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ー2052年 追跡ー
マサルはブレインから出ると、ボックスに直結しているヘッドギアを外した。そしてズキズキと痛みを感じる脳を押さえるように考え込んでいた。
「彼女は死んでいない・・・だとすると、消えた?転送できないようにプログラムを組んでいたのに・・どうして」。
自宅の部屋のパソコンからボックスの中に接続していた彼は、部屋を出ると階段を急いで降りた。
下の部屋には父親がいた。どうしてもその謎が解きたい。彼は父親に相談する事にした。
「パパ!いるの?」。
ドアを開けると、 父は書斎のデスクで一人パソコンのモニターを見つめていた。メガネに映ったモニターの青い画面が、不気味に輝いていた。
「マサル、どうしたんだ慌てて、・・・」。
「パパ、追跡したい奴がいるんだ。ブレインマスターの女でこの間僕を捕まえた奴だよ。ボックスの中で消えたんだ」。
「ブレインマスターか・・・」。
彼の父はサイバーテクノ社の創設者の息子で、ブレインボックスのソフトを開発している会社"bird"の社長 真紀谷肇だった。ブレイン関係の会社ではハードを手がけるサイバーテクノ社を抜き、業界一位で世界的にも大きな影響力を持っていた。
ブレインマスターに対しては表向き協力的だが、モハドからの力を受け継いでいるマスターの体制を裏で根絶しようと働いていた。
「ブレインのプログラムの中で消えたとすると、その女はデータとして転送された事になるな」。
「どこに行ったかわかる?」
「考えられる事は2つだ。他のボックスに移ったか、あるいは過去に転送されたか・・・。」
「じゃあ、きっと過去に転送されたんだよパパ!僕のプログラムは他のボックスに行けない仕組みになっていたんだ!」
「そうか・・・そうなると場合によっては大変な事になるな、マサル。しかしマスターの中にそこまでやる奴がいたのか・・・」
マキヤハジメは、グラスに一口残ったインド産のウイスキーを一気に口に運び、続けて話した。
「お前のボックスのプログラムを持ってきなさい。こんな日の為に作っておいたプログラムがある。お前のボックスに彼女が抜けたホールがあるはずだ。そこからこのプログラムで追跡できる。女の行動を止めるんだ。追跡と攻撃にはこのコンピューターを使えばいい」。
マサルは急いで2階へ上がると、ボックスのデータをパソコンから抜き出した。
「ボックスはこれだよ」。
一枚のCDには、ボックスの入り口に繋げるプログラムが入っていた。実際のプログラムはネット上のサーバーに構築されている。
「よし、渡しなさい」。
ここにある父親のパソコンは、会社のホストコンピューターに繋がっていた。それは、世界で一番巨大な力を持つコンピューターがそこにある事を意味していた。父親は、息子から受け取ったCDをスロットに入れると、ラン経由でボックスプログラムに繋げた。そして特殊なソフトを立ち上げると、データの分析を開始した。
ディスプレイには、膨大なプログラムのソース(命令文)が、めまぐるしくスクロールしながら画面上から下へと流れ、それと同時にマサルが作ったあの忌まわしいボックスの中身を解読していった。
解読を始めてから30秒程で、ディスプレイに一行の不規則な数字の配列を見つけ出した。
「パパすごい、もうホールをみつけたの?」
「ああ、しかし後10分でこのホールは過去に繋がるぞ。繋がった時点で女が過去を変える影響をその時代に与えれば、このホールは塞がり始める。完全に塞がってしまえば女のいる世界には二度と影響を与えられない。それどころか、今私たちが住む世界が消えて無くなるかもしれない。それは避けなければならない、行動を起こす前に抹殺せねば・・・」。
