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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第一章 風の精霊 編
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第七話 ~港町フリスタ~

「……!」


 サウスグリーンの森を抜け、港町フリスタを目指す二人の男女。その一人、オルラン王国の姫であり、大勇者でもあるジャンヌ・ド・アークは慌ててお腹を押さえた。赤面しつつ隣を歩く、幼馴染であり王家選定最高等聖魔術師の男性、ジル・D・レインをチラリと見る。


「お腹すいたね。もうちょっとだから、頑張ろう」


 無意識に鳴った空腹音を気にすることなく、ジルは視線への返事をした。彼も彼で、お腹は空いているはずである。お互い様だからこそ、それを恥ずべき行為だと微塵も思わなかった。むしろ、その仕草に微笑ましさを覚えるほどである。


「でも、街についたらまずは、宿に直行ね。あたし、身体を洗いたいわ」

「そうだね。ずっと野宿だったもの」

「……そうだ。フリスタについたら、援助を頼みましょう」

「援助? もしかして、国王様に?」

「ええ。少し時間はかかるけど、必要でしょ?」

「それはそうだけど……良いの? ちゃんとわかってくれるかな?」

「もちろんよ。今度は、ちゃんとお父様とお母様の許しを得て出てきたんですもの」

「そうなの!?」


 以前は、誰にも相談せず、ただジルと共に勝手に旅へ出ていたジャンヌ。しかし、今度はワケが違う。

ちゃんと二人には、自分のせいでジルが苦しみ、そしてきっと旅立ってしまうことを告げていた。もし、そうならば絶対についていきたい。いつになるかはわからないので、突然になるだろうけれども……と。


 一国の王族が、自分たちのたった一人の愛娘が、再び自分たちの下を離れてしまう。悲しく、心苦しいことだった。けれども、国にとってもジルは必要であるし、ジャンヌにとっても彼はかけがえのない存在だ。頭を抱えた国王の隣で、凛とした態度の女王はゆっくりと首を縦に振ってくれた。


「ついでに、今どこにいるのか、とかも知らせないといけないしね」

「……ジャンヌが良いなら、僕はそれでいいけど……」


 ジルが語尾を弱くしたのには理由があった。彼女の言い分は理解は出来ても、顔つきが果たして真意なのか疑わしかったからだ。いや、本心では別のことも含まれているはず。この顔は、間違いなくフリスタに停留したがっているのだ。


 それは、港町フリスタがとても賑やかで熱気のある街……ということが理由だった。

 漁港でもあり、貿易港でもある海に接したこの街は、いつだってお祭り騒ぎであった。煉瓦造りの大通りには、常に店が開いていて、今日の収穫や、様々な武器防具、日用品までなんでも揃っていた。

 オルランに比べれば品数は劣るものの、それでも新鮮な食物類はここでなければ手に入らない。


「おお!? 嬢ちゃん! 嬢ちゃんじゃあねえか!!」

「久しぶり、パワード。相変わらず眩しい頭ね」

「はっはっはっ! 嬢ちゃんこそ変わらねーな! ジル坊も一緒か! 元気してたか!?」

「ええ、まあ……」


 フリスタも、以前訪れたことのある場所だった。アミリア大陸に向かうために、船を使わせてもらったからだ。その時、宿屋の主であり、酒場のマスターであり、漁船団の団長でもあるパワードという中年の男性にお世話になっていた。とてもマルチな人間である。


 浅黒い肌と、剃髪したつるつるの頭。そこには炎のような刺青が刻まれている。今日は漁船の帰りだろうか、タンクトップによれた青いドカンを履いている。口が大きく、笑う時も豪快に、話し方だって豪胆に、それがパワードという人だ。


