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ヴィブリオ  作者: 白影
2/8

1冊目「イニーツィオ」

「ルツ、12段目の奴を取ってくれ」

一人の少年が発した声が、広く薄暗い部屋に響いていく。


1冊目「イニーツィオ」


古い木の椅子に座ったまま俺は、見えない天井を見つめずに視えない誰かに命令をした。

しばらくの沈黙を挟み、その答えが返ってくる。

「ヴァイス、12段目なら自分で取れるんじゃ「無理だ」

返ってきた声に俺は即答する。

が、声の主は俺の答えが分かっていたんだろう、 ふわり と上から降りてきたそいつは俺の影、シュバルツだった。


その壁自体が本棚になっている塔ヴィブリオ、この世のあらゆる書物が在るといわれているこの場所の管理を任されたのが、当時14歳の俺達だった。

「あらゆる書物が在る」といわれているが実際のところは定かではない、なにせここ

ヴィブリオは全方位の壁が本棚になっていて、そのうえ12548段もある。

現在は122段までを把握してあるが、まだまだ先は長いものだ。


「ええっと、12段目の何?」

何を取ればいいのか分かっていない俺の影に、察せ と視線を送る。

「いや、それじゃあ分からないよ!」

「…科学理論だ」

自分で動く気はないのかと問われれば、動くつもりはないと答えるだろう、面倒なんだ。

移動する必要のあるすべての事柄をルツに任せている、故にルツは俺のパシリでもある。


ヴィブリオの本の多さ故に、たまに客がくることもある、大抵はちょっとした調べものだが、稀に取り扱い範囲外の「依頼」を持ってくる客もいる。


薄暗い空間に響くノックの音、少し間をあけて見知らぬ少女が入ってきた。

「すみません」

深みのある茶色の長髪を結わえている、凛とした面持ちのおそらく16歳あたりの少女。

その少女が入ってくると同時に、二人別々に答える。

「いらっしゃい」

「帰れ」

一人俺は拒否の意を、一人ルツは歓迎の意をそれぞれ示すが、ルツは俺の意を無視して彼女がここにきた理由をきいた。

「それで、どうしてここに?」

「あ、あぁ、それが…」


長かったから色々省くが、要するに「妹探し」だ、3日前に行方不明になった妹を探してほしいというものだ。

いわゆる「取り扱い範囲外の依頼」だ、当然俺は受けるつもりはない、「俺は」だ。

「分かった、引き受けるよ」

聞こえてきたのはルツの承諾の言葉だった。

こうして俺はルツのお人好しに付き合わされることとなる。



とは言ったものの、俺がすることはほとんどなく、あえて言うならルツに背負われることだ。

他人から見たら、ルツが俺に付き合わされている様に見えるだろうが、そうではない。

ルツは俺の影であるが故に俺の近くから動けなく、俺は何があっても動くつもりはない、となるとルツは俺を持っていく(背負っていく)しかなくなるわけだ。

それでも俺にとっては十分に迷惑だが。


「うーん、…全然見つからない」

遠くを見つめながら儚げにルツは呟く。

「当たり前だ、馬鹿かお前は」

そう、当たり前だ、なにせ聞き込み調査をしているわけでもなければ、事前に色々調べていたわけでもない。

分かっているのは行方不明の妹の外見、名前ぐらいだ。

名前はユミラ

深い茶色の髪、年齢は12歳、丁寧に写真までもらった。

ちなみに姉の方の名前はレミアというらしい。


「帰るぞ」

「え、でもまだ妹さんは…」

「いいから帰れ」

面倒を嫌う俺は、帰る理由を話さないが、おそらく察してくれるだろう。

「いや、でも…」

察してはくれなかったようだ、本当に使えない奴だ。

こうなっては不本意だが説明するしかなくなる、本当に不本意だが。



いつも通りの古木の香り、薄暗い部屋、ヴィブリオに帰ってきた俺達を迎えたのは、少し不安そうな表情のレミアだった。

「どうでしたか?」

「すみません、まだです」

そう、ですか、そう言いうつむいたレミアを見てルツは慌てて付け加える。

「あ、いや、大丈夫ですよ、ここへは調べ物をするために戻ってきただけですから」

俺を椅子に座らせ、ルツはそのまま話を続ける。

「あぁ、でもかなり時間がかかると思うんです、なので先に帰っていてもらえますか、明日の朝に訪ねてくれれば………(以下略)」

ルツがこう言うのは理由がある。

ルツの探し方だ。

122段もある本棚から1冊の本を探すとなると、スムーズな移動が必要になる、故にルツは浮遊して移動するが、それが問題だった。

いくらこの世界でも、魔術の発動無しに浮遊する方法はない。

だから魔術の発動無しに浮遊しているルツを見られるのはまずいということだ。



調べ物が終わった俺達は、とある場所にきていた。

一定のリズムで繰り返される波の音、塩の香り、海だ。

もう少し詳しく言うなら、崖下の洞窟だ。

「調べた限りじゃ、この先だと思うんだけど…」

調べた結果、「ガーゴイル(魔物)の餌として連れさられた」という結論に至った。

ただ、不幸中の幸いで、この魔物は餌を溜めておく習性があるから、ユミラが喰われている可能性は低い。


まだ昼だというのに洞窟の中は暗く、目を凝らさなければ見えないほどだった。

が、決して深い洞窟ではなく、数mで最深部に着くような浅い洞窟だ。


「っ!」

不意に見えた赤い光、それと同時に高速で飛んできた何かを、ルツは右足を軸にして半回転するように避ける。

その何かは、俺達が見える距離に止まるとゆっくりとこちらに振り向いた。

前かがみの状態の二足歩行と背中に生えている翼、灰色の皮、間違いなくガーゴイルだ。

「ヴァイス、降ろしていい?」

「阿保か、そうしたら濡れるだろう」

なにせここは海辺の洞窟だ、至る所が水浸しだ。

そんな所に座れば濡れるのは当たり前、勿論立つつもりはない。


結局、俺を背負ったまま戦うことになったルツは、それでもかなりの身体能力をみせた。

踏み込み、ほぼ一瞬で間を詰め、自分より大きなガーゴイルを蹴り飛ばし、さらに次の瞬間には武器である鎌を振りかざしている。

そんなルツにとってガーゴイルは雑魚でしかなかった。

ほぼ虫の息のガーゴイルにとどめを刺し、俺達はユミラを探すことにした。

と言ってもすぐに見つかったのだが。

ユミラはこの洞窟の最深部で気を失っていた。



[次の日]



「ありがとうございます!」

深い眠りを裂くように聞こえてきたのは、お礼の言葉だった。

おそらくレミアが妹を引き取りにきたんだろう、そんなことを考えながら1度も目を開けずに俺は再び深い眠りについた。










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