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―序章 2040年―
「いつかこの計画が、実行される日がくるだろう…」。
入念に仕上げられたプログラムが、目の前のディスプレイに刻み込まれていた。
“ここが見つかった以上、私はもう逃げられない。運良く逃げられたとしても、いずれ捕まるだろう。ならば一人でいるこの場所のほうが・・・。
このプログラムを、いつか勇気ある人物が実行することを願っている…”。
「人生とはまるで、ドミノ倒しのように進行していくものだ…。俺は、無駄な時間を過ごしてきたのだろうか…俺の行動で、多くの仲間が死んだ。そんな仲間同様、俺は死ぬことは怖くない。しかし、この計画を成し遂げられなかったことが、死ぬことより怖い…。この世界には、もうこの方法しか残されていない・・・」。
男は、自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいた。そしてボタンの磨り減った文字を2、3秒確認するように見つめた後”ENTER”キーを静かに押した。
長い年月をかけて作られたデータは、即座にインターネットによってインドのプロバイダにあるホストコンピューターに転送された。何十のセキュリティーをかけ、圧縮したファイルとして…。
「こちら、ターゲットを確認…現在全て計画通り進行中…」。
高層ビルの一室で、2人のスナイパーが待機していた。そのうち、長く伸びた銃口を構える男が、200メートル先の高層ビルの一室でデスクに座る男のコメカミに、赤い十字のラインを重ねていた。
「ターゲット補足、待機中…指示をお願いします」。
“こちら司令室、鐘を鳴らせ…”。
「了解」。
銃を構える男の肩を、片方の男が指で軽く叩いた。その瞬間、トリガーに掛かった人差し指がゆっくり反応し、素早く絞り込まれた。
-パーン-
「鳴った…」。
引きがねを引いたスナイパーは小さくつぶやいた。
一瞬の微かな衝撃と共に、静かに放たれた凶弾は、ガラス窓に小さな弾痕を残しただけで、ターゲットのコメカミを確実に捕えた。
ターゲットの姿は、遠く離れた窓のわずかな隙間から、消えるように見えなくなった。
「鐘は鳴った、繰り返す、鐘はなった…」。
“了解…”。
コメカミから一筋の血を流し、横たわる男の部屋の中では、データが全て送られた事を示す音が、コンピューターから響いていた。
それと同時にファイルが転送された経路の記録を消すソフトが速やかに起動し、20秒ほどカタカタと旧式のハードディスクを鳴らした。血塗られたモニターは、そっと存在を消すように電源OFFになり、パソコンの本体も後を追うように沈黙した。
床に倒れた男は、ほとんど機能していない意識の中、その事を確認するかのように、ゆっくりまぶたを閉じていった…。
小説 ブレインマスター
―2013年ブレインボックス発表―
「これが我が社の開発したブレインコントロールです。従来研究開発が進められていた疑似体験システムの大半がcbs‐サイバーテクノ社のプロトTを採用したものでしたが、今回の開発にあたり、cbsサイバーテクノ社、特殊法人Fエフの技術協力も得てメインCPUと、そのシステムの研究改善を行った結果、従来の物より5万テラの膨張を確保しました。したがって全ての動きに対して、ほぼ無限に近い空間と移動機能が実現しました。そしてブレインコントロールの大きな特徴は、モニターを必要としない点にあります。人間の脳に直接コンタクトすることで、人間の脳自らが映像を感じてモニターとするのです」
「それではブレインコントロールのイメージ映像をこちらのスクリーンに映します」。
会場の中央に配置されたスクリーンには、ブレインコントロールの映像が映し出された。
今デモとしてプログラムされているのは、映画、ブレードランナーの世界です。ブレインコントロールの中では、この映画の街並みや登場人物の行動などが全てインプットされています。