「聞いたぜ? 時の大勇者様になったんだろ? 海の魔族も、大分減ってきてな! そりゃーもう、豊漁豊漁だぜ!! 嬢ちゃんには感謝してもしきれんわ! はっはっはっ!」

「もー、口が上手いんだからー」

「で、これまた何しに来たんだ? こんなところによ」


 三人が居るのは、宿屋の前であった。酒場も兼ねているので、二階に寝室がある。落ち着いたバー、という雰囲気ではなく、広くスペースを取り、たくさんの人が入って騒げる作りになっている。そのまま、酔いつぶれた人を泊めて、業績を上げる魂胆でもあるらしい。


 ちなみにジャンヌは、今日ここに泊めてもらおうと彼を尋ねたのだ。

 すると、二つ返事どころか、むしろ持て成しをさせて欲しい、とまで言ってくるほどである。宿泊代は無論タダだ。


 お金の心配、しなくても良かったかも。ジルは、出会った時と同じく、豪快な意気投合をするジャンヌとパワードを見ながら、そう思った。 

 

 (この様子では、夜は宴会だろうな。忙しくなりそうだし、先に援助申請をしてこよう)


 ジャンヌから封蝋の印璽を借りてから、思い出話にまだ花を咲かせる二人を後にし、ジルは郵便を受け持つギルドへ向かった。

 印を借りる際に、ジャンヌが思い出して自分で向かおうとした。しかし、楽しんでくると良いよ、と言い残してジルは断った。少し戸惑ったが、返事をする前にジルはスタスタと宿を後にしたのである。怒っているわけではなく、やることを早くやろうという使命感が先行しているだけだ。

 

 近場で目についたホルンのマークを見つけ、郵便ギルドに入る。あまり大きな家屋ではないが、ちゃんと機能はしているみたいだ。窓口があり、日報の貼ってある掲示板がズラリと並んでいる。

 ジルは文書と、封蝋を押してから手紙を提出した。危険物でないか、などの魔術によるチェックをされている間に、店内を見渡す。


 魔族討伐の依頼書も随分と減ったものだ。前訪れた時は、掲示板のいたるところに魔族討伐のクエスト依頼が貼ってあった。貿易の邪魔になる海洋魔族や、荷車を襲う山間魔族など、主には人を困らせる魔族に対するものだった。

 しかし、減ったといえど無くなってはいない。依頼書そのものは、まだまだ残っている。特に、目立つのは『人間』に対する依頼書だった。

 腕っぷしのある荒くれ者たちが、唯一、頭も使わずに出来る生業の一つだった魔族討伐。定職にもつかず、それで暮らしていた人もいるだろう。

 今は、その仕事も減る一方。すると、彼らは生きることに必死で人間にも手を出してくる。窃盗や、暴行などなど。困ったものだ。人間を追いかけるクエストの方が多いだなんて。

 

「……あの」

「はい?」


 窓口担当をしていた女性が、ふいに声をかけてきた。どうしたのだろう。ただの手紙だ。危険物など一切ないのだから、検問に引っかかるようなことは……。


「失礼ですが……もしかして、ジル・D・レイン様ですか?」

「え? あ、はい。そうですが、何か……?」

「やっぱり! みんな、本当にジル様よ!」

「!?」


 あまり盛況してないと思って油断していた。窓口担当は女性が多いのだが、その人たちはみんなジルを見ていたのだ。それも、羨望の眼差しで。頬を紅くしている者すら居る。


「世界を救ってくださった、聖魔術師様に会えるなんて光栄です!」

「是非とも握手してください!」

「この後、ご予定はありますか? よろしければ、お食事でも……」


 もともと、ジルは容姿は良いほうだ。目鼻立ちも整っているし、物腰柔らかく紳士的な性格である上に、世界を救った英雄なんて肩書がつけば、巷の女性たちは自然と群がってくる。


 ジルが恐れていたのは、これだった。有名になりすぎてしまったことと、異性に言い寄られたりすることに慣れていない彼からすれば、心労でしかない。魔術が使えれば、変化の魔術でこういったことも隠蔽出来るのだか……今はそうもいかない。


 とはいえ、優しく純朴な上にジャンヌ以外の女性経験もほとんどない青年であるジルは、無碍に断るような器用さもない。結果、とりあえず付き合うことしか出来ないのだ。優柔不断とも言える。

