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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第一章 風の精霊 編
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第二話 ~もう一つの願い~

 パチパチと音を立てて燃える焚火の前。明るくも熱を持つ光を浴びる男女の姿があった。

 一人は黒いマントを羽織り、動きやすそうな布の服を着込んでいる。蒼みのかかったブルネットの頭髪は、光に照らされると尚も深さを増して見える。普段差している腰の短剣は、膝元に置かれていた。


「今どのあたりかしら?」

 

すぐ目の前で、楽な姿勢で座りながら、こんがりと焼いた野生動物の肉をほおばっている金髪青眼の女性が聞いた。

 彼女は彼女で、丈を短くしてアレンジしたドレスに、動きやすいブーツを履いている。それだけでは質素だと、編み込み型のレザーベストもつけていた。

 

「多分、この辺りじゃないかな」

 

 青年、ジル・D・レインは地図を取り出して、目の前の女性ジャンヌ・ド・アークに見せた。


 横長の地図の上部には、大きな大陸が描かれていた。

 その大陸の下には、海を挟んで三つの島が存在している。三角島(デルタアイランド)と呼ばれる島で、三つ含めて一つの島国になっている。


 更に下は、アミリア大陸と呼ばれる半円上の大陸。資源が豊富な大陸だ。オルラン王国と親交の深い、産業大国ルアンの領土でもある。


 地図に載っている陸地は、大まかにこれだけである。昔はもっと多かったらしいが、魔族との争いの最中で消されてしまった所もあるらしい。


 その魔族たちが、魔界から進出をしている場所が地図でいえば南東……陸地ではなく、洞窟の億深くに存在する『冥府の外門(タルタロス・ゲート)』だ。

 長年にわたって、捜索部隊がやっとの思いで見つけ出してくれた場所である。ジャンヌたちは、真っ直ぐここを目指すべきだ、と魔王討伐への旅を始めたのだった。


 話を戻そう。


 彼らが今居る、ユアラシム大陸と呼ばれるこの大陸は、世界で最も大きい。地図の全体の三分の一は占めているほどで、主要都市なども、この大陸にある。


 彼らの故郷であるオルランは、この大陸の真ん中に坐していた。あらゆる方向への救援や依頼に駆けつけられる利便性、交易で必ず通る街道など、様々な条件が重なることでオルランは発展していった。

 

 そして、今彼らはオルランから南の、サウスグリーンと呼ばれる森の中に居た。

 目指しているのは、その森の中にある巨大渓谷、風の里と呼ばれる秘境である。

 そこに住む『風の精霊』に会おうとしているのだった。


「前行った時はどれぐらいかかったっけ?」

「戦闘も多くて時間を取られたから、一週間以上はかかったね。今回は、戦闘も少ないだろうし、数日もあれば到着するんじゃないかな」

「迷った時に偶々見つけた感じだったし、場所がわかっていれば簡単なものよね」

「うん。そうだね」


 初めて旅立った時も、彼らはこの森を歩いたことがあった。

 その先にある、港町のフリスタを目指していたのだ。

 海を渡って、アミリア大陸に向かうために。


 しかし、ジャンヌの独断により勝手に始まった、最初の旅。満足な旅道具もなく、しばらく彷徨うことになってしまった。

 その時、たまたまだが……彼らは見つけた。とある渓谷を。


 まるで冥府への入り口のように、ぽっかりと空いた断裂の側面を進むと、そこには集落があった。


 人気の少ないこんな場所に、一体どんな人が?

 進んで行くと、そこに居たのは人間ではなく、シルフという妖精一族が集落を構えていたのだった。


「ヴァーユもヴァータも、元気かしら」

「僕ら人間の何倍も長生きするらしいし、元気だと思うよ」

「だと良いけどね」

 

 ヴァーユとは、シルフの女性族長の名前で、風の精霊だ。

 ヴァータとは、その双子の妹であった。

 

 二人が、ここを訪れた時。彼女らは族長後継者問題を抱えていた。

 人を不思議と惹きつける魅力を持ったヴァーユ、しかし彼女はとてもおっとりとしていて、余り自我を出さなかった。

 対して、ヴァータは非常に勇気のある妖精だった。自ら魔族と戦いもしたし、そんな実力に惹かれる人も多くいた。発言力も、姉のヴァーユより間違いなくあった。


 とある日、先代の族長が魔族の襲撃に遭い、命を落としてしまった。戦乱の最中に、統制が者が居ないのでは話にならない。

 急遽、候補に浮かび上がったのは、その双子の姉妹であった。

 派閥が出来るほど支持者の多い二人でもあり、あやうく内乱にすらなりかけたその時。

 

