4冊目「ソワン」
珍しい騒がしさ。
彼らに久しぶりの「客」がきていた。
4冊目「ソワン」
「いやぁ、悪いな」
「構わん、どうせ働くのは彼奴だからな」
仄暗い空間に映える緑髪、久しぶりに来た真面な客は、梯子に登り本を探すルツを見て苦笑いしていた。
「いや、彼奴、お前の兄弟か何かだろう?」
「…奴隷だ」
確かこいつの名は「フォル」といったか?、彼はそれからしばらく沈黙してしまった。
フォルに頼まれたのは、治癒学の本。
どうも即効で治癒術を使うには(以下略)とかのようで、イマイチ理解できなかったが、今までの方法だと発動に時間がかかるらしく、重傷者の場合 発動する前に手遅れになる…と言っていた。
「まぁ、既に出版された本にそんなこと、載ってるとは思ってないんだけどな」
彼は虚空を見つめ、何かを追憶しながらそう呟いた。
「足掻くのか?、どうせ無理なものを」
想像より冷たい声、内心 自分でも驚いてしまう。
フォルは少し困ったような表情をして、数分の沈黙の後に答えた。
「なんだ?、絶望は経験済みって言い方だな」
口調こそ軽いものの、フォルの表情は暗く重い。
「……これ以上聞くな」
過去を思い出しかけて…、催促を拒絶する。
フォルも理解したようで、これ以上は聞いてこなかったが、代わりに自分の過去を話し出した。
「親友を……失ったんだ」
苦しさを吐き出すように紡ぐ言葉、普段なら人の話など聞く耳を持たない俺ですら、フォルの話に聞き入っていた。
「シオンっていうんだ、冷たい性格でな、俺のこと嫌ってたな」
「とは言っても実際はそこまで悪い関係じゃないんだけどな、ほら いわゆるツンデレってやつだ」
微かに微笑むが、やはり表情は暗い。
「……で、2年前ぐらいにさ、殺されたんだよ」
「…誰に?」
問い、そして少し後悔する。
フォルの表情を見て察する、その顔からは先程の僅かな笑みすら消えていた。
暫くの沈黙の後に不意に答えた名前、それは聞き覚えのある名前だった。
「……イリスっていう奴だ」
思考が一瞬停止する、少ししてから鈍い音が聞こえ、それがルツが本を落としたからだと気付くのに、数秒かかった。
「どういう…こと?」
ルツの問いにフォルは少し驚き、何処か虚空を眺めた後、逆に問いかける。
「彼奴のこと、どこまで知ってるんだ?」
「どこまでって……」
ルツが説明している間、俺は1週間前のことを思い出す。
知っているもなにも、俺達の前に彼奴は現れた、意図の分からないことをするために。
そして彼奴は「合格」と言った、それの意味することは分からないままだが、これではっきり分かった事がある。
なんにせよ、彼奴に関わると面倒だと。
フォルは、説明し終わったルツを暫く見つめ、そしてシンプルに答えた。
「彼奴には、これ以上関わるな」
「言われなくてもそうするつもりだ」
だが、と続けて言う。
「彼奴からここに来るなら、どうしようも無いが…」
俺達がいくら拒んでいようと彼奴には関係無い、前回でもそうだった。
「そうか……」
そう呟いたフォルの表情は、思っていたより暗く、助けられないことを悔やむような、そんな表情だった。
それから数時間経ったが、結局 本は見つからなかった。
「すみません、結構探したんですが…」
「いや、普通にあるじゃないか…」
そう答えるフォルの手には、8冊ほどの治癒学の本。
ただ、治癒術を即効で使う方法は見つからず、ルツはそれを悔やんでいた。
「いいんだよ、俺が頼んだのは治癒学の本だから、…後は俺が探すつもりだったし」
不意にこちらを向き、そういえば と切り出すフォル。
「ヴァイスって、何処かシオンに似てるんだよなぁ…ほら、冷たいところとか」
俺と同じほど冷たい奴がいるのか、それは是非とも会いたくないものだ。
こう口に出そうとして、やめる。
最も、シオンは既に死んでいるんだった と。
「本を探してもらって、お礼の一つもないっていうのもあれだし…俺の住所でも教えようか?」
「何でそうなる」
別に迷惑でもないが、お礼に住所を教えるという発想が分からん、大丈夫かこいつ。
「何かあったら助けてやるってことだ、こう見えて上級魔術までなら使えるだぞ?」
上級魔術が使える、なるほど確かに相当の実力者だ。
その言葉に嘘がなければの話しだが、住所を教えるぐらいだ、嘘ではないと思う。
扉が閉まる音。
住所を教え終わると、フォルはすぐに帰って行った。
「住所を教えてもらったはいいが…随分遠いな」
いつもの静寂の中、俺達はフォルに教えられた住所を確かめていた。
ヴィブリオがあるこの街アガット、そこから北西にある隣国クリゾリート、さらに北に北に何国か先やっとたどり着くのが、フォルの住んでいる王都リュミエール。
「フォルさん、どうやって来たんだろう?」
「上級魔術が使えると言っていたから、転移魔術でも使ったのか、あるいは…」
「いや、この距離歩くのはとてもじゃないけど無理だよ、普段歩かないヴァイスには分からないだろうけど」
となると転移魔術が有力説か、そもそも そんな事には興味ないが。
[次の日]
記録帳を開き、昨日借りられた本の欄にチェックを付ける。
貸し出し期間は1ヶ月、8冊の本を16日かけて読むとして、のこり15日。
やはり転移魔術で来たんだろうな と推測を立て、いつもの作業に戻る。