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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第四章 地の精霊 編
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第三十四話 ~生成る死錬~

 「これはまた、不思議な精霊様もいたものですね」

 「ほっほっほ。そうかね」


 ジャンヌは安堵して、武装を解除した。そもそも、もう警戒をする必要はなかったのだ。見上げたままの姿勢で、話を続ける。


 「お姿を見せないのは、そういうことですか」

 「まあの。見せないのではなく、見せられないだけじゃ」


 気配はあるし、言葉も聞こえる。けれど、(つち)の精霊は光の中から出てこようとはしなかった。

 それは先ほど彼も自分で言ったように、出てこないのではなく、出てこれないだけ。というより、正しくはもう姿は見せている。


 彼は、存在そのものが『概念』なのだ。実際に動かせる身体を持たない、その地に宿る大地そのものの意志。それが、地の精霊ガイアの正体だ。


 他の精霊も、同様の理由で生まれてはいるが、ここまで曖昧で不明瞭なのは彼ぐらいだろう。別に望んでなったわけではなく、自我が目覚め、存在をした時からこの状態なのだ。それが不便と感じたこともないし、これからもないだろう。


 「以前、一度だけお声を聴いたことがあります。覚えていますか?」

 「ほっほっ。もちろんじゃよ。お主たちが、魔王を倒した後じゃったかの。おっと、危ない」


 言葉を止めて地の精霊は小さな光を放った。頭上から猛スピードで降りてくるそれは、ジャンヌを通過すると後方で停止した。

 攻撃ではないことはわかっていたので、彼女はゆっくりと振り返った。だが、そこに包まれているジルを確認すると慌てた表情で駆けつける。


 「だ、大丈夫!?」

 「ああ、ジャンヌ……。うん……平気だよ」


 ぐったりするジルの腕は、二の腕までびっしりと帯状封印装具が装着されていた。すぐに転移してこなかったのは、これを巻いていた為だろうか。

 泡のように纏っていた淡い光は、絶えずジルを浮遊させていた。汗を流し、呼吸が荒い彼の顔つきは、心なしか安らいで見える。どうやら、体力の回復を促す結界の一種のようだ。


 「吐き気とかは? つらくない?」

 「うん。ホントに大丈夫だから……ほら、ガイア様と、お話しないと」


 心配そうな顔を見せつけられるジルだが、嘘偽りなく、彼の身体に今は吐き気などの反動は起こっていない。

 灼炎(しゃくえん)鎚印(スティグマ)が引き起こす、身体への負担は異様な倦怠感と疲労感のみ。実は、嘔吐をするなどの効果はないのだ。


 では、なぜあの時の彼はそうだったかと言われれば……副作用の方に原因がある。

 魔族の王、ベルクの持つ闘争本能、殺戮衝動を一身に受けてしまったジルは、自分の行った行為や言動などに強烈な嫌気を覚えたのだ。それ故の、彼自身による拒否反応。


 でも、今回は違った。

 目は赤く染まり、確かにベルクの筆舌に尽くしがたい瘴気が流れてきた。けれど、ジャンヌと一緒にいたことで、それを抑えるとは言わずとも、気にするほどのものではない、と自分の中で消化できていたのだ。

 なので、今は大丈夫。本当に、少し疲労が来ているだけだから。と彼女を必死で安心させようとしているわけである。


 「……もう、いいかね?」

 「ええ。安全な場所ですから、ゆっくり休ませます」

 「そうか。それで、ジャンヌよ。一体、どのような理由でここを訪れたのじゃ?」

 「あれ、アグニ様から何か聞いてないのですか?」

 「アグニ? はて、何も伺ってはおらぬが。最近は一日中眠っていることもあるでのう……。もしかしたら、気づかなかっただけかもしれぬ」


 平和になったことで、彼の役目も緩和された。今までは、魔界への門から出てくる魔族を出来るだけ抑える役割を担っていたが、それももう完遂している。だから、少しずつ少しずつガイア自身もスローライフを楽しむようになっているのだ。

 とはいえ、ルアン王国での一件と言い、アグニの連絡関連については一度も成功した試がないな。二人は同時に思っていた。


 「……まあいいわ。それじゃ、順序立ててお話します」

 「おお、それはありがたい」


 チラリとジルを横目で見てからジャンヌは話し始めた。どこまで知っているのかわからないが、だからこそしっかりと、事細かに、掻い摘みつつ語っていく。

 相槌をする様子もわからないが、耳を傾けていることがわかるような短い応答が聞こえたので、とにかく続ける。


 「――なので、ここまで来たわけです」

 「なるほどのぅ……」


 回復したジルは、ジャンヌの隣に居た。光の玉によって、消費していた分はしっかりと取り戻せたようだ。清々しい表情のまま、しゃんと背筋を伸ばして立っている。


 「……わかった。しかしまた、生成る死錬(デッドオアアライブ)とは古い魔術儀式を思いついたもんじゃのう」

 「僕も、初めて聞きました」

 「じゃろうな。魔術は、もっとはるか昔には様々な種類があったもんじゃが、成功確率や使い勝手のよいものが結局は残る。不確実で、正確性のないものはすぐに廃れていくのがオチじゃでな」