彼の目はさっきの優しそうな父親の目とはまるで違い、サタンのように血走りながら、そのモニターを食い入るように見ていた。その表情は焦っているというよりは、獲物を見つけ、これから喰らい付こうとする蛇のように無機質で不気味な笑みが含まれた形相だった。マサルでさえ、今の父の顔は恐ろしいと感じ、身震いする程だった。
「彼女が向かった先は40年前か・・・間違いない、ブレインコントロールを破壊しに行ったな」。
めまぐるしく動く画面と無数の虫が這うようなキーボードを叩く音が、容赦なくPCの頭脳に付加をかけていった。
「10分で彼女を阻止するようなプログラムの転送を終わらせるには、このコンピューターでも辛いものがあるな・・・」。
父親は携帯を手にすると、発信ボタンを押した。
「ああ、私だ。今すぐに全会社のコンピューターの作業を中止し、私のパソコンにCPUを繋げてくれ。ああ、今すぐだ。それと、国防長官に非常事態だと連絡してくれ。マスターの一人がこの世界を消そうとしている。国からもバックアップを頼むと・・・」。
そう言って電話を切った。
「これである程度の攻撃プログラムを送る事ができる。国防省も非常事態のプログラムを送るだろう。小娘一人だ。心配ないだろう・・・。ブレインマスターもこれでおしまいだな」。
そう言うと、勝利を確信したようにうすら笑みを浮かべた。
「しかし、お前のプログラムはロクなものではないな・・・まあいい、あまり悪戯な事はするな」。
「ごめんなさい・・・」。
ー2052年 アキラ指名手配ー
ジェイドが身に付けたサングラス型の無線が反応した。
「ん、本部から、緊急連絡だ」。
サングラスの裏に映し出されるモニターに、本部からの情報が映し出された。
そこには、緊急指名手配犯の情報と、顔写真が表示された。その瞬間、ジェイドは自分の目を疑った。
「あ・・・、アキラ、お前に逮捕状が出てるぞ、容疑は・・国家反逆罪」。
「そうか。それにしても気付かれるのが随分早かったな」。
ジェイドは焦っていたが、ある程度の事態の把握はしていた。
「アキラ、どうする?こうなったらお前もヒカルのサポートをしなければならないだろう」。
「そうだな、今捕まるわけにはいかない」。
「俺はお前をみなかった事にする。早く行け!」
「いいのか?俺が今何をしたのか、分かっているのか?」
アキラは、ジェイドを騙しているような気がしていた。ここから逃げる気ではいるが、友達であるジェイドの気持ちを聞きたかった。
「ああ、詳しいことはサッパリだが、お前の事だからたぶん、この世界でも吹っ飛ばそうとしてるんだろう。それでもいいさ、お前には昔から助けられたからな。あと30分後にどうなるか、少しは気になるが、聞いたら俺の気が変るかも知れない。それは聞かないでおこう」。
「ありがとう、ジェイド、また会おう」。
アキラの言葉にジェイドは笑みを浮かべた。
「ふっ、心にも無いこと言うな・・・」。
アキラはジェイドと拳を会わせると、ノートを抱えて走り去った。
「また会おう・・・か」。
ジェイドはそう言うと苦笑いを浮かべ、最後のタバコに火をつけた。
―2012年 現代―
その派手な、広いベッドに座ると、彼女はちょっとした考えるポーズをとって見せた。そして、ゆっくり話し始めた。
「まず、何から話したらいいかしら…私は…未来から来たのよ」。
彼女の突拍子もない話に俺はあっけにとられ、きっと今、目を丸くしている。
「未来から?それは面白い話しなのかい?」。
「冗談じゃないのよ…その、つまり、あなた!私よ、ヒカリ!あなたは私を知っているはずよ!」。
「本当に未来から来たって?じゃ、タイムマシーンに乗って来たの?」。
俺は性格上こういう話には馴染みやすい人間だ。到底信じがたい話しだが、そんな話しには作り話だとしても、とても興味がある。
「タイムマシーンじゃなくて、ブレインコントロールよ」。
「ブレインコントロールって、君、あの本読んだの?…あ、分かったぞ!あの本のファンなの?で、あの本書いたの俺って事、何かで知って、それで俺に会って見たくなったって訳?」。
