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門番さんはレベル50  作者: 梅野酢漬
これは勇者様、どうしました?
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通行証や身分を証明できるものはお持ちですか?

 勇者召喚の翌日。


「お、客かな?勇者様のご高名は西門にまで届くか」


 最初に感じたのは鋼の具足を通して伝わるごくわずかな音。自然現象ならばすぐに収まるはずのそれはむしろ徐々に強くなって行き、違う音を伴って近づいてくる。どうやら団体様のようだ。


 先頭の一人に三人の追跡者が四足走行で追随している。一人でもてなすことができるだろうか。

 とりあえず門は施錠しておこう。


「門がっ、がはっ、助けてえぇええ~」


 それほど遠くない場所から息も絶え絶えの男の声がする。あまりふざけてる場合ではないらしいとフルフェイスヘルムをかぶったボッツが歩き出した時、木々の間から転びそうになりながらも二足歩行する青灰色の熊のような男…いや、男のような熊が飛び出してきた。


 男の方は亜人の一種、高山地帯に住む水月熊族(ググベア)のようだ。一方、彼を追う人間の十歳児くらいはある黄土色のこちらは完全にカエル。口から青黒い溶解液を次々に発射していることからティブルカワズと呼ばれる魔物だろう。


「ティブルカワズが三体に要救助者の水月熊族の男性一名か、ヒトの防衛は苦手なんだけどなぁ」


「ひい、ひい、わぁっ」


 男はなんとか門と森の中間あたりまで走ってきたものの、そこで力尽きたのか転んでしまった。すでに精霊林の外だが三体のカエル達は獲物を逃すことは考えておらず、青黒い溶解液を動きの止まった獲物にぶっかける。


 しかしそこまで来てくれればどうにかなる。持っていた大盾を男の前方に投げつける。男が止まっていて攻撃が集中していたことが幸いし、大盾が溶解液の直撃を防いだが、代償として三体分の溶解液集中によって鋼の大盾は無残に穴だらけに。もったいない。


「あ、えあ、たすかったぁ」


「助けてやるからそこからしばらく動くなよっ」


「ええっ、そんなぁ」


 下手に門へと向かわれて男を追ったカエルに門が突破されては困る。こいつにはここで疲れ切った餌役をやってもらう。

 乱入者を嬲り殺そうと跳ねてくるティブルカワズは前方に固まって三体。下手によけなければ男には当たらないだろう。それにこいつらの溶解液はそろそろ打ち止めが近いはず。ということで突っ込む。

 大盾は破損してしまったが、門番の基本装備であるハルバードと腰の長剣は健在である。ティブルカワズはそれほど強くはないし三体なら今の武装でも十分に事足りる。


「ふぅっ!」


 踏み込みは短く、姿勢は低く。落とした腰の高さでハルバードを一気に振り抜くと、じゃっという音とともに斧刃が最も近い一体の頭部を難なく通過する。ぬめり気のある青い体液が周囲に飛び散り…くさっ。


 得物を振り抜いた姿勢のボッツにとびかかってきた後続の一体を斧刃の逆、ピックで撃墜。その勢いのまま地面に叩きつけてえぐる。えぐったために多量の体液が噴出するがにおいとかもう気にしてられない。


 攻撃はまだ終わらない。二体目の陰から飛び込んできた三体目が口から溶解液を放ってきた。

 距離も近く避けきれるものではないが量が少ないためこれは甘んじて受ける。鋼の鎧がシュウシュウと音を立てて溶け落ちていくが案の定インナーまでは届かない。


 反撃に移りたいが二体目の死体からピックを引き抜く時間はない。ハルバードの柄から手を放し長剣を抜き放つ…と同時にカワズの蹴りが胸を打つ。大木でもぶち当てられたかというような威力に溶けていた胸甲が盛大に砕き割られ、ボッツの体が空中で縦に二回転して門のほうへ吹っ飛んでいく。こんな時でも精霊林は青々として美しい。


