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ヴィブリオ  作者: 白影
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6冊目「クリーズ」

ノックの音が聞こえ、意識が覚醒する。

どうやらこんな早朝だというのに、依頼者が来たようだ。


6冊目「クリーズ」


一体こんな時間に何の用なのか、そんな事を考えながら、体を無理やり起こす。

時間は午前6時、いつもの起床時間と比べると1時間も早い。

俺よりも早くに起きるルツも、やはりこの時間は熟睡している。

「全く…迷惑だ」

こんな時間に来るような奴は、どうせ依頼者だろう。

ただでさえ少ない睡眠時間を、削られたことに苛立ちながらも、隣で寝ているルツを起こす。


「…ん、どうかした?ヴァイス」

「迷惑な依頼者が来たらしい、さっさと対応してこい」

ルツは眠そうに目を擦りながら、扉に駆け寄って解錠する。

と、入ってきたのは16歳くらいの少年。

跳ねの少ない黒髪に赤い目、そして猫耳のようなものが付いたフードを被っている。

「いらっしゃい、こんな朝早くにどうしました?」

少年はこちらを暫く見つめ、やがて何かに納得したように頷いた。

「えっと…どうされました?」

「…依頼を、頼みたいんだけど」

案の定依頼を頼まれ、俺は溜息をつく。

此処は一体いつから依頼を持ち込む場所になったのか、十中八九ルツのお人好しの所為だろうが。


「何の依頼で?」

やはりルツは、何の違和感も無さそうに、詳細を聞き始めた。

「ドラゴンの、討伐…」

「なんで此処にそれを持ち込む」

予想外な依頼の内容に、間髪入れずに指摘する。

少年はそれを聞いて、ほんの少しだけ不思議そうな表情をする。

それと同時に、フードの"耳"が若干動いた気がした。

「…依頼を受けてくれるって、聞いたけど…?」

「はぁ…一体どこでそれを?」

少年は気まずそうに顔を伏せ、暫く黙ってしまう。

「……昔からの友人、聞いたのは…ついこの間」


今だ俯いたままの少年を見かねて、ルツが間に入ってくる。

「まあ、困ってるのには違いなさそうだし、手伝ってあげようよ」

全くこいつは…何でもかんでも受け入れる。

しかし、こうなったルツは意外と頑固で厄介だ。

どれほど意見しても、揺れるどころか無視して頼み事を受けてしまう。

実際、こうなったルツを止められた試しがない。


仕方なく諦めた俺を横目に、ルツはさらに依頼の詳細を聞き出す。

「それで…どこに行けばいいんですか?」

それに少年は、無言で地図を差し出し、指で指し示す。

示された場所は、この町から西へ行ったところの小さな村。

そこで一つの疑問が生じる。

本来そこはドラゴンなんて、高位の魔物が生息している場所じゃない筈だ。

少し…いや、かなり面倒なことに首を突っ込んだ気がする。


「…分かりました、暫くしたら出発し」

「待て、もう一つ聞きたいことがある」

完全に承諾しようとするルツを遮り、今度は俺が問う。

「…何故お前が戦わない?」

その言葉に、少年は眉をひそめる。

依頼の話が来る前から気付いていたことだ。

雰囲気、気配、立ち振る舞い、みたところ相当な実力者の筈だ。

だからこそ、こちらの実力も見抜け、その上で依頼したんだろう。

「………」

再度少年は俯き、黙り込む。

「ヴァイス、それを聞くのは野暮だよ」

「危険はなるべく排除するべきだ」

「それは…そうだけど……」


不意に少年が首を横に振った。

「もう戦いたくない…って言ったら、笑われる?」

そう言った少年は未だに俯いたままで、フードに隠れて表情が見えない。

しかし、それでも酷く苦しそうなのは伝わってきた。

過去に何かあったのか、確かにこれを聞くのは野暮だ。

「…仕方ない、引き受けてやる」

俺の言葉に驚くルツ、ここまで来て断るとでも思っていたんだろうか。

「引き受けたところで、どうせ働くのはルツだからな」

「あぁ、まあ、手伝ってはくれないよね、うん…期待はしてなかったよ」

そう言った本人は、苦笑いを浮かべていた。





辺りを見渡して溜息をつく。

散乱している瓦礫、至る所にこびり付いた赤黒い血。

「着いたは良いが…これは…」

こんな小さな村だ、被害は大きいだろうと思っていたが、ここまで酷いとは。

案の定ルツはその場で呆然としている。

「……小さな村だから、戦える人もいない…だからこう、なってしまった」

こうは言っているものの、依頼者本人はあまり表情が変わっていない。

それは、それ相応の覚悟を持ってここに来たからか、特に興味がないからなのか。

と、不意に向けられる殺気、どうやらドラゴンに気取られたらしい。

先程まで呆然としていたルツも、それに気付いたようで、奥をじっと見つめている。

