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2012トールコーヒーつづき
「はい、どうぞ」。
水をテーブルに置くと、
「ありがと」。
そう彼女は言った。
{彼女を一見したところ、悪い奴じゃなさそうだ。とても親しみが持てるし。でも謎の多い、変わった子のような気はする。しかし、この子は一体誰なのか・・・。何かを知っていることは間違い無いんだ。もし、罠だとしたら、俺は今、まさに袋のねずみだな…だったらやるしかない!}。
「ここを出る!黙って前を歩くんだ!」。
タカシは、大胆にもジャンパーのポケットに手を入れ凶器に見せかけると、彼女の背中に付きつけながらそう言った。
ヒカリは水を一気に飲み干し、黙ったまま彼の言う通りにその店を出た。
「おい、背中のこれ、わかっているだろうな・・そこ、右に曲がったら、一気に走るぞ!」。
人ごみの中、タカシが言うと、彼女は走った。疲れを知らないような彼女の走りに、息を切らせながら追いつくのが精一杯というタカシは、たまらず、
「も、もういいや…、止まれ!」。
そう言うと、彼女は、走るのをやめ、振り向きざまこう言った。
「誰もついてこないわよ、私一人できたもの」。
「そうじゃなくても…普通そう言うだろ?」。
「じゃ、どうしたら信じる?」。
「と、とにかく、何処かでゆっくり話そう!」。
「あなたの泊まっているホテルは?」。
「俺が今いるところ、カプセルホテルなんだ」。
「ホテルがカプセルに入っているの!?そんな便利なものがあるの?そこでもいいわ」。
「え?・・・・ま、いいや、じゃあ・・・」。
カプセルホテルで2人はどう考えても...、とりあえず、適当なホテルを探した。
「こんなホテルが無難だな…」。
ホテル正面玄関を入ると、少々立派なロビーが現れた。
フロントを探しながら右に折れた通路を道なりに進んで行くと、
ガタンッ
突然壁の小窓が開いた。
「休憩ですか?お泊りですか?」。
「え?ここそういうホテル?」。
俺はビジネスホテルだと思ったのだが…。
「そうですよ、どうします?」。
「あ、あの、き、休憩でお願いします」。
ヒカリは、フロントとタカシの会話に興味を示していた。
「ねえ、ここどういうホテルなの?」。
「し、知らないの?ここは、ラ、ラ…、うそでしょ?」。
「はい、これカギ!407号室です…」。
-バシッツ-
受付の人は、ー白々しいーとでも言いそうな目でそう言って、乱暴に小窓を閉めた。
「へー、窓もないんだー…秘密の会話するには持って来いのホテルね、こんな場所があるんだー」。
{こいつ知っていて俺をからかっているようにも思える。全く!でもここラブホテルだったのか。俺もあまり行く機会ないから分からなかったなー。最近のホテルって、外見ではあんまり区別つかないしなー…}。
―2052年(未来)―
「ヒカリ、ボックスが見つかった。大至急 来てくれ!」。
バーのカウンターで、二杯目のグラスを傾けようとした時、連絡が入った。
「ええ、わかったわ」。
グラスを置き、ため息をつくと、目の前にいたマスターが言った。
「もう少しで酔えたのにな。その一杯は俺が飲んでおくよ」。
「しかたないわね、私のおごりにしとくわ」。
「ははは、じゃ、ありがたく飲ませてもらうよ。またここに来た時に、今日の分と、この一杯の勘定をいただく。それまでは付けだ」。
「そう、だったら仕事終わったら真っ直ぐここに来て払うわ、絶対ね」。
マスターの話した何でも無いひとことが、ヒカルは少し気になった。
ーもしかして、私、戻れないかもしれないんだ…ー
そんな事を考えたのは、今が始めての事だった。
チームのキャプテンであるジェイドは、装備を終えたチームを前に、このボックスの説明をした。
「今度のボックスは、ちょっと厄介だ。プログラムの内容を解読するのが難しい。セキュリティーがだいぶ複雑になっているようだ。中に入ったら、しばらくはマスター(ヒカリを始めとする隊員)の行動をこちらで把握できないだろう。また、連絡もとれないかもしれない。恐らくこの空間は、過去、私達が上げたターゲットが作ったものだろう。ヒカリ、たぶんあの事件のターゲットだよ、彼は刑務所を出たんだ」。