「違う!!」。
彼女はものすごい迫力で怒鳴った。彼女は真剣だ。
「お願いだから、私の話しを黙って聞いて!」。
俺は静かにうなずいた。
俺はどうも話しの筋を勝手に先読みする悪い癖がある。それに気付き、少し反省した。そしてなにより、静かに聞けっていう彼女に歯向かうと、ちょっと怖そうだ。
「じゃ、順を追って話すわ…。私は、2052年からこの時代に来たの。私の時代で、あなたの小説に書いてある事が現実に起こっているのよ。そして、私はそれを止める為にこの時代に来たの…」。
彼女は、自分がここに来た一部始終を話し始めた。
始めは半信半疑で聞いていたが、話の途中で、俺が忘れていたある重大な事に気がついた。そして、話が終わる頃には、俺は彼女の話を信じ、彼女の事も思い出していた。そう、思い出したのだ、このストーリーを書き始めた日の、前夜の夢を…。
俺は、確かに夢を見ていた。今までは忘れていたが、ブレインマスターを書く前の日に、確かに夢を見ていたのだ。それは明らかに、この小説の内容だった。そして、目の前にいるこの女性も、その夢に出てきたまさに主役の女性だ。
「君、ヒカリって言ったけど、小説に出てくるあのヒカリなのかい?」。
「そうよ、わたしがヒカリよ」。
「じゃ、君が俺に小説を書かせたって事なのか?」。
「いいえ、私は貴方に小説を書かせた訳じゃなく、私達の計画を手伝ってもらうために貴方にビジョンを見せたのよ」。
{ブレインマスターを書いた前夜に見たあの夢が、そのビジョンだったのか・・・}。
「あなたは、そのビジョンを見た後、そのことを小説に書いたの。それはあなたが小説を書く人だったから、そうなったという訳なのよ」。
彼女を包んでいた疑心というバリアが解けていくように、一瞬のうちに、俺の頭は彼女を理解していった。まるで、頭からシャワーを浴びているようにさわやかに、その情報が頭で整えられていった。
「あなたにビジョンを見せたのは、正確にはアキラという私の友人・・・。この計画もアキラが私に持ちかけたものよ」。
{アキラ・・・俺は彼を知っている。小説の中で最も頭の切れる青年。そう、彼が、この計画を実行している本人だ。そして彼は、彼女の恋人でもあった}。
「言わなくても解ると思うけど、未来を、私と一緒に変えて欲しいの」。
―2052年(未来)―
「一つだけ方法がある…」
アキラは、ヒカリの目を真剣に見つめ、話した。
「ブレインボックスを製作した時代に行くんだ。僕をデータ化し、ブレインボックスが作られた過去、2013年に送る。そして、ブレインを破壊する。しかし、その時代で行動する人が必要になる。その時代の人がその人の手で、ブレインボックスを抹消しなければならない」。
アキラは話を続けた。
「現代では、まだ600万GBほどの情報しかタイムスリップできないから、タイムスリップできるのはたった一人だ。そしてもし、未来を変える事ができたら、俺達の住む今の時代がどうなるかわからない、恐らく、消滅するかも。当然俺達は消える事になるかもしれない。それでも、この世界に生きるよりましだと思わないか?これからの未来の為に」。
ヒカリは、アキラの説明を黙って聞いていた。そして、アキラがどんな思いでこの計画を説明しているかが胸に響いた。自分しかこの仕事ができる者はいない。アキラも、そのことに気付いているのだろ。
「原理はこうだ。ブレインボックスは、人の原子をデータ化し、仮想の世界にインプットすることが出来る装置だ。今現在、データを光の6倍の速度で送信することは可能となっている。人間のデータを光に乗せて過去に送ることは理論上可能という事になる。装置は光の6倍の速度だから、およそ…15分の転送で25年前の過去に送信することができるだろう。ブレインの中にいる時、僕の作ったこの装置で体をロックすることで、過去に転送することが出来る。この装置をはめて、このボタンを押せば、体は設定された時代に転送される」。