 「率直にお聞きします。ガイア様は、生成る死錬(デッドオアアライブ)を発動できますか?」


 ジャンヌがそう問うと、少しの間が空いた。

 古いと言っていたし、魔術盛衰の話を聞いた後ではどうしても不安になるのは、仕方のないことであろう。

 ジルが生唾を飲み込むと、ガイアは変わらない優しげな口調で答えてくれた。


 「可能じゃよ。ライルに、縁のある供物はあるかね」

 「ええ。このゼイラムがあります」

 

 ジャンヌは袋からひと手間かけた後、真っ赤な花を取り出して空に掲げた。丁寧に決して壊れないように、わざわざ瓶に入れて、箱で梱包までしたのだ。聖少女の泉で摘んだ、そのままの美しい姿をしている。


 「ほほっ。花を好む重戦士とは珍しいの」

 「はい。本当に、私もそう思います」

 「だからこそ、生き返らせてやりたいんじゃな」

 「……はい」

 「あい、わかった。ただし、ワシにも儀式の簡易化などはできんぞ。それだけは理解しとくれ」

 「わかってます」

 「よし、で。どちらが……と聞くまでもないの。ジャンヌじゃな」

 「ええ、もちろん」


 一歩前に踏み出し、ジャンヌは再度武装した。手に持った花を掲げると、引っ張られるようにふわりと浮かび上がる。

 既に、魔術儀式は始まっているのだ。


 「……あ、そうだ」


 供物に祈りを捧げ、術者が魔力を込めれば生成る死錬(デッドオアアライブ)は本番となる。その前に、とジャンヌは振り返りジルを見た。


 「ライルに、何か言っておくこととかある?」

 「ん……いや、特に」

 「本当に?」

 「うん。大丈夫。だって、これからまた会うんだもの」

 「……ああ、そうよね」

 「それに……話すにしても、きっと君と同じことを言うだろうから」

 「……ええ、わかったわ」


 柔らかく、嬉しそうにジャンヌは笑う。そして体の向きを正面に向けると同時に、顔つきは歴戦の戦士のソレとなっていた。


 「……お願いします、ガイア様」

 「うむ」


 赤い花を大切そうに握り、手を合わせる。心に、ライルのことを強く願ってひたすらに沈思した。彼の力強さを思い、彼の優しさを考え、彼が求めた平和を願う。

 徐々に、ゼイラムが光を放ち始めた。それは辺りを包み込むほど巨大になると、次の瞬間には弾けたように霧散する。

 後に残ったのは、無手となったまま安らかに眠るように意識を失っているジャンヌの姿だけ。ゆっくりと水中へ沈下していくかのように着陸すると、静かに深く呼吸をするだけとなった。


 「後は、彼女の力を願うばかりじゃな」

 「……はい」



 ――――


 眠りにつくかのように、失神したジャンヌが目を開けると、そこは夢のような世界だった。

 世界中から集めたかのような、色とりどりの花が大地全てを覆っている。真っ青な空と、照りつける太陽が、雪山の対比となって非常に眩しく感じる。少し霧がかかったような視界の悪さはあるけれど、それがまた神秘さを演出するのに一役買っていた。


 「……」


 景色の凄さに目を奪われている暇はない。この後に始まる、魔王に匹敵するほどの恐怖が、少しだけ和らいだだけのこと。


 「ジャンヌ……か?」


 ふいに、後ろから呼ばれた。

 懐かしい、久しく聞いていなかった低い音。ジルには決して出ない、体躯の良さから出される声。感涙しそうになるほど嬉しいが、今はそれどころじゃないのだ。


 「ええ、あたしよ。久しぶりね、ライル」

 「……なるほどな、そういうことか」

 「わかるの?」

 「ああ、聞こえてくるんだ。みんなが教えてくれてる」

 「……」


 ゾクリ、と背筋に氷を入れられるような思いをした。何も言ってない、教えてなんかいないのに、彼は全てを理解している。今から行われるものが、どういう儀式なのかを。


 生成る死錬(デッドオアアライブ)