ヒカリはすぐにあの男の顔を思い出した。スタジアムで殺されかけたあの少年の顔を・・・。
「今度の件は君に行かせるべきじゃないかもしれないな…」。
「いえ、私は行くわ」。
「大丈夫か?」。
「ええ、私があの少年を一番良く知っている」。
「…分かった、行ってくれ、しかし、何度も言うが、この世界の内容はまだ分析できていない。分析は急いでいるが、現段階では中に入ったものだけがその内容を知ることができる仕組みだ。十分用心するように。ウエイト、スリングも一緒に行ってくれ、このブレインはできて間が無い、犠牲者が出ないうちに早く片付けよう」。
「恐らく、この世界もレベル100%だと思うわ。みんな、用心して。ターゲットが弱いところを見せても、同情するようなことは命取りになるわ。彼はまだ14歳だから、そのあどけなさに騙されないように…」。
ヒカリは、念を押した。
「じゃ、行きましょう」。
ブレインの扉は、フィルター付きのゴーグルを通して見ると、水たまりの表面のように波打って見える。それは、古いSF映画に出てくる未来への入り口にそっくりだ。まるで映画を作った人は、この入り口を知っているかのように・・・。しかし、この入り口に未来は存在しない。
ヒカリは、ゆっくりその中へ足を運んだ。中に入ると一瞬、めまいのような振動を頭の中で感じて、1~2秒ほど意識を失う。気がつくと、ヒカリは建物の中にいた。
ウエイトとスリングは私のすぐ後にこの世界にやってくるはずだが、まだ現れない。
「ジェイド!聞こえる?」。
チームのキャプテンであるジェイドに応答を呼びかけたが、応答がない。やはり通信は無理だった。
「ウエイト、スリング!聞こえる?」。
彼らがこの世界に入っていれば、連絡はできるはずだ。普通ならすぐに現れるはずなのに、彼らは来ない。おそらく、ブレインの入り口はランダムで入り口を変えているか、通信ができないとなれば、最悪の場合、いくつもの仮想空間が用意されている場合も考えられる。そうなれば、3人がそれぞれのボックスに入りこんだ形になり、さらに、こちらは不利だ。あきらかに、この空間はブレインマスターを意識して作られたプログラムだ。彼は私たちに復讐しようとしている。
「手を上げろ!お前もそこに並べ!!」。
ヒカリの背後から男が叫んだ。
ヒカリはすばやくかがんで、振り向きざまに、相手に銃を向けようとした。
「ハハハッツ、なんだお前、妙な真似をするな、こっちだ!歩け!」。
ヒカリの手には銃は無かった。しかも、武装されたはずの服装も普通の女性の服装になっている。
「しまった…」。
このボックスは、侵入者に対するプログラムが組み込まれている。ヒカリにとっても、チームにとっても、こんな事は始めてだった。
「あの少年は短期間でこれだけのプログラムを作っていたの…いや、不可能だわ、きっと以前から計画していたに違いない」。
見たところ、ここは大きなデパートのようだ。ヒカリの服装はデパートの販売員が着るユニフォームだった。
ヒカリは人質になって、フロアの奥にある控え室のような部屋に連れていかれた。
「入れ!!」
敵は、先頭に立つスキンヘッドの大きな男を含めて、男が3人。あの少年の姿は無い。連れられた部屋の中には、ヒカリと同じ服装の女性が3人並べられて、怯えながら立っていた。そしてヒカリもその隣に並ばせられた。
「一人多いな?」。
スキンヘッドの大男が、ヒカリを含めて並んだ4人の女性を物色し始めた。ヒカリは、どうすることもできないが、恐怖に耐えながら、チャンスを伺っていた。目的は何なのか?このブレインで行われている事を理解していない事が、一層恐怖となってヒカリを襲った。
男は、ヒカリの隣にいた女性の前で止まった。
―パーン!!―
突然銃声が響き、背中ごしの窓ガラスが鈍い音を立ててくもの巣状にひび割れた。その中心は赤く染まり、さらに赤い液体は勢いよく窓ガラスに吹き付けられていった。波打つように吹き出る濃い赤い液体は、隣の女の口頭部から放出され、やがて女は白目を向きながらゆっくり膝から倒れていった。その男はまるで、テレビゲームの早撃ちを競うかのように、何のためらいもなくその女性の額を銃で打ちぬいたのだ。
「ぎゃーァァ!!」。
誰かが発した、口から飛び出す悲鳴を打ち消そうとしているような、恐怖におののいた声が、部屋に響いた。
