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朝、通勤ラッシュが始まる時間を見計らって、二人は行動した。
武蔵村山市にあるエフ研究所に向かった。市役所の裏手に、広大な敷地があり、中は簡単にのぞけないようになっていた。一見すると、刑務所のようにも見える。
「表向きはただの工場のようだけど、中身は日本を動かすほどの力がある組織よ。その実情はトップシークレット」
「そんな場所にどうやって侵入するんだ?」
「それは未来から来た私に任せて!」
ヒカルの腕時計には、建物の設計図がモニタリングできるようになっていた。そこには侵入しやすい通路も記載されていた。
正面の入り口から社員が出入りしている様子を観察する・・・か。
朝の出勤で、会社の玄関は、人が頻繁に入っていく。何の変鉄もない会社の入り口だが、玄関で皆立ち止まっているのがわかる。
「何を調べて中に入っているのかしら?あれは恐らく身体検査だよ、空港とかにあるレントゲンゲートだよ、不審なものの持ち込みを監視しているんだ、その先に個人を特定するID装置があるんだろうなきっと。厳しそうだよ、ここから入るのは」
「アキラの情報にもそう書いてあるわ」。
「そうなんだ、じゃあ何でここにいるんだ?」
「いいから見てて!」
そこに、一台の車が近づいてきた。
「時間通りね!」
ヒカリは左腕の装置を見て言った。
「あれは?」
「役員のリムジンよ、あの車が来たら警備が軽くなるらしいわ、役員が通るのと同時に、隣のゲートを通ればいいって」。
「その先のセキュリティはどうするんたい?」
「あなたはあの施設に入れる指紋認証を持っているわ、アキラがあらかじめ用意してくれてる。問題は私なの。私があのゲートをくぐっても、データだから何も映らないのよ、指紋も駄目」。
「とにかく急いで!」
二人は玄関に向かった。
役員の男は、杖を付き、ゲートを通ろうとしていた。
「すいません、遅れちゃう!」
適当な独り言と共に隣のゲートをささっと通過した。
「早く早く!」
ヒカルはタカシに手招きをした。
警備員が、不審な顔をしたが、タカシの指紋認証が通ると何も言わなかった。
「ちょっとひやっとしたね!でも案外簡単に入れちゃったな」
タカシはホッと胸を撫で下ろした。
「この時代のセキュリティーはもろいものよ、その気になれば私だって破れちゃうわ、それにまだこの時代の日本は平和だもの、平和ボケね」
ヒカルはモニタを見ながら話した。
「タカシ、こっち」。
装置に映るホログラムを見ながらヒカルは指差した。
「ここが弾薬庫よ・・・ここで、爆弾を調達するわ。ただ、ここに許可がない人が入ると直ぐ通報がかかるの。あなたが入る許可は取っているから、警報はならいけど、直ぐに調べらてしまうと思うわ」。
「じゃ、入ったら急げということだね」。
ヒカルはうなずいた。
「じゃ、開けるよ」。
二人は弾薬庫の中に入った。
そこから起爆装置と、プラスチック爆弾を数個持ち出した。
「後はブレインがある部屋に急いでむかいましょう!」
弾薬庫の扉を開け、外に出たその時だった。
体が足元から消え始めた。
「しまった、ボックスの入り口がこんなところに!」
「わ、わ、わ!」
「いい!これからプログラムの中にはいるわ。気をつけて!」
気をつけてと言われても・・・。
次の瞬間、二人は薄暗い茂みのような場所に立っていた。都会では聞きなれない生き物の鳴き声がこだましている。
「あり得ないあり得ない、ここは研究所・・・」。
タカシは自分に言い聞かすように独り言を呟いた。
何処までも高く伸びた亜熱帯の樹木が、二人を囲むように生い茂っていた。その先から今にも顔を出しそうな物体は、二人とも同じものを想像していた。
「やっぱりあれが襲ってくるのかな?」
「そうね、幽霊が襲って来る雰囲気ではないわね」。
ウォー
鳴き声と共に、地震のような地響きが二人の体を震わせた。
巨大な顔が、鋭い牙をむき出しにして現れた。樹木を簡単になぎ倒し、目の前で吠え立てる様は、どうみてもバーチャルには見えず、その恐竜の叫び声の振動と、驚きとで心臓が止まりそうになった。
身動きがとれないまま、硬直しているタカシに、大きな口が迫って来た。
「うわー!」
思わず目をつぶると、タカシの頭上寸前で恐竜の動きはびたりと止まった。
「え?ダウンロード中?」
「早く逃げて!」
ヒカルが叫んだ。
「とりあえず、ここから出ましょう!」
「プログラムが不安定な今がチャンスよ!」
ヒカルは辺りを見回した。
プログラムが不完全な状態の世界には、まるで靴下に空いた穴のように現実世界に繋がる入り口が点在する。
「こっちよ、早く!」
「いい、ここを潜るけど、少し心臓がドキドキすりるかも、息を止めると楽よ」。