 ジャンヌとジルが訪れた。いや、迷い込んだ。しかも、間の悪いことに魔族の襲来と同時に、だ。

 統制の取れていない集団では、いくら個々の能力が高くても意味がない。ジャンヌとジルは持てる力を駆使して、一旦魔族の追い払いに成功する。


 風の精霊、というのだからとても強大な力を持っているのだろう。そう思っていたが、このありさま一体なんなのだ。二人は、乗りかかった舟だから、と話を聞いた。


 そしてよそ者だから、と一言置いた上でジャンヌは言う。


「今必要なのは何? 精霊様っていう象徴? 違うでしょ。あんた達が手を取り、そして立ち向かえる為の力を、存分に発揮させてくれる人なんじゃないの!?」


 本質を見失いかけていた彼女らは、その言葉を聞いて、再び話し合う。

 結果、統制力のあるヴァーユが族長となった。厳しい判断が必要な時は、ヴァータがサポートして支えるという形で収まったのだ。

 

 その後、再び訪れた魔族をジルとジャンヌの加勢など必要なかったとも思えるぐらい、圧倒的に叩きのめすことに成功する。風の里は、こうして外界からの小さな波紋によって、守られたわけである。

 

 全てのいざこざが解決した後。

 感謝と友愛の証に、とジャンヌは風の精霊の秘宝である、魔術の込められた軽鎧をもらった。

 

 それは魔王との最後の決戦まで共に戦い抜いた、唯一無二の魔術装具になったのである。


「しかし、あたしもあたしで駆けつけるように出てきたから、強くは言えないけど……」

「ん?」

「もうちょっと、長旅をする為の道具は持ってこなかったの? 特にお金!」


 ジルの持っていた袋の中は、最低限の日用品だけであった。着替えや調理刀などのみ。

 栄誉ある称号を持った人間とは思えないほど、質素な道具だったのだ。金銭は、最低級の宿に一晩泊まれる程度である。馬すら連れていない。

 

「だって、もともと一人で行くつもりだったし……。必要な知識(こと)は頭に入れてるから、良いかなって」

「にしても先見性なさすぎでしょ! お父様からもらった栄誉はどうしたのよ!?」

「あぁ。いろんなところの孤児院と、交易船協会に寄付したんだ。あと、被害の激しかった諸国にも。全部ね」

「全部!?」

「全部」


 ジャンヌは呆れて物も言えなくなった。ジルが魔王を倒した功績としてもらった金額は、小さな国ぐらいなら買えてしまうほどであった。

 それを、彼は無欲にも、復興支援金として全額寄付していたのだ。自分たちの国の財産でもあるのに……。と思ったが、もう今更だ。

 ジルは幼い頃、母を病で父を魔族との戦いで亡くしている。孤児院で育てられたからこその選択肢も、文句は言えまい。


「はぁ……。まぁいいわ。一応、あたしも無銭で出てきたわけじゃないし。でも、長くは持たないから、どこかで補給しないいけないわね。フリスタに着いたら考えましょ」

「うん。頼りにしてる」

「まったく……」


 ニコリと笑うジルを見ると、ジャンヌはそれ以上何も言えなくなる。無垢で無邪気なその笑顔は、幼馴染以上の感情を抱いているジャンヌでなくとも、叱る気にはなれなくなるだろう。

 

「……で」

「?」

「ちゃんと聞いてなかったんだけど、何で風の里に行くのよ?」

「あぁ。いや、ヴァーユさん……風の精霊なら、人間が持っているものとは別の知識があると思って」


 風の里とは、ジル達がシルフ達の集落を勝手にそう読んでいるだけで、正式な名ではない。


 ただ、そこに居ると思われる伝承のもの……『風の精霊』という名前だけは人間たちにも普及していた。

 魔術の属性がそうであるように、世界には四属性を司る精霊が存在する。

 風、火、水、地。それぞれの精霊が存在し、その一人がこの集落に住む風の精霊……シルフ族現族長のヴァーユであった。


 と聞けば当然のことのようであるが、実際は彼らも会うまでは知らなかった。そも、精霊の存在自体が、お伽噺の世界で伝承のみで息づくものだと誰もが信じていることだろう。

 まさか、本当にいるとは思わなかったので初見では面を喰らった二人なのである。


「なるほどね。お城の書館じゃダメだったの?」

「うん。あ、いや、全く無駄だったことはないんだ。混沌の輪廻ラグナロク・リバイバルが、一体どういう呪術なのか、わかっただけでも収穫だよ」

「……その右手、大丈夫なの?」

「……」


 ジルは黙って右手を見た。

 手先から前腕の半分ほどまで、ビッチリと包帯が巻かれている。それは、零式帯状封印装具と呼ばれるもので、ただの包帯に見えるが、裏には封印を強める呪詛がびっしりと刻まれているのだ。