「これで数は揃ったな、俺はこいつだ、お前ら、好きなようにしろ」。
そう言うと、男たちは一人ずつ女を選び、乱暴に服を脱がし始めた。
ヒカリを乱暴に押し倒しているのは、隣にいた女を撃った、あの大男だ。
「ほらぁ、お前!もうちょっと抵抗してくれよ!」。
ヒカリは今の出来事で、逆に冷静さを取り戻した。そして、男の行動に流された。
他の女達も、何の抵抗もなく、男のされるがままになっている。しかし、ヒカリは恐怖に硬直する他の女性達とは違っていた。ヒカリの思考は、恐怖より怒りの方が優先されていたのだ。そして、落ち着いてそのチャンスを伺った。
ヒカリは乱暴にその男に馬乗りに倒された。
狭い控え室に、野獣のような男達が、その醜い本能をあらわにしながら、夢中で女達を襲っている。ヒカリは仰向けに倒れながら、野獣が見せるその隙をうかがっていた。
ヒカリの両脇には、店のフロアに出す商品の在庫が、棚に多く詰まれている。そして、手を伸ばせば届きそうな、一番下の棚の先には、フィットネス用品の鉄アレイが置かれていた。
ヒカリは、鉄アレイの位置を頭に置きながら、彼女の体の上で快楽をむさぼるように、本能に従って動く男を冷静に見ていた。男は、はだけたヒカリの胸をハイエナのように舐めまわし、スカートを捲り上げ、そのケダモノの手がヒカリに乱暴に触れた。
それでもヒカリは自分の意識と体の神経を切断し、ケダモノを直視していた。そして男が自分のベルトを外そうと一瞬目を下げたその時、手の先に触れた鉄アレイを強く握り締め、思いきり男の頭上に叩きつけた。
「うぐっつ」。
男は鈍いうめき声を発し、動きを止めた。そしてその後、男の体を払いのけるように今度は横から耳の辺りにその鉄の塊をぶちかました。その後男は、一声も発しないまま血まみれでうつむけにぐったりした。
-パン、パン!パンパン、パンパン-
ヒカリは男の銃を取り、仰向けに倒れた大男の心臓辺りに2発の銃弾を撃ち込んだ。
そして、事を始めた姿であっけに取られている他の男の額めがけて、何のためらいも無く2発ずつ銃弾をぶち込んだ。
「ハァ・・ハァ・・ハァ」。
ヒカリは、高ぶる気持ちを必死に抑えながら、恐怖におののく二人の女性に手を差し伸べた。
「大丈夫?早く立って!」。
二人の女性のうち、一人はプログラムで、一人はここに迷い込んだ者だった。頭を撃たれた女性は、残念ながら、人間だった。
「あなた、この銃を持って私と一緒に来て!」。
人間である女性にそう言うと、取りあえずこの場所から離れた。
「ヒカリ!ヒカリ応答してくれ!」
助かった、それは、ジェイドからの連絡だった。ヒカリの姿も本来の武装されたブレインマスターの姿に戻っていた。
「ジェイド!こちらヒカリ、よかった、情報をお願い!」。
「ヒカリ無事だったか、こちらもやっとプログラムの分析ができそうだ。ここ(プログラム)は恐ろしく複雑だ。しかし、ある程度は理解した。恐らく、24ブロックにターゲットがいる、そっちへ向かってくれ!」。
「分かったわ!」。
腕につけたレーダーを見ると、24ブロックは階段を上った左のフロアの辺りだ。
デパートの中は、多くの人間でパニックを起こしていた。そして銃を持った者が、いたるところで一般の者を集めて殺戮を行っている。ターゲットが作ったテロ集団が中心となって、この仮想空間は動いていた。24ブロックにいるのは、そのリーダーとなっているターゲット、あの少年に違いない。
「急いで、あの少年を…今度はためらわずに…息の根を止めるわ!」。
そう言ってヒカリは銃をしっかり握り締めた。そして、ターゲットに一歩一歩近づいていった。
ー2052年 ブレインの外ー
「ヒカリ!」。
何かいやな予感がしていた。彼女の身に何か起きているのではないか?アキラはそう感じ取った。それは確かな事ではない。しかし、胸の高鳴りがいつもと違っていた。研究室からブレインマスターに連絡を取ると、やはりヒカリは現場に出ている。
その時、
プルルルルー。
アキラの携帯が鳴った。それはブレインマスターのジェイドからの連絡だった。
「アキラか?今、大変なことが起きている。ヒカリ達が入ったボックスの内容が全くつかめないんだ!連絡も取れない!頼む、現場に来てくれ!」。
「そうか、分かった、すぐ行く!」。