そうタカシにアドバイスすると、急いでプログラムの穴を抜けた。
一瞬の立ちくらみの後、気がつくと二人は廊下に立っていた。
「急いで、こっち!」
まだ警報は鳴っていない。ヒカルの装置では、ブレインがある部屋まで後100メートル程だった。
―2052年(未来)―
「クソッ、 少し性能が足りんか・・・」。
過去で動くプログラムだけに、コンピューターにも相当な力を必要としていた。
「パパ、過去の世界にあるブレインボックスにアクセスして攻撃できないの?」
「ん...」
息子の言葉に軽い合図ちを打つと、眼鏡の縁が一瞬、無気味に輝いた。
ー2012年 現代ー
「あれが初期型ブレインボックス・・」
部屋に入ると、それがどれかはすぐにわかった。
張り巡らされた配線やチューブの黒い色とボディーのメインカラーである赤が複雑に絡み合う、長さ10メートル、高さ5メートル程の巨大なオブジェのような機体が、重く存在感を見せつけながら部屋の中央に位置していた。
ヒカルは、まるで博物館に飾られた美術品を見つめるように、そのグロテスクな機体を凝視した。
「急ごう」
二人は、プラスチック爆弾をブレインの機体にセットしていった。
「ブレインと、その設計図を破壊すれば、機械を再度開発する事は難しく、同じ研究に最低10年費やす事になる、そして私が住む世界ではなくなるわ」
「10年後に同じものが完成するのに、その先の世界は安全なのかい?」
「それはなってみないと分からない。でも、あなた達が安全にしてくれればいい。生きている人は、未来を安全にする責任があるでしょ?」
そう言ってヒカルは微笑んだ。
「あとはここを出ましょう、警報を鳴らして、中にいる人を建物から出しましょう!」
その時、
「うわっ」
ーグイーンー
ブレインが大きな音を立てて動きだし、辺りが眩しく輝いた。
「ここは?」
新宿の高層ビルから見る夜景のような世界が目の前に広がっていた。ただ新宿と違う所は、どんより暗い空気と、車のような飛行物体が無数に空を飛んでいる所だった。
「近未来の世界?」
そこにはまるでSF映画に出てくるような近未来都市が広がっていた。
「2019年・・・きょうりょくわかもと?」
ビルの壁面に設置された大きなモニターに、芸者のような女性がアップで映っていた。商品のコマーシャルのようだ。
「あと7年でこんな世界になるかなー。」
こんな混乱には多少慣れたのか、タカシは独り言のように呟いた。
「君の時代も車が飛んだりして、こんな感じなのかい?」
「いいえ、車って、人を運ぶものでしょ?博物館で見たわ。私の時代の移動手段は、転送装置よ、車とか、飛行機とか、とっくの昔に無くなったわ」
「じゃあ、車は無いのかぁ、デートもつまらないな」
「ブレインの中で乗ったことはあるわ、F1ってやつ、あれでデートするの?とてもひどい乗り心地だった」
「...」
「ブレインの中に入ったわ。この世界のレベル・・90%」。
「その90%というレベルは、高いみたいだけど、体に与える影響は?」
「ほぼ現実で受けるものと同じ感覚を脳が感じるわ・・・未来のプログラムがブレイン初期型1号にアクセスして作っている世界ということね。
先ほどの不安定な恐竜のプログラムと比べると安定している、初期型と言ってもブレインが影響している、はるかに危険な世界ね・・・」
ヒカルは腕にはめた装置を使ってこの世界の分析をした。
「ブレードランナー?」
プログラムのメインネームにそう記されていた。
「知ってる?」
「ああ、有名な昔のSF映画だよ、ハリソンフォードが出てるやつ。そう言えば・・・」
「そう、その映画がこの世界の舞台になってるわ」。
真夜中なのだろうか、暗い高層ビルの屋上の様な所に二人は立っていた。
ーそれにしてもまた高い所か・・・ー
しかし、今回の高さは先ほどの10階程度の高さとは桁が違いそうだ。
タカシは、ビルの下を覗きこんだ。
「下見えないし・・・」。
眼下に広がる異様な型のビルの隙間にには、雲なのか、霧なのかが辺りを覆い、地上が見えない。ただ、相当高い建物という事は想像できた。
「この映画、どういう物語?」
「確か、レプリカントというロボットが反逆を起こしてそれをブレードランナーという主人公が追いかける・・・みたいな」。
「じゃあ、あそこで銃を持って立っている人は見方?」
ビルの反対側に、薄暗い闇の中から昭明で浮かび上がるシルエットが見えた。ロングコートをまとい、右手にはゴツい銃を握っている。
「うわ!あれは絶対ハリソンフォードだよ!彼はこの映画の主役!ブレードランナー!もちろん見方さ...?」
ハリウッドスターが、ヒーローのまま、正に理想の形で目の前にいる。映画好きなタカシは、まるで夢を見ているような胸の高なりを覚えたが、ハリソンは少し首を傾げたような仕草をすると、二人に向けてゆっくり銃口を向けた。