 これにより、無意識であっても魔王の侵食を抑えることが出来る。

 

 ただし、代償があった。

 それは、装具の封印能力が非常に高いため、装着している本人――――ジルの魔術すら封印してしまうのだ。

 魔術を使うには封印を解くしかない。だが、使えば侵食が始まってしまう。

 つまるところ、ジルは少しひ弱な人間に成り下がるしかなくなっていたのだ。


「大丈夫じゃないよ。でも、だから、大丈夫にするため……僕はヴァーユさんに会うんだ」

「そうね。そうだったわね。ごめんなさい。変なこと聞いて」

「ううん。変なことじゃないよ。心配してくれるだけでも、僕は嬉しい」

「……もう。ずるいわね、あんたって」

「?」


 素直に自分の気持ちを言葉に、顔に表すジルが卑怯と思いながら、ジャンヌは赤くなった顔を逸らした。


「……そうだ。ねえ、あたしのデュランダルでそこだけ綺麗に消せたりしないかしら?」


 ジャンヌはふいに思ったことを口に出す。照れ隠しのように振った話題だが、その内容としては真面目に考えたつもりである。


「そんな細やかな調整できる?」

「…………無理ね」

「腕だけ綺麗に、なんて芸当が出来そうなら、すぐに頼んでるよ」

「そうよね……」 

 

 ふと、ジルがあくびをした。そろそろ夜も更けてきたころだ。


「そろそろ寝ようか」

「そうね。じゃ、交代で寝るから先に寝ていいわよ」

「わかった。じゃ、起きたら次はライルが…………あ」

 

 うっかり。本当にうっかり。

 いつもの癖でジルは、仲間の名前を出してしまった。

 こうやって旅の途中で野宿をする時は、常に交代で寝ていた。突然の魔族による襲撃に備えて。

 いつもそうだったのだ。一番早く眠くなるジルが寝て、次にライルが寝て、最後にジャンヌが眠る。そういう輪番を組んでいた。

 

「……良いから、先に寝なさい」

「うん。ごめんね」

「なんで謝るのよ」

「……おやすみ」


 気まずい空気の中、ジルは横になった。


 ――――あの決戦での……ライルの最後の言葉は、彼らの耳に強く残っている。


「俺が必ず、奴の戦力を削いでやる! だから、後は任せたぞ!!」

「ライル!! 待って!!!」

「無茶だよ、そんな!!」

「ジャンヌ、ジル! ……幸せにな!」

「ライルッ!!!」


 ジャンヌの叫びと共に、ライルは突貫していく。

 炎の魔術を、闇の息吹を、避けることなく一直線に向かう屈強な戦士。


 間合いをつめ、聖なる斧を思い切り振り上げて、叩き下ろした。

 魔王の緑色の血しぶきが舞うと同時に、ライルの体から鮮血が噴き出す。

 苦楽を共にし、最後まで世界の為に戦った仲間を、彼らはそこで失ってしまったのだった。


 ――――。


「……ジャンヌ」

「ん?」

「もしもだよ」

「ええ」

「この旅の途中で、奇跡を……人を生き返らせる術を見つけられたら。僕は、それを優先して探したいと思う」

「!」

「ダメかな」


 寝ころんだまま、ジャンヌに背を向けるようにしてジルは話す。

 きっと彼女が複雑な表情をしていることは、背中越しでもジルにはわかっていた。そういう要望だったから。


「あんたが先に死んじゃ、旅の目的が違えるわ」

「……だよね」

「でも、余裕があったら……そうしたいわね。あたしも」

「……うん」


 現状がどうであれ。彼らは同じ思いだった。

 どれだけ高度な魔術でも、死んだ人を蘇生存在しない。

 この旅の真の目的ではないが、似たような方向性だ。見つけられたら、全力で探したい。そう思っている。


 これから先、どうするのかを考えているうちに、ジルは眠たくなり、睡魔にその意識を委ねることにした。

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