中に入ったあなたは、自由に空間を移動し、さらには主人公のブレードランナーを体験したり、悪役のレプリカントを体験したりすることができます。
その映像に、会場は一瞬大きくどよめいた。
映像は、実写とは微妙に違う、高度な3Dコンピューターグラフィックによる全く新しい立体の映像空間を表現したものだった。それはまさに、始めて見る現実的描写を映し出した世界であり、しかしそれは、紛れもなく0と1だけで作られたコンピューターの世界、しかしそんな理屈はだれも想像すらできない、そんな映像だった。
映像が終了した後、黒く小さなヘッドギアと、小さな黒いボックスが映し出されていた。
「これがブレインコントロールです、わが社のブレインボックスという巨大なホストコンピューターにダイレクトに繋がる通信装置なのですが、この本体にも最新のCPUが積まれております、メインの膨大なプログラムは本社のブレインボックスで処理し、このコントロールで映像配信を脳に送ります。今は研究段階ですが、近いうちにこのデザインをコンパクト化し、商品として発表したいと思います。何か、質問はございませんか?はい、そちら、ブルーのスーツの方、どうぞ」。
会場で手を上げた20人ほどの質問希望者の中から一番前の記者風の男が指名された。
「と言う事は、このブレインボックス、コントロールを使うと、現実よりリアルで、はるかにすばらしい世界が体験できると言う事ですか?」。
その男は、険しい表情で聞いた。
「その通りです。2013年現在、不可能である光による移動や、スーパーマンのような超人的パワー、つまり、映画を想像するような発想さえあれば、それをプログラムする事によっていくらでもその体験がこのボックスで可能になるのです。プログラムの映像は、大半は夢を見るのと同じ原理で人間の持つ脳の力で表現させますが、より現実的な表現をカバーするためにCG、いわゆるコンピューターグラフィックを使いリアル感をプラスし、プログラムとして脳に直接送り込みます。原理的にはCGとフィルム撮影を合成しているハリウッド映画と同じ原理が人間の脳の中で表現されるのです。
近い将来は、今のテレビゲームのハードに変わり、このボックスのソフトでゲームを楽しむ時代が来るでしょう。そしてこれはゲームというマーケットだけの世界に留まらず、娯楽、福祉、医療等、全ての業界がこのボックスで賄われてしまうという、革命的なことが起こると思われます。多くのプログラムによって、いろいろな経験ができる。それにより、欲求はブレインの中で処理する時代が訪れ、世界には犯罪がなくなるかもしれません。そして世界は、ブレインでの体験を通して平和の尊さを知るでしょう。ブレインでは、経験できない事は無いといった方が理にかなっています。そしてそれは...、例えばもし、人が知らずにこのブレインコントロールの中に入ったなら、その事には決して気付く事はない…。そんなハイ・リアルな仮想空間がそこには存在するのです…」。
―2030年 ブレインボックス中期―
世界ではこのブレインコントロールプログラムが、インターネットを通して、飛躍的に広がり、開発者が宣言した通り世界に平和が訪れたかに見えた。しかし、その平和はブレインのように幻でしかなく、ほんの短い期間で崩壊してしまった。
ブレインが未成年の脳に与える影響は大きく、現実と仮想現実の境を奪い、仮想現実の世界に慣れた人々は犯罪、異常な現象の虜になっていった。
そのため異常性格者の増加、廃人になる者など、この装置の危険性も一瞬にして広がった。
そして、それを取り締まる法律が誕生し、ブレインの危険性がピークに達した頃、世界各地には犯罪に慣れた犯罪中毒者や、理想のブレインを作った者がそのまま帰らず放置したブレインコントロールの入り口「ブラックボックス」が、各地に点在してしまった。
この入り口は姿が無く、入った者はこの世界から消え、ブレインの世界に入り込んでしまう。現実とさほど変化が無いこの世界では、知らずに入ったものは外部からコンタクトを取らない限り一生気づく事はない、ごく繊細な世界だった。