アキラはそう言って、小さな腕時計の形をした、転送装置を見せた。
「その計画の準備にはどれくらいの時間がかかるの?」。
「あと、一週間くらいだ。君に、この装置をロックする機械の使い方を教えれば、俺は過去に行って計画を遂行する…」。
「アキラ、私に行かせて…私はブレインの中で危険な仕事をしているわ、もし何かあった時、あなたがこの機械で私を救い出して」。
「でも…、この計画は実験無しの本番だぞ、何が起きるか分からない」。
「だからなおさら私が行くべきだわ!あなたに何かあったら、この計画はもう終わりよ!」。
「しかし、君を危険な目に合わせるなんて、俺には…」。
「何言っているのよ、私は危険な目に合うために生まれてきたような女よ、今までだって、生きていたのが不思議なくらいだわ…、この装置は私が身につけているわ。今度、ブレインに入って、私が死にそうになった時、このボタンを押す。そうしたら・・・、お願い」。
彼女の瞳には、ハッキリとアキラの顔が映っていた。彼の姿を、いつまでも瞳に焼き付けておくかのように、彼女は彼をしっかり見ていた。
「実は・・・、僕もそのつもりでこの装置を作った。最初は君が心配で、ボックスから強制的に抜け出す事の出来る装置を作ろうとした。でも、ブレインの始動中は、そのプログラムから強制的に分離することは難しいんだ。でも、この原理だったら違う世界に転送することはできる。それは過去でも未来でも。しかし、未来では意味がない。過去にいけば、この世界を変える事ができるって・・・だから過去に転送されるようにプログラムを組んだ。ごめん、心の何処かで、君を利用していたのかもしれない」。
「いいえ、あなたは私を思ってくれている。こうしてあなたの優しさに触れられただけで、私にはまたブレインに挑戦する闘志が沸いてきたわ、そして、この計画にも・・・」。
「ヒカリ…」。
アキラは、ヒカリの泥だらけの顔を見つめた。そして、そのきらきら光る瞳に吸いこまれるように、そっと唇を重ねた。二人は、もう二度と訪れることの無い、この短い時間をしっかり体に覚えこませるかのようにこの時、愛し合った。この時代に、二人に許される恋の時間はとても短い。そして新しい時代が訪れたら、二人のような人間が、もっと多くの時間、互いを愛せるようなそんな時代になったらと、ヒカリは頭の片隅でそっと願っていた。
「ヒカリ…前から君が好きだった」。
アキラはそう言って、ヒカリの肩を抱き寄せた。
「あなたの気持ち、わからなかったほど、私は鈍感じゃないわ・・・」。
ヒカリは少し照れくさそうにそう言った。
「この装置を付けていても、これはいざと言うときの保険みたいなものだ、君はブレインからは必ず帰って来てくれ。もっと研究して、危険な時にすぐに押せるように小型化する。そして君に操作を受け継ぐ事ができる完璧な装置を作り、それが出来たときは、その時は俺がこの装置で過去にいくから・・・それまでは君が身に着けていてくれ」。
「ありがとう・・・」。
二人は、いつまでも抱きしめあっていた。それは、時間が許す限りそうしていたかった事を互いに体で伝えている。そんな抱き合い方だった。
―2012年 現代―
「そういうわけで私はこの時代にやってきたの」。
ヒカリは一部始終を隆に話し終えた。
「そうか…でも、俺が小説を書くという事は、アキラは計算に入れて無かったのか?」。
「それは分からないわ・・・でもこの計画は、アキラがプロジェクトした。でも、骨組みとなる計画はもともとあったものだったらしいわ・・・。だから、それに従ったのかも。アキラには小説をあえて出した意味がわかっているかも知れない。または、それか、単なる偶然か・・・」。
隆は不思議に思った。そして、何故、俺が未来を変える役に抜擢されたのか?小説にして公表したことで俺は命を狙われている。はたしてこの事を小説で世間に公表してしまって良かったのか?