 あぁ、夜には帰れるだろうか。ジルは半泣きになりながらも、両手を握られ、背中を女性に押されて、ギルドを後にした。


 ――――――――。


「でぇい!!」

「ぐおあ!! あー、クソ! 負けたー!!」


 お菓子や、手料理などの土産を両手一杯に。けれど顔は全く元気なくジルは、パワードの酒場兼宿屋に帰ってきた。

 灯りがついているうえに、扉を開けずとも匂ってくるアルコールで、ジルの体力はさらに奪われる。

 案の定、中では宴会が行われていた。ジャンヌは、酒場の真ん中で屈強な男性たちと腕相撲大会をしている。既に十二連勝しているそうだ。

 

「あら、ジル。おかえりー。どうしたの、その荷物は」

「ただいま……。うん……もらったんだ。部屋に置いてくるよ」

「わかったわ。あたしも、後で戻るから、先に寝てて良いわよ」

「りょーかい……」

「さ、次はあんたね! 来なさい!」


 喧騒を耳に入れつつ、ジルはよろよろと指定の部屋へ入る。

 中は、ベッドが二つちょこんと置かれているだけで、他には何もなかった。無料で貸してもらうのだから、文句は言えない。むしろ感謝すべきだ。二人で一部屋だけなのも、抗議の対象にはならない。

 思いつつ、手荷物をゆっくりと床に置いて、フックに羽織っていた黒いマントをかける。そして、糸が切れたように、ジルはベッドへ身体を投げた。灯りをつける気にもならないから、真っ暗なままでで。

 

「……疲れた……」


 今日一日を過ごした感想を、誰に言うのでもなく漏らす。本当に、単純に、疲れたのだ。


 誰かにちやほやされるのは、そんなに嫌いではない。喜ばしいことだと、ジルはちゃんとわかっている。でも、それだって限度はある。次々にぞろぞろと、色々な人たちが出てきては、流石に疲弊しきってしまうだろう。

 ジャンヌは元来明るく社交的な性格なので、こういったことは非常に好みで慣れもある。だから、彼女はこのフリスタの町が好きなのだ。第二の故郷にしたい、とさえ思っているそうだ。


 街の人は、とっても温かい。この宿主のパワードさんだって、気が合うというだけで以前も無料で泊めて頂いた。それに、ジャンヌが王族の人間と知っても彼女がその扱いを嫌がることを理解した上で、態度を変えずに接してくれた。本当に、良い人たちばかりだ。


 嫌いではない。

 でも、苦手だから疲れる。

 難しいところだ。克服したい性格である。


 様々なことを夢想していたその時、部屋の扉が勢いよく開いた。同時に、大きな声が飛び込んでくる。


「あー、疲れたー! ただいまー!」


 笑顔満点、しっとりと滲んだ額でジャンヌが帰ってきた。顔はほんのり紅潮している。お酒は苦手だから飲んでいないはずだが、場の雰囲気や蒸発したアルコールによって、少しだけ酔っているみたいだ。

 何故かその手には、デュランダルが握られている。魔王を倒した剣だと、披露するのに使ったのだろうか。


「あれー? ジルー、もう寝てるの?」

「……起きてるよ、一応……」


 寝ころんだままジルは無気力に答える。

 その声を聴いた途端、ジャンヌはいたずらっ子のように、にやりと笑うと、剣を置き……。


「そりゃー!」

「うわっ!」


 ベッドに空きはあるにも関わらず、ジャンヌはジルが寝ているベッドへ飛び込んできた。もちろん、二人が寝転がれるスペースなどないので、彼女はジルの身体に乗っかっている。