そのため、2040年、ブラックボックスの撤去と、それを取り締まる事を目的とした機関、特殊部隊ブレインマスターが登場した。
彼らは、特殊な装置と、訓練によってブレインの世界に浸入し、それを作った人間からブレイン解除コードを聞き出す事を任務とした…。
―2052年 ブレインボックス末期―
オキ・ヒカリは、その光景を見て背筋がゾッとした。
そこには無傷だが、悲痛な表情で、横たわるたくさんの死体が転がっている。
脳の刺激に耐えられずショック死してしまった人々だった。死んでしまう人は高齢者や、心臓の弱い人が大半だが、内容が過激な場合は、ほとんどの人が半狂乱になったり、植物人間になったりしてしまう。
この現場を見る限りでは、仮想現実のレベルは90%以上、すべての刺激がダイレクトに体に伝わる設定だ。生きてブレインの中に入ると体はデータ化され4次元の空間に置かれるが、安物のプログラムでは、死んでしまうとこの現場のように、不完全な形で体の細胞は結合され、バラバラ死体となって現実世界に戻ってしまう。このプログラムが途中で完全に破壊された場合でも、同じような現象が起こってしまう。
このボックスで行われている行為は、そうとう酷いものらしい。
こういった世界を作った人物は、始めは興味本位で楽しんでいても、長くその世界にいる事で、いつの日か現実世界と、バーチャル世界の区別がつかなくなり、本当の殺人鬼に変貌していくのだ。そして、その見えない空間に迷い込んだ者は、その世界で大きな恐怖を味わい、本当の犠牲者となってしまう。
「本部、こちらヒカリ。これからボックスに突入します。今この世界は、銃を持った連続殺人鬼が支配しています。このブレインによる死者35人、負傷者26人、連鎖範囲2ブロック、ブレインレベル100%…です」。
「わかった。c26武装で浸入を許可する。ターゲットは、8ブロックにある横浜ドームスタジアム内の何処かにいるはずだ。急いでくれ、レベル100%に設定されている。ターゲットとの接触には十分注意しろよ」。
「了解」。
レベル100%に設定しているターゲット(プログラムを支配している者)は、ほとんどが狂っている。
70%以上に設定してしまったら、そこはもはや仮想現実では無くなるのだ。レベル100の場合、体は無事戻ったとしても、脳はその刺激を本当の死と判断し、体の生命維持機能を停止してしまう。
つまり、いざという時の保険が全く利かなくなるのだ。
このプログラムで死んだ場合、それは本当の死を意味する。狂った連中のやることだ。
ブレインの中のスタジアムは、パニックに陥っていた。数万人の人々がスタジアム内を逃げ回っている。グラウンド内の青い芝生の上には、数十人、百人近くいるだろうか、多くの人が撃たれ、その場に横たわり動かなかった。
ヒカルはまず、スタジアム全体を見渡せるようにダイヤモンドの中央、ホームベース付近にむかった。
「ターゲットは何処?」。
ターゲットとはこの世界を作り出した人物の事だ。ブレインマスターではそう呼んでいる。
ダーン!!
スタジアムでは時折、かすかな音ではあるが、銃声が響いていた。しかし、何処で、誰が撃ち、誰が打たれているかも分からない。
しかし、この状況で、ターゲットが何処にいるか見つけるのは、経験を重ねたヒカリにとって、さほど難しいことではなかった。
「あなた!犯人は何処?」
ヒカリは、逃げ惑う一人の女性に聞いてみた。
「分からないわ、でも、最初に撃たれたのはマウンドにいたピッチャーで、背中を打たれたわ」。
おそらく、答えた彼女は架空の人物、いわゆるプログラムのキャラクターだ。映画に例えるとエキストラのようなものだ。このような架空の人物に質問をすれば、そのプログラムの少しの情報を、必ず話してくれる。実際、現場を目撃した人でも背中を撃たれたかどうか確実に分かって話す人はいない。本当の人間か、バーチャルかの区別は、ヒカリの勘と、経験で約90パーセントは判別できる。
