2冊目「バレーヌ」
「幸せは自分で掴み取れ…か」
そう呟き、彼は1冊の本を読み終えた。
2冊目「バレーヌ」
1冊の本を読み終えた俺は、自分でも意識せずに呟いていた。
「ど、どうしたのさ、柄でもないことを言って…」
「…なんとなく、だ」
いつもなら言うはずのないことを言う、それは俺自身の過去を思い出したからなんだろう。
酷く曖昧な過去、孤児だった自分を、辛さすら忘れてしまった日々を、結局のところは思い出してなどいないような記憶なんだが。
その頃は、幸せなど考えたこともなかった。
「…ヴァイス?」
さっきの一言からピタリと動かなくなった俺を気遣ったのだろう、ルツは不安気に俺の顔を覗き込んでいた。
「…別に」
その一言を言うと同時に顔を背け、俺は管理の仕事に戻った。
午後2時過ぎ、そんな時間帯に慌ただしく開けられた扉から、可愛らしい(とルツは言うだろう)双子が飛びこんできた。
艶やかな黒髪をツインテールで結んでいる、おそらく8歳位の双子だ。
そして鏡写しにした様な外見、いや、鏡写しなのは外見だけでなく、2人の動作もまた鏡移しのようにピッタリと合わさっている。
「ねえねえ、お兄ちゃん聞いて聞いてっ!」
2人はルツに飛びつくと、目をキラキラさせながら話し出した。
「お空におっきなクジラさんが飛んでるの!」
「飛んでるの!」
2人の大げさなジェスチャー付きの説明を聞き、ルツは首をかしげていた。
「鯨が空を飛んでいる?」
「放っておけ、どうせ妄想か何かだろう」
俺の言葉に対して怒った双子は、ルツから離れるとすぐさま俺に寄ってくる。
「嘘じゃないもん!」
「嘘じゃないもん!」
「お兄ちゃんも来てよ!」
「来てよ!」
2人は俺の袖を掴むと、遠慮もなしにそのまま引っ張ってきた。
意外と子供の力は強いもので、抵抗しなかったとはいえ、俺は椅子ごと倒されてしまった。
……一応言っておくが、抵抗しないのは面倒だったからだ、決して俺が弱いわけではない。
「ヴァイス、最近 筋力低下してきたんじゃない?」
1人、理解していない奴がいたようだ。
「………」
「……………、は?」
空を見上げたまま、俺達は唖然としていた。
大きな見慣れた物体。
確かに鯨が空を飛んでいた、いや、どちらかというと泳いでいた。
白く巨大なそれは、ただ何をするわけでもなく単にこの街の上空を泳ぐだけ、こちらに向かって来るわけでもなければ、鳴き声をあげるわけでもない。
「ホントでしょ!?」
「ホントでしょ!?」
双子は俺達に肯定の言葉を求めているが、この光景を見た俺達には返事をする余裕なんてものは無かった。
「……帰るぞ」
少し時間が経ち、いつぞやと同じことをルツに言った。
「分かった、調べるんだね」
ルツも少しは進歩したようで、今回は俺の意図を察する。
「あらゆる書物が在る」と言われているヴィブリオなら、何らかの情報が見つかるのではないか、ということだ。
ヴィブリオにて、俺は積み上げられた古本の山を読みあさっていた。
生物図鑑から童話まで、果てはライトノベルをも速読する。
具体的にはどんなものを読んだか…は面倒なので省略するが、ある一冊の本にそれらしいことが載っていたので一部抜粋させてもらう。
「自然の魔力は人の心に影響され、一時的にその形を取ることがある」…とのことだ。
魔力については、また別の機会にでも説明するとして。
どうやらあの鯨は魔力のようだ、それもそれで信じ難い話なんだが。
それともう一つ、先ほどの本によると「また、魔力が何らかの形を取るには約王都三つ分の意思量が必要である」…となるようだ。
「…ということは、王都三つ分の人達が「白い鯨が見たい!」って思ったということ?」
「白い鯨ブームか?、…いや、それは無いな」
また別の何か、白い鯨と共通点があるもの。
結局なにも分からないので、放置することにした。
そもそも相手が魔力ならどうすることも出来ない、ついでに言うと面倒だ。
布団に潜り、寝ようとした間際に俺はあることを思い出した。
(幸せ…か)
[次の日]
ルツからの報告によれば、鯨は既に居なくなったらしい。
何故こんなことがあったのか、後に知ることになる気がする。