「私は、あなたの情報は知っていた。今のあなたの情報は、アキラが作ったプログラムの中にインプットされていたし…。そして、こうしてあなたに会うことができ、あなたと一緒に、ブレインコントロールをこの世から抹消するようにと命令を受けているわ…。でも、私が過去に来て時間の流れを変えてしまった今となっては、この先は私にも分からないの。確かに、あなたの小説が公表されたことが未来に強く影響していることは確かよ、近い未来、あなたの小説は世界中で読まれ、熱狂的なファンもできる。そしてブレインの完成と共に、同じような世界をつくる人間がたくさん出てくるわ…」。
「まってくれよ、俺がこの小説を発表しなくったって、この世界になる運命だったんじゃないか?ブレインコントロールも完成するんだし、時代と共にコンピューターが発達していけば、小説のような世界が来ることは誰だって想像できるじゃないか」。
「そうじゃないのよ。私達の世界は、最終的にはあなたが作り上げて、皆に植え付けた世界なのよ。あなたの小説によって、有能な科学者や、エンジニア、資産家が動き、やがてこの小説の内容は近い未来、実現してしまうの。科学者がブレインコントロールを作り上げても、その時点で彼らは、この装置が未来にどんな影響を及ぼすか考えるわ。しかし、一部の心無い人がその情報を嗅ぎ付けてあなたの小説のようなストーリーに仕上げるのよ。それはその本人も知らない間に、時がそう導いていくのよ」。
「そんな…、じゃ、君達が俺に変な夢を見せなければ、小説は完成されないじゃないか!そんな未来にならなかったって事じゃないか?」。
「いいえ、確かに小説は貴方が書いたものよ。これは、あなたが作った小説なの…」。
「ど、どう言うことだ??」。
「アキラは、貴方が書いた小説の内容と、私達の今の現状をビジョンとして貴方に見せたの。貴方に未来を理解してもらうために…。そしてあなたは実際より早く小説を完成させた。私たちの時代では、今から2年後の2014年に、あなたは小説を発表したわ。それは、ブレインが発表された翌年の事よ…」。
ヒカリは一呼吸おいて、話を続けた。
「小説が売り出され、その本はベストセラーになる。そしてあなたは時の人となるわ。そして、その小説に書いてあるように、ブレインの危険性に賛同する人々がブレイン廃止の運動を高めようとしていた。そして“モハド”という一つの組織が出来たわ、それがブレインマスターの前身なんだけど…」。
ヒカリは、冷蔵庫からジュースを取り出し、一口飲んでから渋い顔をした。
「モハドという組織は、ブレイン廃止の為の様々な活動を起こしてきた。そしてある時、そのリーダーである人物が政府の手によって殺されたの」。
ヒカリは、隆を見つめた。
「その人の名は、青木隆、あなたよ」。
{俺が!…未来にそんな大それた事をやってのけたのか?信じられない。そして殺されるなんて…}。
「お、俺がそんなことを…」。
ヒカリはベッドから立ちあがり、テーブルに置いてあった赤いランプを眺めながら話した。
「あなたがモハドを結成して、運動を開始した時には、ブレインを取り巻く力はかなり大きくなっていたわ。遅すぎたのよ、貴方が戦う姿はとても勇敢だったけど、ブレインを守る力はもう世界のレベルまで達していた。どうすることもできなかったのよ。だから、アキラはブレインがまだ発表される前の、2012年、今の時代にターゲットを絞って計画をたてたの」。
「そういう事だったのか…俺の小説によって、一つの道が出来たのか。そして、俺はその道を自ら阻止しようとして、出来なかったって訳か…。皮肉だな…」。
「あなたの小説のせいとは限らないわ。あなたの小説は、単に未来を予想していただけかもしれない。でも、心無い人間にその事を早く気付かせてしまったのかも・・・」。
ヒカリは、テーブルのランプに触れた。その瞬間、ランプの色は、赤から青に変わった。
「未来の出来事なんて、まるで宙に舞った風船のように揺るぎながら、方向を変えていくものなのよ。そして人の心は、常にその時代に強くなった力や流れに影響していくの。戦争にしても、宗教にしても、そこには常に、時代を変える指導者がいて、未来を作る子供達の周りには指導者の教えを信じ従う大人がいる。未来はちょっとしたきっかけで、簡単に変化するものなのよ…このランプのように…」。