「ターゲットはバックスタンドの方ね」。
バックスタンドを見ると、人々は均等に逃げ惑う様子がわかる。内野スタンドと見比べても大差はない。もし、バックスタンドで犯人が銃を乱射していたら犯人から遠ざかるように人々は逃げ惑い、ここから見れば不規則な形となって見えるだろう。
目線を上にあげると、得点ボードの横の小窓が少しずれていた。そこが怪しい。
この世界を抹消するためには、ターゲットに直接会い、解除コードを教わるか、ターゲットの脳の横にあるモジュラーから、コードを解読しなければならない。
バックスタンドの最上階から続く、細い通路の階段を上がっていくと、得点ボードの建物内に侵入できた。
ゆっくり上がり、そっとなかを覗くと、ターゲットを確認できた。まだ若い青年だ。彼は長距離を狙えるライフルを構え、逃げ惑う人々をボードの隙間から狙っていた。それはまるで、何かに取り付かれたような形相で、自らの作ったゲームを楽しんでいるように、薄ら笑みを浮かべている。
「手を上げなさい!あなたのボックスの解除コードを教えなさい!」。
ヒカリは銃を向けて青年に叫んだ。
「君は誰だ?」。
「ブレインマスターです!君のプログラムは暴走して、多数の死者が出ています!今すぐコードを教えてこの世界を解きなさい!」。
少年は、まるで獲物を狙うハイエナのような目でヒカリを睨んでいた。
ターゲットとの交渉には2つのパターンがある。一つは、事情を説明すると我に帰り、すんなりコードを教える場合と、もう一つは、この世界に完全に同調してしまっている場合だ。
後者の場合は事が厄介だ。自分は誰かもわからなくなってしまっている時もある。完全な殺人鬼になっているのだ。
「あぁ、あの有名なブレインマスターか…」。
彼はそう言うと、銃口をヒカリに向けた。
ダダーン!
すかさずドアの影に隠れたが、銃弾は肩にかすり、激痛がヒカリを襲った。
「強行突破ね!」。
ヒカリはターゲットの足を狙い引き金を引いた。
パン!
「うあーっつ、い、痛いよー」。
弾は命中し、少年は今までの殺気を失い、泣き叫んでいる。ゆっくりターゲットに近づき、良く見ると、まだ12~3歳の子供だった。
どんなことがあっても、ターゲットを殺す事は出来ない。完全に死んでしまった時点で、コードが解らなくなってしまうからだ。
ヒカリは銃口を向けたまま、ゆっくり近づいた。
「銃を捨てて、そのままじっとしていなさい!」。
少年は、銃を投げ捨て、涙を流していた。
「いたいよーごめんよー」。
「じっとしていて、すぐ終わるから、早く解除コードを教えなさい」。
「もう忘れちゃったんだよーここから出る方法も解らなかったんだ…」。
「じゃあ、首を横に向けて、コードを解読するわ」。
ヒカリは解読装置のコードを彼の首に接続した。
解読は10秒~15秒で終わる。しかし、その短い時間も、少年には十分すぎる時間だった。
少年は、ゆっくりブーツに隠していたナイフに手を伸ばしながら、ヒカリの横顔を眺めていた。
その目つきは最初に見た、ハイエナのようにギラギラ光る目だった。
「本部、コード解読…」。
ヒカリはふと少年に目を向けたが、その時はもう手遅れだった。
彼の歪んだ表情に気付いたと同時に、首を軽く殴られたような鈍い痛みを覚えた。
耳の後ろを、何か生暖かい感触が引力に任せて体を伝うような感触が微かに感じられた。
そしてすぐに、普段吸い慣れた空気が、喉から先に吸入されない苦しみが襲った。
無意識に触れたその痛みの部分である首の付け根には、彼が強く握ったナイフが斜めにつき刺さっていた。
立ちあがると同時に、心臓は壊れるほどの勢いで脈打ち始めた。
ヒカリはもうろうとする意識の中、自分の首に刺さる小さいナイフからあふれ出る血を手で確認するように押さえながら、後ずさりした。
「………・」
青年は薄ら笑いを浮かべながら立ちあがり、銃を拾うと、銃口をヒカリに向け、叫んだ。
「アハハハハハッ!子供だと思って、ナメルナ!この世界は俺の世界だ!!邪魔するな・・・」。
パンパンパン!!
