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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第五章 真なる終焉へ
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第三十九話 ~ミッシング~

 ジャンヌが生成る死錬(デッドオアアライブ)に挑んでいる時の話だ。

 その時にジルはミッシングの説明を受けていた。これしか、現状冥府の外門(タルタロス・ゲート)を壊す方法はないから、と。


「調節は非常に難しいぞ。最高等魔術の魔力を、寸分の狂いなく同量に練らなければならないのじゃ」

「最高等でないとダメなのでしょうか?」

「高等辺りならまだ可能かもしれん。だが、下等中等だと反発したところで、発生する力が少なすぎるから、破壊出来るほどの魔力が生まれないのじゃよ」

「そうですか」

「今から直接、魔術の繰り方などをお主の頭に知識として授ける。いかんせん、ワシにも使えないから経験を教え込めないのが残念じゃが……」

「いえ。扱い方だけでもありがたいです」

「すまんの。では、いくぞ」

「はい」


 目を閉じたジルの頭に、膨大な情報が入ってくる。力の調整具合、発生を完全に固定するための詠唱の文など。

 全てを頭に入れ終えた時、あらゆる魔術を使いこなせるジルの頬には汗が伝っていた。



 ――――。


「……」


 巨大な外門の前で、ジルは精神を統一した。

 これから行うのは非常に繊細な動作。全開に開いた魔力を、同時に六つの属性として操らないといけない。さらに、それらは全て同等の力加減にしないと成立しない。


 放出、固定、詠唱、発動。一つの魔術を使うならば、彼にとっては容易い行動だけれど今回は別。もし可能ならば、六人分のジルと同等の練度を持った魔術師が必要なくらいなのだ。


 「……!」


 ジルの後ろで、ジャンヌが剣を構えた。這いずるような音、何かが蠢く音が響いてくる。

 腕の封印が解けて、魔王の気配が強くなったからか。魔族が、餌を見つけた獣のように引き寄せられてきてしまったようだ。

 今の無防備なジルを、守りきらなければならない。意を決して、ジャンヌは一人闇の奥に潜む敵に対して、攻撃を開始した。


 (まずは、火と水の固定からだ)


 ジルの足元に、紅い魔法陣が発生する。発生する波動によりマントがゆらゆらとはためいた。


 本来なら、詠唱を開始して魔力を放出する。すると魔法陣が強く光り、最高等魔術が発動されるのだが、今はそれが目的ではない。

 生み出した魔力を、維持しつつも切り離さなければならない。撃てる状態でいながら、撃たない状況を作らないといけないのだ。


 眉間に皺を寄せ、ごちゃごちゃした脳内や身体から抜け出る魔力と、ジルは必死に戦う。

 魔族の気配が濃くなったのは知っているが、背中は全幅の信頼を置ける勇者に任せてある。

 心配はいらない。集中しよう。そう言い聞かせて、作業を続けた。


 溢れそうなほど水が満ちているコップを、絶対こぼさないような慎重さでジルは魔法陣を身体から切り離した。紅い法陣は、彼の足元から少し前方にスライドしている。


 それを固定させたまま、次は水の魔術。蒼い魔法陣が地面に刻まれた。

 同様に、神経を研ぎ澄まして切り離しの作業にかかる。


「うっ!?」


 理論はわかっていても、考え方は間違っていなくても。それでも、失敗は引き起こされる。

 先に出した紅い火の魔法陣が、蒼い魔法陣に触れると同時にスパークを起こしてしまった。それ自体は、本来起こるべき反応なのだが、エネルギーが雲散してしまっているのが問題だった。

 想像以上に早く、強い反動で力を抑え込む暇がないのだ。


(時間もない。最高等魔術の連発は不可能……。焦らず、もう一度。……次で決めよう)