彼女が再度ランプに触れると、赤い光りは蒼い光りに変化した。そんなに簡単に未来は変わるものなのだろうか…カオスのように…隆はそう考えていた。そして、ほんの一瞬だが、大きな恐怖を感じた自分がいた。
「俺には、この計画に参加する責任があるわけだ…」。
「こんな話をしなくても、きっと貴方は協力したわ。あなたは私達の英雄ですもの!私も、あなたに会えてうれしいわ。でも、想像と本物とは、だいぶ違っていたけど・・・」。
「わ、悪かったな!せっかくのイメージ壊しちまって!」。
「ご、ごめんなさい、でも、うれしかったわ。なんか、とても人間らしい人で、ほっとした」。
「俺は今でも夢を見ているみたいだよ。なんか、狐につままれたような気分だな。俺がそんなことを未来でするなんて、どんな風に変われば、俺がそんな行動を取るのか…、もしかして、人違いだったりして?」。
「ううん、そうじゃない、私はあなたの顔を小さい頃から知っているもの。それによく似ているわ、今はちょっと若くて頼りなさそうだけどね」。
「そう何度も頼りないだの、イメージ違うだの言うな!!俺だって、その…モハ…何とかのリーダーの前身だ!そんな姿を見せてやるぞ!!」。
俺はそう言うと、笑いながらヒカリに飛びつき、彼女をベッドに押し倒した。
「…」。
ヒカリは少し驚いたような顔をしたが、やがて、そっと目を閉じた。
「な、じょ、冗談だよ…、普通はここで、なにすんの!!ってビンタくらいしてもいい場面だろ」。
思わぬヒカリの行動に、俺は少したじろいだ。
「なぁんだ、冗談か…彼方ってほんとにモハドのリーダーなのかしら?」
「問題は、俺の命をねらっているのは誰かってことだな・・・小説を出版したPSCっていう組織だろうか・・・」。
タカシは、その事が引っかかった。いったい何のために俺を狙っているのだ?未来の俺というモハドのリーダーの命を狙うのならともかく、何の価値も無い今の俺を狙うやつが、この世の中にいるとは思えない・・・。
「私が、この時代に送られることはアキラから聞いていた。貴方と一緒にブレインの装置と資料全てを抹消するように指示れたの。でもあなたが今、誰に狙われているかは分からないわ...いや待って...psc出版?sbcサイバー社...まさか、きっと本を出版したのはサイバー社よ!未来から情報を操作して、本を出版したんだわ」。
「そんなことできるのかい?」
「世の中全てはコンピューターで動いているわ、情報を操作すれば、難しくないわ。あなたをおびき寄せるために...」
未来からのプログラムが、自分の命を狙っているとしたらつじつまが合う、とタカシは考えていた。
「だとしたら、もうひとつ自分を探している組織がある、あの小説が公表されて、不思議に思っている連中か・・・企業団エフか・・・俺を捕えようとするならまだしも、俺と同姓同名の人が殺されている。殺したのは未来から来たサイバー社...だとすると、ブレインを開発している組織エフが俺を探しているのは、事情を聴きたい為か...」
アキラの計画はブレインの破壊にあった。それを実行しなければ、未来を変えることはできない。
「エフを訪ねて事情を説明しても、未来は変えられないということか」
「そういうことね」。
突然、ホテルの電話が鳴った。
「誰だろう?もう時間かな・・・」。
「電話?」。
ヒカリは、気付いた。
「とっちゃ駄目!」。
しかし彼はすでに受話器を持ち上げていた。その瞬間、彼の腕を受話器から出てきたごつい男の腕が掴んだ。
「うわわわー」。
腕は、隆の首を掴むと、強く締め上げた。
「く、くるしぃ・・・」。
タカシの顔はみるみる青くなり、コメカミの血管が太く浮き出ていた。
ヒカリは電話に飛びつき、フックを叩いた後、電話線をコンセントと共に引きちぎった。腕は一瞬で消えたが、それと同時に蛍光灯の光が不気味に揺らめいた。
「ブレインから誰か来ようとしているわ!彼らはこの場所も分かっている・・まさか、私を追跡したの?彼らはまたすぐに追って来るはずよ!」。
タカシは首に手をあてがい、モウロウとする意識の中で深呼吸した。
この部屋のドアの向こうが騒がしくなっている。
「近くの電波からもう入り込んでる!、ねえ、さっき持ってた銃貸して!」
「え!も、持っている訳ないだろ!」。
「だって、さっき銃で私を脅したじゃない!」。
