外と狙い通りに飛び、穂先こそ外したもののハルバードの横に突き出た斧刃が錆びた脚を位置エネルギーにより叩き折る。


 片側の後方二本を失うと同時に支えるものがない箇所に力を加えられ、ゼルドの体が大きく傾ぐ。そして立ち直るまでの隙が命取り。


 投槍に比べれば今度は猛スピードで落ちるがままに抜き放った長剣を構えるだけの簡単なお仕事。ボッツは長剣と両腕の骨を引き換えにゼルドの前から二本目の脚を奪い去った。



 やれることはすべてやったと思う。武器も防具も肉体も、相手の甲殻だって使った。きっと普通に戦えば分厚い甲殻は貫けず、傷一つない巨大な尻尾で粉砕されていただろう。それに比べれば尻尾と脚三本だ、上出来じゃないか。


 ぽいんっ、とすっ。ぽいんっ、とすっ。


 ボッツと同じでもはや痛みもそれほど感じないのだろう。ゼルドがバランスが悪いながらも右側に一本だけ残った脚を懸命に使い、這うようにしてこちらに迫ってくる。


 ぽいん、とす。ぽいん、とす。


 ボッツには歩くどころか立つ力もない。両手両足は最後の一撃と着地の衝撃でバキバキだ。もげてないだけマシだが、サソリはしれない。そうすると死体の一片も残らないというのはなかなか寂しいような気がする。


 ぽとす。ぽとす。ぽとす。


 庁舎の金庫に入った貯金はどうなるんだろう。実家に送ってもらえるのかな。ダメならせめて西門の予算の足しにしてほしい。オビとキビ、タマネは新しい門番とうまくやっていけるだろうか。そういえばハルバード投げるときタマネの声が聞こえた気がしたがあれはなんだったんだろう。


 ぽすぽすぽすぽすころころころシュイイイィィィィイイン!


「うおっ、なんだ!?」


 突如聞こえてきた甲高い異音。そちらを見やれば純白の光を放ちつつ高速で飛来する謎の発光体が。まばゆく輝くそれは荒れた広場に突入してくる。

 ゼルドも突然の不思議物体乱入に呆気にとられているのか動きを止め、そしてボッツと同時に気づく。


 一体何なのかが全くわからないが、アレはゼルドを狙っている。

 しかし気づいた時にはすでにゼルドの顔面に発行体が突き刺さっており、同時に爆発的な光が周囲を白く染め上げていた。思わず凝視してしまっていたボッツの目を閃光が焼く。


「だあっ!目がっ」


 本当に意味が分からないが、尋常な光量ではない。ありえるのは新種の魔物の能力か、さもなくば何者かが放った高位の光属性の魔法か。

 前者なら命が危ないし、後者なら巻き添えを考慮せず高位魔法をぶっ放す危険人物によるものなのでやっぱり命が危ない。


 そんなことを考えていると徐々に視界が戻ってくる。ありがたいことに失明はしていないようだ。手をついて起き上がり、目をこすったところで気づく。


「回復してる…さっきの光でか?」


 装備の破損はそのままなので夢というわけではないらしい。広場中央のディニクの木も見事に折れてしまっている。おかげで広場を『一本ディニク』と呼べなくなったな。

 その手前にゼルドの巨体が横たわっている。全身から煙があがっていて、錆びていたはずの甲殻が光沢を取り戻していた。しかし微動だにしていない。おそらく絶命、少なくとも気絶しているはずだ。


「これはすごいね、等級指定モンスターを一撃で仕留めるだけでなく傷も癒すなんて。魔法っぽいけどどうなんだろ」


 同じく重傷だったはずのアーディオも復活していた。歪んでしまっていた鎧は自力で外したらしく、ボッツと同じくさりかたびら姿だ。


「わかりませんが、たぶんアレの仕業かと」

「だろうねー…」


 二人して視線をやったのは横たわるゼルドの頭部。


 ぽよん。ぽよぽよん。ぷるぷる。


 やけに弾力のある白い塊がぷるぷるぽよぽよと揺れていた。

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