 深呼吸をして汗を拭い、ジルは集中した。



 背後では、ジャンヌが必死に魔族と戦闘を繰り広げている。


「はぁあああ!!!」


 一度の薙ぎ払いで、数匹の魔族が絶命した。陰から突然飛び出した虎型の魔族が飛びかかるが、ジャンヌは冷静に心臓部を一突きする。

 剣が突き刺さっているので行動を抑止できたと判断したのか、鋭い牙を口中に生やしている巨大芋虫魔族が、首を噛み千切ろうと身体を伸ばしにかかる。

 だが、その牙は触れることなく両断された。虎魔族の身体を貫通させたまま、思い切り芋虫魔族を切り裂いたから。


「!」


 そしてすぐさま、大地を蹴り飛ばして跳躍する。そのまま発生させた光の刃を、地面に向けて無数に打ち放った。

 着弾すると土煙が舞い上がり、同時に緑色の液体が噴出した。地中を潜る、魚型の魔族がジルの所へ向かっていたからだ。


「くっ!」


 飛び上がった身体が急に浮遊感を増した。肩を大きな鉤爪で掴まれている感覚を察知したジャンヌは、思い切り足を振り上げて、そこにあるべき頭部へ蹴りを叩き込む。鋭利な刃のレガースが、眼底を貫くと、力が抜けて自由になる。

 空中で旋回し、浮遊したまま剣を振り下ろす。奇襲をしかけた、鳥獣魔族は断末魔の叫びと共にきりもみ回転をして地に叩きつけられた。


(……まだなの、ジル!)


 汗を拭う暇もなく、また魔族が闇から溢れ出てきた。剣を力強く握りしめ、魔力を解放したジャンヌは歯を食いしばって、休みのない連戦へと再び身を投じた。


「……」


 針の先に糸を通すような繊細さを、鏡のような波紋の立たない水面のように保つ。


 背中を守ってくれている人へ絶大の信頼と安心を抱き、ジルは再度術式に入った。


 エネルギーの弾けるスピードを脳裏に浮かべ、どれだけの早さが必要なのかを考える。

 だが、考えたところで上手くいく保証はないと彼も熟知している。勘を頼りに、タイミングを見計らって実行するだけ。理論や過程ではなく、培った経験で勝負を決める。


 紅い魔法陣を生み出し、ゆっくりとスライドさせた。

 次に、蒼い魔法陣を発生させる。

 確実に、目視で、感覚で、頃合いを見計らう。


 触れたと同時に出るのだ。勝負は一瞬。

 線と線が重なった……今!


「っくぅ!!」


 暴れる馬を押さえつけるように、身体に強烈な反発を生み出してくる『力』をジルは確実に捉えた。

 眩しい閃光のように弾けている魔法陣を、目を見開いてコントロールする。

 抑え込むように手を開き、そして閉じる。


 そこには、白い光の球が浮かんでいた。


「……できた!」


 とはいえ、これは第一段階。直径数メートルの光球が、後二つ必要なのだ。

 一度精製されたそれは、先ほどまでの暴徒のような気性の荒さは微塵にも感じない。確かに自分の魔力で造られたものではあるが、文字通り丸め込まれると毛糸玉のような軽さと、扱い易さを覚える。


 額ににじんだ汗を拭うと、ジルは次の作業に取り掛かった。

 翆と金色の魔法陣、つまり風と地の属性を相反させるのだ。

 要領は同じのはず。タイミングも、先ほどので掴んだ。出来るはず。


 腕の封印を解除して既に二十分が経過している。三分の一も制限時間を消費したけれど、進捗率だって同じだ。

 慣れも生まれているなら、そう焦る必要もない。目の前の門さえ壊せれば、あとは……。


「……え?」


 再び作業に取り掛かろうとしたジルは、眼前に広がる現実を受け止めきれなかった。

 急がなければならない状況だというのに、そうあって欲しくないと身体が拒絶する。


「嘘だ……」


 声に出して否定する。

 目をつぶってからもう一度開ける。しっかりと凝らし、見る。


 映っている景色は変わらなかった。


 天恍の鎖、最後の一本が。


 音も立てず、朽ちるように剥がれ落ちたのだ。


 地面に落ちると同時に、光の粒となって鎖は消える。

 次に響くは、巨人のうなり声のような、騒音。

 声と声のぶつかる音が、それぞれ混ざり合って耳を劈くような震動へ変化する。


 決して壊せない扉に刻まれる、邪悪な紫色の魔法陣が光る。

 誰が触れたわけでもなく、まるでそうなることが必然のように。


 外門は、静かに開いていく。


 灰色の空と、黒い雲が見えた。魔界と繋がっているゲートなのだから、当然だ。


 けれど、それだけだった。ジルが見えた空間は、たったそれだけ。


 他に残るは、夥しい物量を誇る魔族の群れ。

 いつか開く、いずれ解ける。

 絶対に魔王さまの仇を取ろう。

 

 そう信じて、絶えることなく待ち続けた餓える魔族たちが舌なめずりをして、目の前の青年を捉えた。

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