「ごっふるぅえ!」


 フルフェイスで守られてはいるものの油断はできない後頭部を死守しつつ慣性に任せて転がり、速度が緩まったところで地面を掴んでなんとか止まる。

 精霊林の中では弱めとはいえ魔物は魔物、蹴り一つ取っても強烈だ。


「ゲゲッ、ゲギャッ」


 体勢を崩したボッツの体を食い破ろうとカワズが無数の牙が並ぶ口を開けて突撃してくる。


「くらうかっ」


 開いた口めがけて長剣を投げつける。魔物でも口腔内は柔らかい。距離が近いこともあり、鋼の長剣は深々と突き刺さり、カワズの脳幹を引きちぎった。



「勝つには勝ったけど、ひどいなこりゃ」


 西門前の小さな草原は今、それなりにでかい魔物の死体とそこから流れる溶解成分の含まれた体液が散らばっていてにおいもひどい。門番としては事後処理もしなくてはならないのが面倒なところだ。


 魔物は食用になるものもあるがカエル肉は生食においては泥臭く感じる種族が多い。処理すればそこそこ食えるらしいがティブルカワズは体液が多く、溶解液が筋組織から染み出すのでどのみち食えない。

 そして放置すれば土地が危ない。土地とは精霊林も例外でなく、汚染されれば怒った精霊さんによりボッツ達門番の命が危ない。


 そういった厄介な魔物の死骸の処理は焼くに限る。変形した胸甲にカワズ達の死骸を載せて運んで焼却炉で焼けるのを待つ。溶解液噴射で幾分かは抜けているだろうが水分が多いため時間がかかるだろう。

 待つ間は門の前で救助者の取り調べだ。


「さて、精霊林に入った理由をお聞かせ願えますか?」


「ああ~、助かったよぉ。門番さんありがとぉ」


「どうしてラミディアに?」


「やっぱり精霊林の魔物相手でも楽勝だったねえ、最後は相討ちだったけどぉ」


「…通行証や身分を証明できるものはお持ちですか」


「どうやったらそんなに強くなれるのかなぁ、僕も門番になればいいのかなぁ」


「身分証明ができるものがない場合は監獄において取り調べがございますがよろしいでしょうか」


「えぇっ、僕何もしてないよぉ」


 なんなんだコイツ。人の話聞いてないのに取り調べについてだけ反応しやがった。イライラはするがとりあえず監獄をちらつかせておくか。


「真面目にお答えいただければ監獄へ行かなくても済みます、いいですね」


「はぁい。あっ、僕ね、オルベア・ズベア!冒険者ギルド職員なんだよぉ、ふふん」


「では職員登録証か紹介状はお持ちでしょうか」


「それがぁ、さっきのカエルに荷物全部溶かされちゃったかもぉ。あはは」


 冒険者ギルドの職員でも仕事を取りに街の外へ出ることがあるがその場合は戦闘力のある人間が受け持つし、護衛もつくはずだ。ましてここは精霊林である。精霊林の中では弱い部類のティブルカワズ相手に逃げるしかできない者を使いに出すわけはなく。


「僕、ファーバルド山の麓にあるホミノス村から転勤してきたんだけどぉ、ギルド長が王都の周りは一通り見てこいって言うから見て回ってたんだぁ。精霊林はぁ、入るなって言われてたんだけどぉ…」


 気になって入っちゃったぁ☆とか言い出したら焼却炉に叩き込んでやる。助けるのも命がけなんだぞ。


「えっとぉ。そのぉ。気になって入っちゃうわあぁ、何するのぉ!」


「……」


「せめて何か言ってよぉ!?いやあぁぁ!」


「ああ、門番さん。水月熊族の男性がきてませんでしきゃぁああああ!?ストップ!門番さんストップ!」



 水月熊族の男、オルベアを間一髪助け出し、その後ボッツの愚痴を聞き続けているのはラミディアの冒険者ギルド職員であるライムという女性。こう見えて元高ランク冒険者らしい。


「はい、ズベアはよくよく再教育しておきますので…」


「困るんですよね、最近の若い子は目を離すとすぐ勝手なことするじゃないですか」


「その通りで…ボッツさんもまだお若いですよね?」


 二十二ですが何か。



「それでわざわざお越しになられたということはライムさんは何か西門に御用でした?」


「あ、はい。ごほん、王都ラミディアの冒険者ギルドから精霊林の魔物に手配書が発行されました」


 話がまともな方向に進む気配を敏感に察知したライムさんが仕事モードで立ち直る。話しながら腰のポーチから書簡を取り出して手渡してくる。


「推定三等級指定モンスター『錆びたゼルド』。二ヶ月前、タニット平原南にて冒険者が撃退した鉄殻蠍(メタルピオ)が精霊林に逃げ込み、変異したものと思われます。」



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