 遙か昔に編み出された、古代の魔術儀式。


 死亡した人間と、もっとも関連の深い供物を糧とし、縁のある者が深く祈念をしながら、膨大な魔術を投入することで儀式は行われる。

 対価は、対象者の肉体と精神。腐ってもない、壊れても居ない、祈りを捧げた人物が願った姿そのままで帰ってきてくれる、まさに夢のような儀礼。


 では、何故これが廃れてしまったのか。

 原因は、シンプルに一つだけ。


 成功確率が極めてゼロに等しいから。


 対価を得るには、条件があった。

 それは、死亡した人間を自分の力で屈服させなくてはならない、というもの。

 舌戦などの場合もあるが、大抵は力と力をぶつけ合うことになる。

 

 発動と同時に、精神世界に祈り子は飛んでいく。見た者によって、受ける印象が違うので偏には言えないが、共通して語っているのは、死後の世界だろうということ。


 その中で、死者に打ち勝つ。

 ただ、それだけ。だが、それだけが異様なほど至難なのだ。


 「……ジャンヌ、先に言っておく」

 「なに?」

 「オレは、自分の制御が出来ていない。命を保障することは……」

 「そんなこと、死んだ人に言われたくないわよ」

 「はは。相変わらずだな……だが、言うとおりだ」

 「ええ。遠慮なく来なさい」

 「それじゃ、行くぞ!」


 ライルは背負った大斧を引き抜いた。フランシスカと同系統の斧槍だが、性能は違う。持っている聖なる加護は、微塵にもないのだ。彼が、強くイメージして具現化しているだけの、ただの斧。匹敵するのは、強度ぐらいのものだ。


 装備は肩が動かしやすいように、鋼鉄の胸当てのみで、後は比較的ラフな格好をしている。籠手すらつけていない。


 彼とジャンヌは、近接戦闘を得意とする間柄からよく模擬戦を行っていた。修行として、熟練者と手合せをするのは最上の鍛練となる。だから、余裕のある時は互いに切磋琢磨し合っていたのだ。


 戦績を言うと、完全装備になった以降はジャンヌが勝ち越していた。戦略を替え、戦術を練って挑むので一方的になることはなかったが、それでもジャンヌが上だったのだ。


 その全盛期真っ只中のジャンヌは今、地面に突っ伏している。


 体中に舞い散る花びらを乗せ、土煙の中で小さくうめき声をあげていた。

 腕を守っている籠手が、片方砕け散っている。左側だ。衝撃によるものか、肉体にもダメージが入っているようで、まるで雷でも走ったかのように、放射線状に割けて血が流れていた。


 幸いデュランダルは無事なようだが、手放したせいで彼女の居る位置から、数メートルほど離れた場所に無残にも転がり落ちている。


 なぜ、こんなことになっているのだろうか。


 それはなんと、ライルの攻撃を受けた、という簡単な答えだった。


 音をも超えるスピードと、大地そのものをぶつけられるような重量で放たれた振り下ろしを、剣で受けただけなのだ。

 たったそれだけで、ジャンヌは十メートル以上も吹き飛ばされて、ボロ雑巾のように地面に横たわってしまった。


 ライルは成長したわけではない。戦術も戦略も、死んだ時となんら変わりはない。


 違う点は、彼には死者の亡霊が憑りついていること。

 死後の世界に居る、全ての霊魂が彼に宿っている。それは、普段の何百倍では済まないレベルの、身体的肉体的強化を付与される、ということだ。


 死者は、仲間を離したがらない。自分以外の者が、生き返ることを死ぬほど拒む。

 死んだ者は死んだ者、仲良くしたい連中なのだ。いつまでも共に居たいのだ。


 だから、生成る死錬(デッドオアアライブ)で敗北することを絶対に許さない。生身の人間なら耐えられないほど、有りえない力を課すことでそれを完璧なるものとする。


 (覚悟はしてたけど……これほどって……)


 骨にヒビが入った左腕を庇いながら、擦過傷で血液の垂れる頭を起こして立ち上がった。

 利き手である右は上手く力を分散させられたが、一瞬の精度の差で左手は、激しい痛みを訴えている。


 先行きの不安を強く覚えながらも、生成る死錬(デッドオアアライブ)が何故廃れて、忘れ去られた魔術儀式なのかを、強く認識する。

 たった一度の接触で、圧倒的すぎる力量差を見せつけられたのだ。どうやって、こんな正真正銘の超人に勝てばよいのだろうか。


 流血している腕の痛みが、まるで強烈な恐怖と絶望のようにジャンヌの心へも広がっていくようだった。

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