「ビックリしたなー……もー」

「えへへ、ジル布団だー! 久々のお布団だー! 気持ちよいぞー!」

「重いし、暑いよ。あと痛かった」

「こら! 女の子に、なんて失礼な!」

「事実だもの。………………にしても、楽しそうだね。息抜きにはなった?」


 一瞬だけハッとした表情を浮かべたジャンヌだが、悟られぬようにすぐさま笑顔に戻す。

 そして、ジルの真横に顔を乗せたまま答えた。


「うん。とっても!」

「なら良かった」


 ジルはジルで、ジャンヌが疲れていることを察知していた。

 自分が患った呪いで気に病んでいることは、とっくにわかっている。ジル自身は、この結果は当然のことと受け入れているし、ジャンヌ自身は、自分のせいで大変なものを背負わせてしまった、という引け目がある。

 フリスタに来るまでも、必要以上に過保護になってジャンヌはジルを庇っていた。重なった苦労や疲れが、少しでも和らいでくれたなら、それで良い。ジルはそう思った。


「ねー、ジル」

「ん?」

「こーゆうのって、本当に良いわね!」

「どういうの?」

「あたし達が、頑張って魔王をやっつけたでしょ? そのことに、こうやって皆が感謝して、お祝いしてくれる。それって、とっても素晴らしいことじゃない?」

「……そうだね。それは僕も、本当に思う」

「でしょー? んふふ。嬉しいなー」

「うん」

 

 魔王討伐に出て、志半ばで倒れた人は数えきれないほどいるだろう。勇んで出て来た者、無茶だと言われながらも戦った者、声援を背に戦った者、後ろ指をさされてきた者。

 その中の、たった一組。運の良さなども相まって、唯一無二の一組になった。

 自分たちのしてきたことは、無駄じゃなかった。そう思えることは、多分世界中で誰よりも幸せであろう。倒れていった人たちの、意志が、行為が、正しかったと胸を張って言える立場になれたのだから。


「…………暑い」

「そりゃあ、これだけ密着してればね」


 ふいに、ジャンヌが呟く。

 ただでさえ、酒気帯びで体温が高くなっているジャンヌだ。覆いかぶさるようにすれば、汗ばんでくるほど暑くなるのは当然である。


「じゃ、脱がしてー」

「は?」

「暑くなったら服を脱ぐのは当然でしょー? 脱がしてよージルー!」


 ベストの編み込みを無造作にほどき、ジャンヌは着崩しながら両手をあげる。締まっていても、豊かに実っている胸の谷間が、衣服からチラリと覗いていた。

 小さい頃から、共に成長してきた仲とはいえど、異性のそういう仕草や姿に、鼓動が早くならない男は居ないだろう。ジルも勿論、例外ではない。精一杯、表情を変えないよう努力しながら続ける。


「……あの、一応僕は男で、キミは女の子だよ。少しは、気にしたら?」

「なんでよー。別にジルなら良いんだもん!」

「……キミは良くても、僕が困る」

「……何で?」

「何でって……んー……それは……」

「あー、もしかしてエッチなこと考えてないー?」

「そ! ……んな……ことは……」

「ないって言えないのー? んー? 言ってよー? どっちー?」

「……もう寝る!」

「えー? もうちょっと話そうよー! ジルー!」


 何度かその後、呼びかけてもジルは返事をしなかった。怒らせてしまっただろうか。しばらく経つと、ジルから寝息が聞こえてきた。もともと、かなり疲労していたから当然だろう。気が抜けて、眠ってしまったようだ。


「……ごめんね、ジル」


 小さくジャンヌは謝ってから、寝間着に着替える。それから、彼女はジルのベッドに座った。


「……絶対、その手……治そうね」


 少年のような無垢な顔で眠る、愛しい幼馴染の頭を撫でながらジャンヌは言う。

 急な睡魔が襲ってきて、ジャンヌもそろそろ眠ろうかと自分のベッドへ入った。脱ぎ捨てた衣服や剣は、明日片付けよう。

 今日は楽しかった、など頭の中は楽しい思い出でいっぱいである。興奮しているにもかかわらず、身体はやはり休息を求めている。

 開けっ放しの扉もそのままに、ジャンヌは夢の世界へと旅立ってしまった……。

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