「あれは俺の手だよ!ほ、ほんとに持っているわけないだろ!」。
-ドドドドドドッ-
廊下から激しい振動と物音が伝わった、数人の人間がこちらの部屋に近づいてくるような音だった。それも半端な数じゃない。それは人じゃなく、もしかすると、大きな化け物かもしれない。自分達のいる床が大きく振動していた。
パン・パン・パン
それと同時に廊下の蛍光灯が割れてゆく乾いた音が響いた。
「とにかくここから離れなきゃ!その前に電気を消して!」
タカシは電気のスイッチを飛びつくように消した。すると部屋のドアの裏側で、ピタリと物音が止まった。
「まだ完全な転送がされていないようね・・・」。
「え?」
「いいの、とりあえずこの窓から外に出ましょう!!」。
壁に埋め込まれたパネルを外すと、両開きの窓があった。
「ちょっと待って!!彼らは現実なのか?それとも・・・」。
「現実でない姿は今見たでしょ!受話器から手を出せる人間がいる?」。
「じゃ、安全なのか!?」。
「ええ、あなたが完全に自分が見るものを否定できればね!でも、今の状態じゃ無理ね!それより早く逃げましょう!」。
タカシは通気口のフェンスを見上げた。
「あれで時間が稼げると思う!」。
「あたまいい!」。
タカシは、通気口のフェンスをわざと外した。そこから逃げたように見せかけるためだ。そして、窓から外に出て、パネルを元通りに付けた。
簡単なベランダのような場所に出た二人だが、ここは4階。高さにして15メートル程はあるだろうか。
「しまった・・・このホテル意外とでかいな・・・」。
4階建てのホテルの4階。何て運が悪い。窓から見る景色は、丁度中途半端に高く、怖さも半端じゃない。
「ダメだ、ここから外に出ても逃げられないよ・・・」
「そんな事言っても、もう逃げ道はここしかないわ!」。
タカシは再度窓の外を見回した。
「こっち!人が乗れるくらいの雨どいがある・・・」。
その雨どいを目で追うと、隣のビルのベランダ付近に続いていた。何とか隣のビルに飛び移れるかもしれない。
「よし、ヒカル!ここから出て、隣のビルに移れるか見て来る!」
タカシは窓の手すりに足をかけると、慎重に手すりの上に立ち上がった。
「落ちないでね・・・」。
ヒカルが心配そうに声をかける。
「勿論気をつけるよ・・・」。
タカシはカニの横這いのようにして手すりを移動した。映画のワンシーンだったら、ビルを背にして移動するほうが見栄えがいいのだろうが、やはり壁を胸に当てるように進んだほうが怖くない。
「なるべく下は見ないように・・・」。
独り言のようにそう呟きながら、靴の長さより若干はみ出すくらいの幅しかない雨どいをつたって進んだ。
すると突然、“ゴゴゴー”という地響きと共に、ビルが伸び始めた。そして辺りは暗黒の闇のように不気味に薄暗くなり、タカシの乗った足場もボロボロに老朽化され始めた。
「うわ・・・なんだこれ・・」
ビルの高さは裕に100メートルを超えているように見える。ふらつく足場と、いまにも崩れそうなビルに背を向け、すれすれにたたずみ、足が先に進まない。
「周りがプログラムで合成され始めているわ。惑わされないで!」
「そんな事言ったって、見えるものは見えるよ!しかも、4階の高さの僅かな幅に立っているのには変わりないし、落ちたら死んじゃうよ...」
絶望的、といった表情でタカシは答えた。
「ゆっくり心を落ち着かせて、でも早く進んで!」
「難しい注文だなぁ・・・」
タカシはなんとか心を落ち着かせ、横歩きを続けた。
「もう少しよ、隣のビル」
しかし、ビルの端まで来てみると、思ったより隣のビルまでの距離は離れていた。それはおよそ3メートルという所だろうか。丁度4メートルくらい下にベランダがあり、そこに飛び移る事ができそうだが、それはかなり勇気がいるジャンプだった。
「まじかよー・・・でも飛ぶしかないか・・・」。
ヒカルはその言葉を聞いてタカシのあとを進んだ。
「大丈夫よ!早く飛んで!」
「分かったよ跳ぶから!」
こういうのは躊躇したら飛べない。何も考えず、思い切り足を蹴り出すしかない。
頭の中を空っぽにして、足を曲げると、そのまま思い切り前に飛び出した。
「うわーっつ」
計算通り、見事に・・とは言えないが、何とかベランダの手すりに引っかかるように着地できた。イメージとは違い思ったよりベランダは遠かった。
