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門番さんはレベル50  作者: 梅野酢漬
これは勇者様、どうしました?
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プロローグ

初日なので5話分一気に投稿しています。

 雨が降ろうと、槍が降ろうと、はてまた魔法が降っても、人々の変わらない生活というものがある。


 大通りの民家からは家族を起こす女性の声が漏れ聞こえ、冒険者ギルドからは多くの冒険者が依頼書片手に歩きだし、王都外壁の東門前では露天商達がそういった冒険者たちを相手に朝早くから商売に励む。それらが混じり合ってざわめきとなり、流れとなり、うねってあふれて街の呼吸になる。


 それが今はどこにもない。大通りもギルドも外壁門前も人気がなく、その代わりとばかりに騎士団特設と思しきでっかい看板が街のあちこちに設置されている。

 その看板いわく。


『聖女ノエリア・リリニア、失伝術の"召喚"に成功。"召喚"で現れた勇者はなんと総勢九名!』


 多くの物語に謳われる勇者の出現と、過去に失われた秘術の再生。それを成し遂げたのが国教でもある星道教の大司教たる聖女であることから、その話題性は高い。

 突如公表されたその祝事に王都ラミディアの民は歓喜に沸いていた。富めるものも貧しきものも皆、王城前の広場に歓声と祝いの花を投げつけている。


 王都住民のほぼ全員がこの降って湧いた祝祭に参加している。それだけでなく、他国からの旅行者や冒険者、行商人に諸国政府関係者といった者たちも集まり、会場である王城前広場はもちろん広場に隣接する家屋の屋根ですら満員状態だ。


 そんなお祭り騒ぎの王都住民の「ほぼ全員」から外れた一人の青年が遠く聞こえる歓声に眉をひそめて大看板を見ながらひとりごちる。


「勇者様、ね」


《……、……》

《……、……》


「そこ、うるさい。」


『そこ』に向けてぴしゃりと言い放つ。どこにも誰もいない街並みなのに。


 勇者。魔法が降っても動じないはずの王都民も勇者が降ってきたとなると驚くらしい。


 青年も例外ではなく驚いてはいる。小さいころは母の語る騎士や冒険者、それに勇者達の物語に心躍らせたものだ。しかし、体が大きくなるにしたがってそういったことへの憧れはなくなっていった。


 ある日突然天啓を授かって勇者の一員や名のある騎士なんかになる可能性がゼロではないのだろう。実際に今、王都には九人もの勇者達がいるというのだから。

 だが、そんな無いに等しい可能性に縋って生きていけるほどの余裕は彼の周囲にはなかった。


「関係ないない、お仕事お仕事」


《……、……》

《……、……》


「うるさいってば。」


 再びどこの誰に聞かせるでもないつぶやき。そしてまたどこへともなく叱り。荷車を引いて歩きだす。誰もいない大通りを西へ西へと向かう。誰もいない街の中で、これが彼の変わらない生活。祝祭の喧騒が遠く聞こえる。


 住民全員参加というのは誇張でもなんでもない。一般の王都住民だけでなく、役人達も今日に限っては仕事を免除されており、各々場所を確保して祝祭に参加している。

 奴隷制度は廃されて久しく、人種・獣人種に対する差別については先々代の国王が固く禁じており、それが今も守られている。今も広場を探せば特徴的な耳や角に尻尾、鱗などを目にすることができる。罪人はさすがに王城内の牢獄にいるが、これもまた刑罰のひとつである。…見張る看守は不憫だが。


 不憫な看守はしかし、自身の境遇を悲しみつつもこう言うだろう。「あいつらよりはマシか」と。

 看守の言う「あいつら」の中には先の青年も含まれる。


「しかし九人ってのはなんか中途半端だな…」


《……。……?》

《……。……?》


「あーもう。門につくから"霊聴"切るよ」


 あきれたように言い放ち、街の西の果て、市街を囲む外壁に三つ存在する大門の一つに青年は荷車を連れていく。そこが彼の職場で戦場。ついでに小間使いの目的地でもある。


「ま、やりがいのある仕事ではあるけどな、っと」


 荷物を倉庫前で降ろしたら荷車を輜重隊に返却し、物資監査の手続きをしてようやく運び入れだ。市街警備隊の小太りの監査官が手際よく監査を終え、道を開けてくれる。


「いつもすまんな、おう、通っていいぞ」


「ついでだよついで。おっちゃんもおつかれさん」


 今日は週に一度の物資補給と監査の日だ。だというのに急な祝祭のために空き巣対策と祝祭警備で市街警備隊のほとんどが出払っている。『仕事』の時間外でブラブラしている若者の手も借りたいというわけである。


 十二歳で家を出てから十年と少し。『仕事』にもだいぶ慣れてきたとはいえ手を抜くわけにはいかない。


 荷車で運んでいた槍や矢の束、鎧といった武具を武器庫に。薪に油、薬品のような消耗品を倉庫に置く。作業後に腰を軽くひねると小気味よい音がする。これもまた、日常。


 倉庫から出ればまた遠くから歓声が聞こえる。空は雲一つない快晴、なんともおあつらえむきに勇者降臨日和である。


「勇者様、ねぇ…」


 深呼吸、そして万感の思いを込めて叫ぶ。


「関係っ、ねえぇぇーーーっ!」


 監査官のおっちゃんは深呼吸せずに万感の思いを込めて叫ぶ。


「うるせえぞボッツっ!とっとと門番行ってこい!」




 祝祭を見ることすら叶わぬその者たちに罪はない。差別もない。あるのは大きな職責のみ。

 都市で暮らす人々の安定した生活を守る最前線。矛盾併せ持つ鋼の守護者。年中通して常在戦場。

 人は彼らを『門番』と呼ぶ。



始まりました。

しばらく色気がありませんが気長に見てやってください。

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