アキラはノートPCと、あのプログラムを持ち、現場に向かった。
「ヒカリ!無事でいてくれ…」。
―2052年 ブレインの中―
階段を上ると、インテリアを売るフロアに出た。
「あなたはここでじっとしていて、誰か来たらこの銃で撃ちなさい」。
連れていた女性を、安全そうな物陰に残して、ヒカリは前進した。
ターゲットは近い。用心しながらそこへ向かうと、フロアの中心には、展示された商品を無造作にどかして丸い空間が作られているのが分かった。そしてそこには椅子が一つ置かれ、誰かが座っている。あいつだ、あの少年に違いない。
ヒカリのいる方角からは、椅子は後ろ向きに置かれていた。ゆったりとした大きな背もたれの上には、ターゲットの頭の一部が見えている。ヒカリは銃を構え、背後からゆっくりターゲットに近づいた。
恐らく彼は銃を持っているだろう。ヒカリには振り向きざまに撃ち合う覚悟はできていた。
「後ろから狙っているわ!立って!!」。
ヒカリはターゲットに向かってそう叫んだが、何の反応もない。銃をしっかり構えながら、椅子の2メートル手前まで歩み寄ると、椅子に座っている人物が確認できた。
「ス、スリング…」。
そこに座っているのは仲間のスリングだった。しっかりと硬直しながら座っているが、体は真っ赤に染まり、死んでいるのが一目で分かった。
「俺を探しているんだろう…。こっちだよ」。
ヒカリは声に反応し、後ろを振り向き銃を構えた。
「ははは、やっぱり君がきた、これで僕の思い通りに事が運んだって訳だ。君に会いたかったよ」。
少年はその不気味な笑顔を浮かべながら、そう叫んだ。全て計算どおりだったと言うのか?
「ジェイド・・応答して…」。
ヒカリは、小さな声で、本部と連絡できるか試したが、応答が無い。
「そうだよ、本部との連絡も、プログラムの一つだよ。君はもうここから出られない。でも、僕が出してあげるよ。今すぐに…」。
以前見た、あの寒気がするような狂った目がヒカリを見ている。
そして、恐怖と怒り…煮えたぎるような思いが彼女の心をつつんでいた。
―2052年 ブレインの外―
アキラはモニターに広がるプログラムの解読に全力を注いだ。そして、一つの答えを出した。
「このプログラムでは、少なくともあと10分後には、彼女の命は消える…」。
{プログラムのセキュリティーを突破するには、5分。しかし、このプログラムに一つのセキュリティーだけが隠されているとは到底思えない。内容はある程度把握できるが、この赤いランプが点灯するのは明らかに10分後の事だ}。
アキラはそう判断し、準備を始めた。彼女の命を救える方法は、もうあの装置しかないのだ。このランプが点灯した時、彼女を目的の場所へ導かねばならない。用意していたCDを、抱えたノートPCのドライブに挿入した。
「ジェイド、このプログラムを作った男の詳しいデータを見せてくれ!早く!」。
「わ、分かった、今出す」。
そのデータを見たアキラは、目を丸くした。
「ジェイド、この子供は…マキヤ マサル」。
「そうだ、ニューブレインを広めたサイバーテクノ社の会長の孫だ」。
「父親は世界的に有名なプログラマー、ハジメ マキヤか…」。
考えている暇はない。アキラはプログラムを組み始めた。彼女を過去で会わせる人物は、すでにインプットしてある。しかしアキラには、まだヒカリの転送に使うプログラムを修正する必要があった。アキラは、めまぐるしい程のスピードでキーボードを叩いた。
ー2052年 ブレインの中ー
「これでおしまいだ。君を切り刻むこの時を、退屈な牢屋で何度も夢に見たよ。やっとその夢が叶う」。
ヒカリの周りにはいつのまにか2~30人の男が立っていた。そして男の人数分の銃が、ヒカリを狙っている。少年は、ゆっくりヒカリに近づいた。その薄気味悪い笑みと、ギラギラ光る目は、ヒカリをじっと見つめている。
「もう抵抗する術もないよね。でも、せっかくだから苦しみながら死んでくれ」。
マサルはヒカリにゆっくり近づきながら、最初に彼女の右腕を狙って引き金を引いた。
“パーン!”
その銃声と同時に、ヒカリの右腕に激痛が走った。しかしヒカリは、声も出さずにその痛みに耐えていた。
「ははは、さすが俺が見込んだ女だけあるな、だが、次は痛いぞー」。
“パーン!”