「わわわー」
とっさに手を伸ばし、ベランダの柵の部分に必至でしがみついた。
「さあ、早く捕まって!」
ふと上を見ると、ベランダからヒカルが手を差し伸べていた。
「え?ありがとう」
そう言いながら、手を差し出した。
すると、後から聞きなれた声がした。
「タカシ!騙されないで!ヒカルは私よ!」
後を振り向くと、ヒカルがもう一人・・・どっちが本物?というか・・・。
するとタカシの手を取ったヒカルがニヤリと微笑むと、タカシの体を大きく振り子のようにゆすった。
「ななな・・・」
そしてゴミを遠くに放るように、タカシの手を離した。
「わーーーーー」
タカシは4階の高さから真ッ逆さまに落ちていった。
「よしと、あとは私だけね」
ヒカルはそう言うと、向かいのビルにいる自分を見つめた。
ヒカルはビルからベランダにいるヒカルに飛び掛った。
その反動で二人は絡み合いながら部屋のドアを突き破ると、ガラスが激しく飛び散った。
部屋の中でもみ合いになりながらヒカルとヒカルの戦いはしばらく続いたが、ヒカルの偽物は、ヒカルの姿でいる事に意味がないと気付くようにその表情を鬼のような怖い形相に変えた。そして口から呪文のような単語の羅列を吐き出した。
「ウイルス?」
ヒカルもデータだ。あの呪文のような単語を体内に入れてしまえばウイルスに感染してプログラムが壊れてまう。
鬼は、ヒカルに馬乗りになり、ヒカルの口に向けてウイルスを吐き出した。
「キャー」
何とか振りほどくと、そばにあった手鏡を持ち、鬼が吐き出した呪文を打ち返した。
呪文は鏡に跳ね返り、鬼の口に命中した。
すると、鬼は、一瞬動きを止め、そのままアルファベットの塊を口から溢れさせながら、バラバラに分解していった。
ーあぶなかった、私がああなる所だったー。
すると、目の前の景色がみるみる変化し、普通のホテルの一室に戻った。
「タカシは大丈夫かしら!」
4階建てのホテルを見上げながら、隆はホッと胸を撫で下ろした。
あんな状況だからって、この高さからプールに落とされるのは。
「ごめんなさい、でも、死なないはずと分かってたから」。
「本当に?」
「多分・・・」。
「彼らは所詮、形の無いデータよ!未来から操られているのよ。私達の場所は、分析すれば解る筈だわ、でも、私がこの時代に進入したから、時間は少しづつだけど、複雑に変動しているはず・・・だから分析には普通より時間がかかるのよ、きっと。それにプログラムの転送自体も完全ではないはず。時間があまりなかったと思うから」。
しかし、彼らがどれだけのことができるかは、プログラムを組んだ人間に左右される。
「少年は、私が消えた時にこの計画に気付いたと言うの?だとしたら、彼方を殺そうとしたのも、あの少年の仕業かもしれない・・」。
「あの少年って?」
「私は未来で殺されそうになったの。結局、この時代に逃げてきたのだけど、その時の相手よ。真紀谷サトシ。彼の父はブレインのソフトを開発しているの。もしかしたら、この行動が私の住む未来でばれていたら・・・、国の組織でこの計画を阻止しようとしているのかも・・・」。
「そ、そんな大袈裟な事が・・・」
というか、タカシにとってヒカリがここにいる事態が十分大げさな事で、当然そんな事も有り得ない話ではないだろう。タカシにはもはやそのスケールは想像もつかない。しかし、そうであってほしくない。という気持ちで一杯だった。
「いや、きっとそう、・・・でも、少年の周りの力ならかなり強力だと思った方がいいわ・・・」。
二人は、新宿の街を北へ走った。高層ビルで出来た、都会のジャングルへ向かった。
「・・・私達が見つかるのもそう時間はかからないかも・・・」。
ヒカリは小さく独り言を呟いた。
「そうか・・だいぶ解りかけてきたよ・・・」。
タカシは、ウトウトしながら横でうずくまるヒカリに、そう小さく囁いた。
俺達は、ダンボールの家が立ち並ぶ、新宿駅の連結通路脇にいた。そこに放置してあった空家をかりて、中で少し休むことにした。ここなら通信機器が無いし地下にある為、見つかりにくいはずだ。
彼女は、今までの疲れが一気に押し寄せたのだろう、タカシの肩にもたれながらいつのまにか目を閉じていた。その寝顔は、沢山の修羅場を潜り抜けてきた女性とは思えない、安らかな可愛い寝顔だった。