「や、やっぱり俺たちはレプリカントだったみたい」。
タカシがそう呟くと、
「こっち!」
ヒカルがそう叫んだ。
「こっちって、どっち?道なんて...」
ヒカルはビルの外を指差して叫んだ。そっちって、まさか・・
「そう、飛び降りて!」
「飛び降りたら死んじゃうよ!」
ーこんな高さから飛び降りてどうやって助かる想像すればいいんだ!ー
「大丈夫、設定ではこのビルは高さが千メートル以上あるから、10秒は飛んでいられるわ!その間に出口探すから!」
ヒカリは、そう言ってウインクした。
「めちゃくちゃだなー」
バーン
ハリソンは銃声を轟かせながらこちらに向かって走ってきた。
「一瞬でいいから顔みたいなー、あるいはちょっと握手でも・・・」
「なにバカなこと言ってるの、早くしなさい!」
二人は何処までも続く暗闇の目の前に立った。
「飛び降りながら出口を探すなんて出来るのか??」
「大丈夫、もう出口はロックしたわ、後13秒!」
「13秒?だってさっき10秒飛べるって・・・?」
「いいからいいから、飛び降りて!ビルに頭ぶつけないようにね!」
そう言ってヒカルはタカシの背中を思い切り突き飛ばした。
「わ、わ、わー」。
ーこの悪夢2度目だよ!ー
二人はまっ逆さまに暗闇に吸い込まれていった。
「うわー!」
ースカイダイビングなんてやったことないのに、いきなりビルから落ちるって・・・ー
数秒が経過しただろうか、目の前に宝石を散りばめたような町の明かりが見えてきた。
ーまだ5秒も経ってないような・・・このままぶつかれば跡形も無くバラバラだ!ー
「うわ、うわー!」
気がつくと地面にうつ伏せで寝転がっていた。タカシが起きようとするとなかなか体が動かない。地面に何か粘着物で張り付いているようだ。
「ちょっと、ヒカリ、コレナニ?」
「出られてないみたい、また違う映画の中にいるのかな」
体は糸を引く協力なジェルみたいなもので地面に張り付いている。この手の映画は、きっとコメディーではないことは想像がつく。
「ヒカルさん、早く出口を探した方が良さそうだよ...」
回りを見ると、腰の高さほどの卵のような物体がびっしりと暗い洞窟のような所に敷き詰められていた。タカシは映画好きなだけに、この世界も恐らく、という想像はついていた。
「言われなくてもやってるわよ!」
ヒカルも、この雰囲気が怖い映画の世界だということはすぐに分かった。
ーカサカサー
虫が這うような音が、卵の中から聞こえている。
「ヒカル、エイリアンって知ってる?」
静かな声でヒカルに聞いた。
「宇宙人のこと?」
「わかった、早く出口を探して下さい」
卵に隠れるように周りを見渡すと、洞窟の壁には暗くてよくみえないが人のような物体が、やはり自分と同じようなジェルに包まれている。
反対側、洞窟の中央を見ると、大きな影が静かに動いているのが見えた。
「ツーだ、これはツーだ」
タカシは何故か気持ちホッとした。最初の作品、ワンだったら、会った途端、いや、知らないうちに殺されてしまいそうだが、これなら少し希望がありそうな気がした。
「ヒカル、どう?」
「Ok!ロック完了、エイリアン2?怖そうな映画ね」
「ヒカル、あと何秒?」
「30秒」
「30秒?長いよ!」
「仕方ないでしょ、チョット複雑にしてある、敵も学習してるわ」
「アチャー!」
突然、タカシの膝に激痛が走った!前を見ると、エイリアンが今にも噛みつく姿でヨダレを垂らしていた。よだれは地面に垂れ、タカシの足に跳ねていたのだ。
「わわ、まずいよー!」
タカシは膝に穴が開くような激痛も忘れ、後ろ向きで、犬のように四つん這いで逃げ出した。
ーガーンー
タカシは、研究室の壁に思い切り頭をぶつけて倒れた。
「ワォ、間一髪、危なかったわね!」
「いってー、あ、危なかったというか、俺にとっては手遅れだったよ!」
スリルを楽しむようにしている、嬉しそうなヒカルの横顔を見て、タカシはとりあえずほっとした。
「ってほっとしている場合じゃないわ!」
ヒカルは壁に設置された非常用ベルを押した。
ーファーン、ファーン!ー
ー警報が鳴りました、火事です、作業員の方は、直ちに建物から出てください・・・ー
けたたましいサイレンと共に、場内アナウンスが鳴り響いた。
「君たちは何をしているんだ!」
「あなたは・・・ミネルバ博士」
ヒカリは驚いた表情でたたずむ老人を見た。
「博士?」
「彼はブレインの開発者よ」
ヒカルはタカシに言った。
「何故私の名を?」
ヒカルは腕にはめた装置を博士の頭に向けた。
「博士、あなたにビジョンを見せるわ」。
装置から一本の光が博士の額に照射された。
「い、今のは何だね!」
博士は驚いた表情で聞いてきた。
「これがあなたの開発したブレインが引き起こす未来の姿よ」。
「君たちは、未来から来たのか・・・」