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初めて彼の泳ぎを見たとき、目を奪われた。

力強く泳ぐ姿が羨ましかった。私が男だったら、あんな風に泳げただろうか。



泳いでいた彼がザバッと水音を立ててプールから上がったのを見て、声を掛けた。

真岡まおかくん、体つきもよくなったね」


真岡まおか 伊澄いずみくんは濡れた黒い前髪を鬱陶うっとうしそうに、かき上げた。

「セクハラ」

「えー。褒めてるのに」

体に必要な筋肉が付いてるってことは、泳ぐだけじゃなくて、筋トレも真面目にしてるってことなのに。


私、古川ふるかわ 亜沙あさは水泳部のマネージャーだ。女子だけど、男子水泳部のマネージャー。

真岡くんは高校から水泳部に入った、って言ってた。

彼の成長は早い。体つきもだけど泳ぎもよくなっている。


「水泳は体も大事だよ?」

「古川が言うと真面目に聞こえない。それよりタイムは?」

入部したての頃は動揺してくれたのにな。

春から夏になり、私との会話に慣れたのか冷静に返すようになった。


「はい、どーぞ。真岡くん、最近調子いいね」

バインダーに挟んだ記録用紙を見せた。

記録用紙にはストップウォッチで計ったタイムが書かれている。


私はプールに足だけを入れている状態なので必然的に見上げる形になった。

あ、タイム計っているときはちゃんとプールサイドに立ってたよ。

いまは少し休憩。


少し足をバタつかせると楽しい水音がした。

「気持ちいいー。生き返るー」

息と一緒に言葉を吐き出した。

すると近付いてくる水の足音と、少し不機嫌な声が落ちてくる。

「サボってんなよ」

そう言いながらも私の隣に座った。


「サボってないよ。来てすぐタイム計ったし。暑いもん」

プールサイドは涼しいけど学校に来るまでが暑い。

このままプールに飛び込みたい気分だ。私は上は薄いパーカー、下は中学のときの夏用体操服を着ている。


水泳部は私しか服を着てない。

おっと、これじゃあ変態さんみたいだ。訂正。みんな、水着を着てる。

あはは、と笑い声を溢せば真岡くんは呆れたように溜息を吐いた。


「そんなに水が好きなら女子の水泳部に入ればよかっただろ」

「残念。この学校、女子の水泳部ないでしょ。私も可愛い女の子と戯れたかったよ」

冗談交じりに言えば、彼が私の頭を軽く小突く。


「水泳部がある学校行けば?」

「そうだね。でも、私1ミリも泳げないからね」

「それで、マネージャーやってんのかよ」

「見るのは好きだから問題ないよ」

タイムの記録とったり、フォームみたり、雑用するのがマネージャーだ。そして少し水泳に近い場所。


「教えてやろうか?」

「おやおや。優しいですね、真岡くんは」

「茶化すなよ」

「あはは。ありがとう、考えとくよ」

言いながらプールから出て立ち上がる。首にかけていたストップウォッチも外す。

「水分補給ちゃんとしてね」

そう言って軽く手を振り背を向けて歩こうとすると、彼も横に並んで歩いた。

「どこか行くのか?」

「補習。プール寄らずに行ってもよかったんだけど」

「終わってから来ていいのに」

確かに、補習前に着替えて部活に顔を出して補習を受けてから再び部活にでるのは面倒では

ある。

「いいの。おかげで涼めたし」

にっと笑えば、彼から呆れた顔が返ってきた。





入部初日はやっぱり少し緊張してたんだと思う。

彼と話してみて緊張が少し緩んだことを覚えてる。


「真岡くん、いい体してるね。鍛えたらもっとよくなりそう」

プールサイドで、タオルで体を拭いてる彼に声を掛けた。

真岡くんは振り返って私に気付くと睨んだ。


「は? 誰?」

そんな風に睨んでも照れてるから怖くないよ。思わず笑いながら自己紹介をする。

「マネージャーの古川 亜沙だよ。さっき自己紹介したでしょ。忘れないでよ」

「あー…、悪い」

お。ちょっと素直だ。以外だ。もっと人を寄せ付けない感じかと思ったのに。

「お前、いま失礼なこと思っただろ?」

「思ってないよ」

へらっと笑えば、睨んだまま背を向けられた。

ありゃ。機嫌損ねちゃったかな。同じ一年だから仲良くしたかったんだけど……。


「古川、タイム計れるか?」

私を見る真岡くんはタオルを持ってなくて、手にストップウォッチを持っていた。

口元が緩む。笑うなって言う方が無理だと思う。全然怖くない。


私の言葉に照れるのが面白くて、毎回からかって「真岡くん、かわいいね」

って思わず言えば軽く頭を殴られた。それが入部したときから春までの思い出だった。





補習はお昼過ぎには終わったけど、思ったより長かった。

「もう練習終わってるかな」

あれから時間も経ってるし帰ってるだろうな。

「あ」

教室から出て帰ろうとしたら真岡くんがいた。アイスを持って。

「食う?」

「食べない」

また教室に逆戻りで机に座ってる。真岡くんは棒アイスの袋を破って食べ始めた。

「なに見てんの」

「真岡くんこそ、なんか話があって呼び止めたんじゃないの?」

「いや、ひとりでアイス食うのも退屈だし」

「そだね。私の分ないけどね」

「だから聞いただろ」

「一本しかないのに私が食べたら、真岡くんの分がなくなるでしょ」

「半分ずつすれば?」


「真岡くん、私を照れさせたいのなら別の言葉にしなよ」

棒アイスを半分ずつってどこのバカップルだよ。

「じゃあ、どんな言葉に照れるんだよ?」

「え? うーん。なんだろう? 告白されたら照れるかも?」


駄目だ。なに言ってるんだろう。考えながら思ったことそのまま口に出しすぎた。

「亜沙」

はっきりと耳に届く私の名前を呼ぶ声。低く心地よくて。

「好きだ」

あぁ、そんな真剣な顔できるんだ。初めて会ったときは睨んでたその瞳で、光を点すように

瞳が見ている。水が反射してるみたいに眩しい。


「ありがとう」

空気に呑まれそうになりながら私が返す。真岡くんは残念そうに小さく息を吐いた。

「照れてないだろ」

「いや、……うん」

照れるとか思う前に驚いた。驚きすぎて冷静になっちゃったよ。


「真岡くんも照れなくなったよね」

「……誰かさんのセクハラ発言に慣らされたんで」

「セクハラじゃないってば」

失礼だよ。体を気にするのはマネージャーの気遣いじゃない。

純粋に水泳のことを考えてなのにな。そりゃあ、ちょっとは不純かもしれないけど。

「心の声がもれてるぞ」

「聞こえるように言ってるの」

「不純って?」

「スルーしてくれるんじゃないの?」

「聞こえるように言ったんだろ?」

「あんまり考えずに言っただけ」


「あっそ」

返事なのか分からない言葉を捨てて、アイスに噛り付いた。

私もアイス食べたいな。

私の物ほしそうな視線に気付いたのか、ぱちりと目が合った。

「真岡くん、」

あぁ、駄目だ。

「一口ちょうだい」

今日の私は心がだだ漏れだ。


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