「とりあえず、ヴァイスはどこか物陰で下ろすからね」

「ああ、それで良い」


そこから少し歩くと、すぐにドラゴンの姿が見えた。

気付かれる前に、適当な物陰に隠れて観察する。

黒く分厚い鱗に鋭い鉤爪、身体と同じぐらい

の翼。

一般的なドラゴン、それも少し幼めか。

「ぎりぎり…ルツ一人でいけるか?」

しかしその問いにルツは応えない。

顔を見ると、普段しないような険しい表情。

暫くして、思い出したかのように俺を降ろす。

「保証は…出来ないなぁ…」

そう呟き、間髪入れずにここから飛び出した。


すぐに聞こえる鈍い音、どうやらバックアタックは決まったらしい。

ふと、少年と目が合った。

「君は…戦わないの?」

「動くのは面倒だ」

いつもの返答をして、会話を切るつもりだった。

「…………なんで?」

何故こいつは、ここで疑問を持ったんだ。

動くのが面倒なのは面倒なんだ、これ以上どう説明しろと言うのか。

「何かがあった?…辛い過去、とか」

「……っ!?」

考えたことがなかった。

自分自身のこの怠慢さが、過去のトラウマによるものだと。

もしそうだとしたら、俺は何を忘れ…。


「がぁっ!」

ルツの悲鳴が聞こえ、意識がこちらに戻ってくる。

確認してみると、爪に引き裂かれたのか、ルツの左足に中程度の傷が見えた。

まだ動けるだろうが、少し心配になる。

対してドラゴンには、あまり大きな傷は見られない。

このままなら長期戦になる、ルツがもつかどうか…。

「助け、ないの?」

「…お前に言われたくない」

少年は目を背け、黙り込んでしまう。

しかし、このままでは危険なのも事実、俺は舌打ちし、仕方なく助言してやることにした。


「ルツっ!目か喉、それか腹部を狙え!」

驚いた表情でこちらを見るルツ。

もちろん、大声で叫んだおかげで、ドラゴンにも気付かれてしまう。

ゆっくりとこちらに振り向き、突進するために構えたところで、頭部にルツの鋭い一撃を受ける。

「まさかアドバイスしてくれるなんてね、ヴァイスにもデレ期がきた?」

「黙れ阿呆」

冗談を言ってはいるものの、ルツの表情は未だ険しい。


ルツが一呼吸置いて構え直し、前を見据える。

恐らく、隙を探っているのだろう。

緊迫した空気の中、先に動いたのは相手の方だった。

大きく息を吸い込み、咆哮を放つ。

牽制の目的だったんだろうが、そこにあった隙をルツは見逃さなかった。

地を割るような轟音の中、ルツは耳も押さえずに一気に距離を詰め、そのまま背後に周り込む。

目の前から消えたことに焦ったのか、ドラゴンは尾での攻撃を試みたが、それをルツは跳躍して避けた。

そのまま空中で鎌を振り下ろす。

ドラゴンの額辺りに当たったものの、流石に目には当たらない。

ドラゴンの討伐には、もう暫くかかりそうか。





助言した時から小一時間程した辺りで、やっと戦闘が終わる。

大きな揺れと音を感じ、確認すると、土煙とともに黒いドラゴンが倒れていた。

次にルツを見ると、片膝をつき、肩で息をしているような状態。

少年が心配して駆け寄ると、遂には力を抜いて、地面に倒れてしまった。

「…大丈夫?」

「っ……ちょっと…これは、キツかった、ですかね……」

苦笑いしながら、なんとか答える。

まさに満身創痍というか、しかし命に関わるような大きな傷は見られない。

「…すみませんけど、一つ頼んでも良いですか?」

少年は首を傾げ、そのまま黙っている。

「多分僕一人で歩くのは大丈夫なんですけど、流石にヴァイスを背負うのは無理だと思うんですよね…」

つまりルツは、少年に俺を背負って帰って欲しいと言ってる。

少年は驚いたような呆れたような表情で、俺とルツを交互に見る。

やがて察したのか、溜息を吐いて了承した。


少し雑めに背負われながら、俺は俺自身に呆れていた。

俺の怠慢さは、ルツがこんな時でも発揮されるのかと。

それとも、やはり過去に何かあったのか。

そもそも記憶を忘れていたんだったか、憶えているのか。

考えが纏まらず、溜息を吐く。

「どうか…した?」

どうやら溜息に気付いたらしく、少年が問いかける。

「いや、なんでもない」

ああそうだ、考えるのはやめよう、そう考えを纏めた。

ヴィブリオに着いた頃には、もう既に夜になっていた。



[次の日]



「…それは?」

「外に置いてあったんだよ」

ルツが手に持っていたのは、小包と封筒。

封筒をルツから受け取り、開けてみる。

一枚の手紙に書いてあったことは、先日の謝罪とお礼、そして少年の名前。

「ノワールさん、か」

「黒猫…だな」

「え?」

意図が分かっていないルツを放って置いて、いつもの仕事に戻る。

ちなみに小包の中身は、傷薬等だった。

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