銃弾は3発発射し、弾はヒカリの顔面に飛んできた。弾の形がハッキリ見える。
ゆっくりとこちらに向かってくる銃弾を、薄れていく意識の中で確認していた。重力を感じず、床に膝を付くように堕ちていく。
ゆっくり、ゆっくり、頭が白く痺れていくような意識が、ヒカリの記憶をフェードアウトさせていく…。
「ヒカリ、大丈夫か?」。
目を開けると、病院のベッドにヒカリは寝かされていた。
「お、気付いたか、お前、もう少しコード言うのが遅かったら、植物人間になっていたぞ!」。
{そうか、コードか、あの時、コード伝わったんだ。よかった・・}。
「あいつはどうしたの?」。
「無事で反省しているようだった。未成年保護法に守られるようなガキだったから、しばらくしたら出てくるだろうな…、ガキだからって、35人も殺しておいて、ごめんで済むのだから、恐ろしい世の中だぜ…」。
ヒカリはゾッとした。
「あの子は危険だわ、私はあの子に刺されたのよ!反省した姿を見せた後、私の首にナイフを刺したのよ!」。
周りにいた仲間達は、静まり返った。自分達にはどうすることも出来ないという事実に、言葉を失った。
「私達は命をかけてこの世界を変えようとしているわ!でもこんなのイタチゴッコじゃない、企業が儲かると言うだけで、あの装置は売られているわ。そしてそれを斡旋しているのは国を代表するような人間よ。この世界はまさに崩壊寸前よ!一体どうしたらいいの!」。
ヒカリは病室を飛び出した。
2052 BAR ローズマリー
「今日は最初から強い酒かい、荒れてるね」。
マスターはウオッカの二杯目をヒカリに差し出しながらそう言った。
「ええ、ここに来る時はいつも荒れている時よ、じゃなかったらこんな溜まり場に女一人で来るわけないでしょ」。
「ごもっとも…、いつも荒れているって事か…じゃ、これは俺のおごりだ。ついでにここを荒らしていくのはよしてくれよ」。
「こんなところ、これ以上荒れようがないじゃない」。
「ハッツハッツハ、今日はあまりちょっかい出すのはやめとこう」。
{ここは私が良く来る酒場、ローズマリー。数年前だったらこんな場所に入る事も想像しなかっただろう。
いつかふらっとこの酒場をみつけて立ち寄った。それ以来、飲む酒はいつもウォッカだった。
そんな強い酒を、カウンターで一人で平気な顔をして飲んでいる。とても若い娘のすることではなかったが、あの仕事をしてから、随分図太い神経を持ってしまったものだ。
現実の世界は、確かに一昔前と比べると平和になった。
皆、現実世界で自分の欲求を満たす必要がなくなったからだ。
ブレインコントロールが完成してから、静で平穏な世界が一番楽しいということをみんなが身を持って体験することができる。
核兵器のボタンを押した場合の事を、核を所有する国の代表がシミュレーションすれば、当然、自分の国を始め、自分や家族までが核の恐怖の末に命を落とす事を体験するだろう。
そして当然、核兵器がどんなに無意味なものか分かり、核は世界から無くなる。
現にそうやって数年前、核兵器は分解され、危険な部分は全て宇宙(太陽)に廃棄されるなどして七年の歳月をかけて地球上から姿を消した。
人間は、何でも物事をリアルに経験しなければ、その事の重要性が理解できないバカな動物だ。あの装置が出来て間もない頃は、世界は平和に向かったと思われていた。
しかし反面、現実で味わえないスリルをむさぼる様に、若者達がブレインを利用し、そしてその行為はどんどんエスカレートしていった。ブレインは、麻薬のようなもの。
そして今となっては、世の中に大きな2つの世界が存在してしまっている。
現実世界と、仮想世界。私や、地球上の誰もが、その狭間で生きているのだ…。
そして何よりも、ブレイン中毒にかかった者が、後をたたない。現実に戻りたくても、戻れないのだ。
もしかすると、私がこうして生きているのもブレインの世界なのかもしれない・・・ふと、そんな事を考えてしまう。有り得ない話ではない。
グラスを傾けながら、ふとウイスキーに浮いた氷を見つめた。そこには小さな自分の顔がいくつも映っている。氷の中にいるこの私は、幸せを感じているのだろうか…。