ヤンデレから逃げるお話
ヤンデレから逃げるお話
私は今日、逃亡を決意した。それは、突然の思い付きだった。特にきっかけがあったわけではないが、ふと思い付いたので実行することにする。逃亡先など詳しい計画は一切ないが、まあ、なんとかなるだろう。全てはあの男から逃げるために。
私は幼い頃から魔術師になるのが夢だった。特に、帝国の魔術団に入りたいと思った。けれど、魔術師になるには魔術大学に通い、難解な国家試験に合格しなければならなかった。私の家は比較的裕福だったし、両親も私の進路に理解を示してくれて、私は無事、魔術大学に合格し、入学することができた。入学当初は友達ができ、大好きな魔術の勉強をしたりととても充実した幸せな毎日だった。
でも、あの男に目を付けられた事によってそれは儚くも崩れ去った。
あの男は、どっかの国のプリンスらしい。興味無いから知らないけど。そんな大層な人物と関わった記憶は無いのに、気が付けば執着されていた。
最初の出会いなんて忘れてしまったけど、第一印象は覚えている。金髪で、透き通るような青い目で、全体的に色素が薄くて綺麗な子だな、と思った。
それからは私が行く先々に現れ、家まで特定される始末。ある日のこと。私は本を買いに家を出たらあの男がいて、あれよあれよと言う間に一緒に出掛けることになってしまい、一日過ごした。楽しくなかったといえば嘘になる。でも、私はあの男に対して愛を感じることは無かったし、あの人の私に対する愛は重過ぎた。
大学では友達だと思っていた人が段々離れて行った。初めは嫌われたのかと思った。女の子たちは私に敵意に満ちた眼差しを向けるし、参考書が破かれてた日もあったから。でも、そのうち嫌でも理解した。あの人は世間一般でいうイケメンの部類に入り、女子から多大な人気がある。そんな彼が私にご執心なのが許せないのだろう。
いつの間にか敵意を感じることは無くなってきたし、参考書もあの人が新しい物を用意してくれた。そんな女子たちをあの人は牽制してくれたのだろう。更に、私の周りにいる人も牽制してくれたみたい。お陰で私はぼっち生活を余儀無くされた。大学で話せるのはあの人だけ。多分、私が他の女子ならともかく男子生徒なんかに話しかけた日には両者とも大変なことになるだろう。
ぼっちな私は遊ぶこともなく、暇な時間は魔術の勉強に打ち込んだ。お陰で魔術は座学、実技共に主席。このまま順調にいけば国家試験を合格するのも夢ではないだろう。
でも、逃亡するから大学を中退しなくてはいけない。卒業したかった。魔術の勉強は楽しい。でも、ぼっち生活は辛かった。本当はキャンパスライフを満喫したかった。高校生の時からキャンパスライフに憧れて必死に勉強した。それなのにこの仕打ちはあまりにも酷だろう。果たして辛い思いをしてまで大学に留まる必要はあるのか。
理由はそれだけではない。本能的な恐怖を感じるのだ。あの人は、大学を卒業したら国に帰るだろう。そしたら、私は?
私の家に盗聴用魔導具を取り付け、私の携帯用魔導具、略して携帯に変な術式を組み込んで現在地や個人情報はただ漏れ。すぐに気付いたわ、糞が。盗聴用魔導具は燃やして、変な術式はすぐに解除した。
そして、そこまで私に執着してるあの人が私を放置しておくだろうか。もし、国にドナドナされたら本当に逃げられなくなるだろう。逃げるなら、今のうち。そして思い立ったが吉日。
私は紙とペンを用意して退学届を書き始めた。幸い今は近くにいない。と思ったけど。
氷のように冷たい視線を背後に感じたと思ったら、退学届を奪われた。
「ふーん、退学届ねぇ…」
いつの間にそこに。もう、ホラーだ。
「返してください。」
きつめの口調で言ったら、彼は少し考えるそぶりを見せてから言った。
「これは、私が出しておくよ。ついにこの国を出て私の妃になる決心がついたんだね。ずっと待っていたよ。でも、私は大学を卒業しなくちゃいけないからその間私の屋敷で大人しく待っていてね?」
ちょ、ふざけんな。
「ちょっと待ってください。誰があんたの妃になんかなるもんですか!私はあんたの屋敷に行くつもりもないし、あんたの国になんて行きません!」
「今更逃げられるとでも思っているのか。」
怖い、怖いよ。監禁されるよ。少し予定が早まったけど、今から逃亡します!さよなら!
「私は逃亡するよ。退学届出しといてね。金輪際会うことも無いでしょう。グッバイ!」
学校の結界を一部分破り、転移魔術の術式を展開する。実はこの間結界の破り方見つけちゃったんだよね。
学校は外部からの攻撃や侵入を防ぐために何重にも結界が敷かれている。そのため、本来ならば学校内で転移はできない。でも、この間なんとなく学校の結界を弄ってたら術式が分かってしまった。後は簡単に結界を破ることができたけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
とりあえず家に転移し、携帯で両親にメッセージを送る。退学すること、逃亡すること、そうなった経緯など。私の夢を応援してくれた両親には申し訳ないけど、私は自分が可愛いんだ。それに、大学は中退してしまったけれど、国家試験にさえ合格すれば魔術師になれる。だから、諦めるのはまだ早い。いつか絶対に私は魔術師になる!
「意外と早かったね。」
十分はかかると思ったんだけどな。案の定、彼は家にきた。
「どこへ行くつもりだ?」
「私がどこへ行こうと、何をしようと、誰と話そうとあんたには関係ない。私はあんたの彼女でも妃でも愛人でもなんでも無いんだよ。」
「今はね。でも、もう既に君は私のものだ。」
彼の言葉に私は怒りがこみ上げてくるのを感じた。今まで溜まっていたものを全て吐き出したくなった。
「うざいんだよ。私は私のもの。誰のものでもない。私は自由に生きたいの。私の自由を奪うやつは、敵。今までの恨み、晴らしてやる!」
電流を発生させ、あいつに思い切り流し込んだ。大丈夫、多分死にはしない。ちょっと痺れるだけだよ。運が悪ければ後遺症が残るかもね!
「っああっ!」
顔を歪めて苦しんでる彼に向けて勝ち誇った笑みを浮かべると、今度こそ本当に逃亡した。
どこに行こうかな。私は駅の案内板を見て迷っていた。なるべく遠くに行きたいな。そういえばあいつの母国ってどこだったんだろう。その辺りは行きたくない。多分、彼は色素が薄かったから北のほうの王国だろう。そこは却下として、東に行こうかな。昔から東に興味があったし、面白そう。なんでも東のある国では、家は紙と木で作るらしい。
よし、決めた。私は東に行く汽車に乗った。
こんな行き当たりばったりで突然始まった旅だけど、魔術さえあればなんとかなる。
私は車窓から移り行く景色を眺め、自由を噛み締めた。