今度は、右足の膝辺りに銃弾は命中し、ヒカリはその場に膝から崩れた。それでも左手と左足で体を支え、顔はしっかりターゲットに向け、その顔を凝視している。しかし、彼女の瞳からは、激痛と屈辱に耐えた証が、一筋、頬を伝っていた。
{アキラ…これを…これを使う時がきたみたいね…}。
ヒカリは、モウロウとする意識の中、奥歯の裏に付けておいた小さなスイッチを舌で確認した。
{アキラ…ちょっと予定が早まっちゃったけど、行ってくるわ…また、きっと何処かで会えるわよね…}。
そして、そのボタンを舌で強く押すと、ヒカリは目を閉じた。
ー2052年 ブレインの外ー
「ヒカリ!」。
あれから丁度10分。アキラの右腕に付いた装置の光りが、鈍く点滅し始めた。この光りは、ヒカリの心臓の鼓動と連動している。あと30秒、あと30秒でプログラムは完成する。
「もうすぐだ、待っていてくれ!ヒカリ!!」。
アキラは必死にキーボードを叩いた。弱く、ゆっくり点滅する赤いランプが、少しずつその間隔を大きく脈打って点滅している。
{もう少しで終わる・・・もう少しで・・・}。
アキラは、最後のコマンドをコンピューターに叩きつけた。
「終わった!ヒカリ、無事に行ってくれ!」。
PCのエンターキーを押すと、点滅するランプをただじっと見つめた。消えないでくれ!そう願いながら、じっとその一点だけを見つめていた…。
ー2052年 ブレインの中ー
膝を付いて、ターゲットの方にしっかり顔を向けて激痛に耐えている。そんな彼女の執念に、少年は、始めて恐怖を覚えた。そしてヒカリの目の前で立ち止まった少年は、ヒカリの眉間に銃口を押しつけ、引き金を握り締めた。
「そろそろいいだろう・・・これで、お前も終わりだ!」。
そう叫んだ。
すると、ヒカリは、一度ゆっくり閉じた目を再度見開き、ターゲットの少年を睨み付けた。
「私の勝ちよ!覚悟しときなさい」。
そう言って、銃口の脇から、さらに鋭くターゲットの目を睨んだ。
「はは、何?どこがお前の勝ちなんだ?」。
マサルはヒカリの自信に満ちたその行動に、不意を突かれたように驚きと、あせりを覚えた。そして我に返ると、次の瞬間、引き金を急ぐように3回握り締めた。
“パンパンパン!!”
しかし、その銃弾は、彼女の体をすり抜けるように貫通し、床に3つの弾痕を残した。
「な、何?!」。
その時ヒカリの体は、ターゲットを睨み付けたまま、波打つような波紋を描きながらゆっくりと放射線状に分子の分解が始まっていた。やがて、風がキラキラ光る砂を吹き飛ばすように、形を崩しながら、その姿は完全に消えてなくなった。
「・・・・・」。
ただその状況を見ているだけしかできない少年は、息がつまった。
「あいつは、し、死んだのか?・・・違う?どういうことだ?くそっつ!!」。
自分にそう問い掛けたが、消えた彼女の謎はすぐには理解できなかった。自分が、何かとんでもないミスを犯したような衝動に胸をつかまれるような気分が、まんざら気のせいでない事を悟り、さらに血の高ぶりを覚えた。
「くそっつ!」。
後味の悪い、中途半端な自分の行動に苛立ちを隠せない。
「どういうことだ?これはどういうことだ・・・」。
マサルは、その場所にしばらくたたずみ、頭を掻き毟った。そしていつまでも独り言のように、執念深く言葉を繰り返した。
「くそっつ・・くそっつ…・・」。
そして1つの疑惑が、混乱する脳裏に浮上しだした。
「だとしたら・・・そうか・・・まさか・・・」。
ー2052年 ブレインの外ー
「やった!成功した…」。
アキラが見つめていたランプが青に変化した。転送が成功した証拠だった。
「アキラ、どうしたんだ、ヒカリは無事だったのか?」。
「ああ、ヒカリは無事だ…。ジェイド、あと…約30分で決着がつく、そして全てが終わるよ…」。
ジェイドにそう話すと、ジェイドは何故30分かわからぬまま、しかし、それをといただそうともせずに、
「そうか…30分か…」。
そうつぶやいた。
{そう、ヒカリはきっとやってくれる、そうしたら、あと30分で、このプログラム、いや、この世界に決着がつく…}。
30分・・・それは、ヒカルの体のデータを過去に転送するためにかかる時間だった。