5冊目「コシュマール」
呻き声が聞こえる…。
影は少し戸惑い、苦しむ彼に声をかけた。
5冊目「コシュマール」
暗い空間、ぼんやりとした意識の中で理解する状況。
傷ついた手につけられた枷を見つめ、捕まっていることがわかる。
思い金属音が聞こえ、扉が開く。
入って来たのは15歳位の少年、紫がかった白髪と あどけない笑みに、どこか不安を覚えた
。
「時間だよ、おいで」
俺はその言葉に従い、ゆっくりと立ち上がった。
少年が肩に触れ、俯いていた俺の顔を覗き込む。
「相変わらず濁ってるね、君の眼は」
否定はしない、いや 出来ない、ここに入れられて何百年、希望なんてものはすでになくなった。
と考えて思い直す、いや 数年程度だったか、そもそも人間は百年も生きられないんだと、それは判断力さえ鈍っていることを意味していた。
「ほら、つっ立ってないで」
手招きをする少年の姿が見えた。
薄暗い廊下に響く足音、青白く照らされる少年の顔は、さも楽しそうに笑っていた。
「でね、その実験体が……って、少しは聞きなよ」
「興味はない……」
やっとの事で出した声は、思っていたよりかすれていた。
「敬語」
こうは言ったものの、当の本人はそれほど怒ってはいない、きっとそれは1ヶ月間 一言も話さなかった俺が話したからだろう。
「興味はない…です」
ただ、命令に背くわけにはいかないから、言い直すことになるが。
延々と続く廊下の途中、他の扉より一回り大きい扉の前で、少年が不意に止まった。
「そうだ、最近入って来た実験体がいるんだ、紹介するよ」
有無を言わせずに開いた扉の先には、17歳位の銀髪の少年が、鎖で縛られていた。
「調子はどう、死神さん」
死神と呼ばれた銀髪の少年は、微かに頭を上げ、少年を睨みつけた。
恐らく彼は入って来たばかり故に、希望が…
抵抗が出来るんだろう。
「ふふ、そのうち君もコレみたいになるよ」
そう言って少年は俺の肩を叩いた。
あの銀髪の少年とは正反対な、俺の濁った眼で彼を観る。
彼もそれに気付いたようで、蒼く澄んだ眼で睨んできた。
「随分 濁っているな…」
「………あぁ、自分でもそう思う」
応える予定ではなかった。
だと言うのに口から出た声、それは思いのほか自分の心に突き刺さった。
「それじゃあね」
軽く別れの挨拶をし、少年は扉を閉じた。
ふと脳裏に浮かぶ疑問、今は何時なんだろうか。
普段はこんな事に興味は無いはずだというのに、そもそも何故俺は此処に捕まっているんだ。
「…それには答えられないね」
心を詠んだかのように少年が話し出す。
「君にその権利はないよ、いつも通りにすごす…それが唯一 君に許された行動」
その顔にいつもの笑みはなく、恐ろしく淡々と、感情が無いかのように話す。
「そう…ですか」
先程の疑問が消えていく、俺はまだ暫くここに止まらなくてはならないらしい。
…止まる?、それでは俺が自分の意思で此処にいるかのようじゃないか。
「影!」
名前を呼ばれ思考が止まる、これ以上の推測はやめよう、どうでも良いことだ。
やがてたどり着いた廊下の奥、天井まで届く大きな扉、それは鎖で何重にも封じられていた。
「今日はね、君の……に合わせてあげようって思ったんだ」
……?、肝心な部分が上手く聞き取れない、まるでその瞬間だけ音が遮断されたかのようで。
「ほら、喜びなよ」
数分の沈黙、この先に居るのが誰かは知らないが、どうしても喜ぶ気になれない、そもそも感情なんてもの、とうの昔に捨てたんだ。
少年が鎖に手をかける…否、鎖の一部についていた鍵に手をのばす。
重い金属音は廊下に響き、扉の鎖は傍に落ちた。
そして広がる中の光景は、何故か見覚えのあるものだった。
いや見覚えがあるのも当然だ、この光景は俺の部屋とまったく同じだった。
部屋の真ん中に青髪の少年、その手には枷がついていて、他には特に拘束具は着いていない。
ふと彼が顔をあげる。
「…え」
俺を不思議そうに見つめていた彼は、しだいに驚いた表情になっていった。
ただそれを見つめていた俺の背が不意に押され、数歩前に出る。
立ち止まった瞬間、目の前の彼は急に立ち上がり、俺の近くまで来て……そして泣いていた。
「ごめん、本当にごめん…!」
突然の謝罪、俺はこいつを知らない筈だというのに、目の前の彼は俺を知っているかのように、昔からの友人のように接する。
「僕の…せいで……」
「何なんだお前は…初対面のはずだが?」
それを聞き、目の前の彼は更に謝罪をする。
「謝るな、やめてくれ…」
何故か自然と出てくる拒絶、それでも止まない謝罪、そして俺の意識はゆっくりと暗転していった。
「ヴァイス…!」
名を呼ばれ 勢いよく起き上がった瞬間、頭に響く鈍痛。
「「いっ……!」」
目の前をよく確かめてみると、同じく頭を抑えているルツがいた。
「勢いよく起きないでよ」
「いや、いきなり呼ばれたから何かと思って……」
そう言いながら時間を確かめる、12時23分…いつもより遅い起床だ。
「いきなり?、僕 何回も呼んだんだけど、うなされてた みたいだったから」
うなされてた か、そういえば何か夢を見ていた気がするが…。
「何を見ていたんだったか」
「…大丈夫?」
ルツが心配そうに顔を覗き込む、ゆらり と揺らめく思考。
「なんとなく気分が悪い、俺はもう一回寝てくるから、仕事は任せた」
「うん、分かった」
布団をかけ、目を瞑る。
「おやすみ」
ルツの声が聞こえ、そしてすぐに眠りについた。