傷ついた時にはポーションだ
「ほっ、と。」
アーディオの剣が最後の突角鼠を両断し、あたりに静寂が戻る。五体の群れだったが、それらはすべて骸となってボッツとアーディオの付近に転がっていた。
精霊林での魔物との遭遇率は高くない。もともとの生息数が少ないこともあるが、下手に動けば力ある精霊さんの怒りを買うことも多いため、魔物たちがあまり動かないからでもある。
ボッツ達が通るのははるか昔に精霊さん達と交わした約定によりヒトが通るために作られた道であり、その道の上を通る限り、精霊さん達からの攻撃は無条件で霧散するといわれている。まあ、見た目は獣道みたいなものだが。
「五体もっていうのは珍しいですね、ゼルドの影響かな」
アーディオが剣をぬぐい、ボッツが水であたりを清めていく。五体分ともなると体液の量がさすがに多い。
「どうだろうねー、ギルドの仕事が早いなら選抜冒険者が行動してるかもしれないしねー」
世界を回り、旅をする何でも屋。市井の悩み事から始まり、秘境の発見や強力な魔物の討伐などにまで貢献する冒険者だが、活動の幅広さから想定外の事態に遭遇することも少なくなく、危険な職業であることも知られている。
特に魔物の討伐依頼に関しては民間からのものが多い関係上、国家の目の届かない場に赴くことが主であり、時に土地の生態とはかけ離れた強さや特性の個体に出会うことがある。討伐できれば問題はない上に別途報奨金が出るが、討ち漏らしたり、最悪の場合返り討ちにされることもある。
そうして生き延びた特異個体に対しては冒険者ギルドが調査・交戦することがあり、その結果によってその個体に討伐に際しての基準となる等級が設定される。そういった等級指定魔物、一般的には等級指定モンスターと呼ばれる魔物たちは通常の報奨金とは別に多額の懸賞金が設定され、冒険者ギルドが専用パーティを選考、編成して討伐にあたる。
つまり、門番二人程度ではどうにもならないのが等級指定モンスターと呼ばれる存在である。
「三等級って言ったら中堅冒険者でも十人程度は要るって話ですよ、勝てませんって」
「精霊林に入って二ヶ月なら地の利はこちらにあるよ、まずは罠を仕掛けようかー」
門番は門の安全を保ち、通行者の素性を確認する立番だけではなく、門を離れて周囲の環境を確認し整える哨戒も行う。哨戒の内容や頻度などは各門の判断に任せられるが、大体月に一度が相場である。
そういうわけでアーディオの「判断」により二人は深夜に哨戒を行っている。原則、二人一組で行うため、乗り気ではないがボッツも同行することになった。
「いやー、ワクワクするね。十何年門番やってきたけど魔物を追って森に入るなんて初めてだよ。」
「アーディオさん、完全に楽しんでますよね…」
「いまさら哨戒で緊張するようなタマじゃないでしょー」
「まあそうですけど、『ゼルド』以外にも魔物には気を付けてくださいね」
「そうだねぇ…。あ、ここに仕掛けよっかな。ボッツ君、緑の紙袋出してくれるかな」
アーディオが鎌で下草を刈り始めたのでボッツは背負っていた背嚢をおろす。中にはアーディオの用意した罠の他に水と食料、それに安物だがポーションも入っている。
二人とも魔法が使えないので傷ついた時にはポーションだ。即効性のある高級品ではないが、飲んで小休止すればちょっとしたけがはすぐ治る。
「ここは…『一本ディニク』か。結構奥まで来ましたね」
「虫とかが静かだし、精霊さん達もこの一帯に入ってから見なくなったねー。近いかもしんない」
精霊林に点在する広場のような場所に、背の高いディニクの木が太い幹をまっすぐ天へと伸ばしている。
木々がほのかに光っているため、精霊林は夜でも明るい。罠を仕掛けるのも楽だが、知能の高い魔物だったらかからないんじゃないだろうか。
そう思いつつなにやら毒の杭を埋め始めたアーディオの背後を守っていると、上から茶色い何かがひらひらと落ちてきた。拾ってみるとボッツの手のひらほどの錆びた薄片のように見える。
錆びた葉を落とす木なんて精霊林にもない。そして事前情報を聞いていれば誰だってわかる。これは例の―――
「アーディオさん!上に居ます!」
「げっ、サソリって木に登れるのかい!」
二人が飛びのいた次の瞬間、大人三人分はありそうな長さの尻尾を持つ、錆色の蠍が無数の鋭い足先を地面に突き立て着地する。
錆びた破片が舞い散り、体からはぎしゃん!と軋むような音。赤茶けた巨体をたわめ、大人一人分はあろうかという長大な尻尾を一振りすれば柱のようなディニクの木が容易に吹き飛ぶ。
獲物を仕留め損なったことを認識した魔蠍が両の鋏を激しく打ち鳴らし、ボッツの方を向く。
「サソリ型、錆びた甲殻…こいつが例の!」
「『錆びたゼルド』か!」
ちょっと長くなったので交戦は次回です。
なんか終わり方が毎回ぶつ切りっぽくてすみませぬ…