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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第三章 火の精霊 編
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第二十六話 ~呼ばれた理由~

 ――夜。

 精錬所はまだ稼働しており、今日最後の大仕事を終える為に従業員は、みな汗を垂らして働いている。

 魔術による街灯の鮮やかな光の他に、そういった工場(こうば)や民家の内側から出る灯りが間接照明のように、ルアン王国を輝かせていた。


 ふと、ジャンヌは空を見上げる。

 普段なら月と共に絶景を魅せてくれる星々は、この地上まで瞬きを届けるには距離がありすぎた。こちらから放つ光が強すぎて、夜空は漆黒に染まってる。大きな満月を確認するのがやっとであった。


 城へ向かう途中、とおりすがった夫人や仕事帰りの男性達は、例外なく一度は来た道を振り返るという奇行を起こしていた。

 鉄や油の匂いが蔓延し、煙が多くて視界も良くない亜熱帯のようなこの街に、彼女はあまりにも不釣り合いだったのだ。


 衣服自体は、普段の短く切り揃えた淡色のドレススカートということで、変更点はない。パーティドレスなぞ持つ余裕もなかったのだから、仕方ないのだ。しかし、レースのボレロを羽織るだけで何故だか、フォーマルな姿に見えるのは、彼女の器量の良さが成せる技であろう。

 耳元で光る真珠のピアスと、ラウンドネックの首元で輝くオパールの嵌められたペンダントは、一般市民では到底手の届かない代物。オルランの女王、ジャンヌの母から直接譲り受けたアクセサリーなので、それは当然。アクセントに、と胸元に挿したゼイラムという赤い花が、より一層気品さを増加させている。


 翡翠のベレッタで、ハーフアップにまとめた金髪を揺らめかせながらジャンヌは進んでいく。ほんのりと化粧をした表情は、まさに一国の王女としてあるべき容貌だった。

 

 「こ、これはこれは。ジャンヌ様。ご機嫌麗しゅうございます」


 初対面時の、怪訝な態度とは真反対の仰々しい態度で、城への門兵たちは頭を垂れる。だが、頭の固さは相変わらずで、エドワード王より貰った通行許可証を掲示しなければ、やはり中に入ることは許されなかった。


 (ホント、堅苦しい人ばっかだわ)


 ため息をつき、履きなれないヒールの高いパンプスで絨毯を蹴っていく。

 昼間と違い、やけにシャンデリアの灯りが眩しく思える。夜は魔族の動きも活発になる時間帯。オルラン王国でもそうだったように、夜勤の兵士を多量に配置しているようだ。今回は、やけに頭を下げてくる武装戦士が多い。

 雰囲気の違いを見流しつつ、螺旋階段を登っていくジャンヌ。ゆっくりと重たい足をあげながら、ジャンヌは一人考え込む。


 エドワードは何故か、大食堂や会議室でもなく王の間に、自分を呼び寄せた。

 一体、どうしてそんな場所にしたのだろう。密会、というほどでもないが、話がしたいのであれば普通はもう少し閉鎖的な部屋を選ぶはず。

 あんなガラス張りの大広間で、二人きりで談話するつもりなのだろうか。余りにも不適切に思える。不必要だろう、そんな広さは。


 (ま、寝室をチョイスしなかっただけマシね)


 もしもそうだった場合、何が何でも拒否したことだろう。婚約者とはいえ、婚前だ。いくらなんでも、王族同士で、そういったことは有りえない。あってはいけない。

 分別だけは弁えているのだな。キザな人らしい。

 気配りできる性格なのだと、少しだけ見直したジャンヌは、大扉の前へ到着する。


 大きく深呼吸をし、ジルの温もりを思い出すように手をギュッと握りしめた。今はいないけど、これが終わればまた会える。だから、大丈夫。

 早まった鼓動と、妙な汗を整えると門番へ向かって扉を開けるように命を下した。


 「やあ、ジャンヌ王女。お待ちしておりましたよ」


 広々とした王の間の奥で、玉座から立ち上がったエドワードがうやうやしく膝をついて挨拶した。

 外が一望できるガラス張りの壁にはカーテンがかかっており、昼間とはうってかわって風景は遮断されてしまっている。天井から釣り下がる照明器具の、少し妖しげな灯りが空間を精製しているようにすら思えた。


 「ほんじつはおまねきいただき、どーもありがとーございます」

 「ははは。こちらこそ、お誘いに応じていただき光栄の極みでございますよ」


 視線も合わせず、感情も何も籠っていないジャンヌの台詞をエドワードは軽くいなす。年の功というよりは、経験の豊富さによるものだろう。


 「……それで、どうしてここに呼びよせたわけ?」


 腰に手を当てた格好で、厳しい口調で問う。

 同時に、ジャンヌは周囲の気配を感じ取っていた。


 密会とは言っていないし、場所からして当然ではあろう。

 だがしかし、それでも確認できる存在が多すぎる。給仕役ではなく、戦闘経験者が持つピリピリとした闘気すら感じるのだ。


 一体、何故なのだろう。少し考えようとするも、自分には武装がある。


 何も持たず来たことに一切の警戒を見せないエドワードに対して、ジャンヌは瞬きをする間に完全武装態勢に入れるのだ。不安を覚える必要はない。


 「それはもちろん。あなたと、お話がしたいからですよ」

 「お話、とやらの内容を教えなさいって言ってるの」

 「せっかちですね。御飲物の用意も出来ているのに……」


 手を差し伸べた先には、大理石のテーブルがあった。そこには、紅茶ポットやワインの瓶が並んでいる。これも、きっと高価なものに違いない。

 

 「……紅茶をいただくわ」

 「かしこまりました」


 エドワードは王衣をひきずりながら、玉座傍に置かれている茶器に中身を注いでいく。

 密閉空間から吐き出された、茶葉の香りがふとジャンヌの鼻に入ってきた。とろんとしそうな、甘い柑橘系の香り。空腹ではないが、食指は動いた。


 「さ、どうぞこちらへ」

 「……」


 とりあえず、目の前の芳醇な香りの茶に罪はない。睨みつけるような視線を一旦緩め、大理石テーブルの前まで歩き、高級木材の椅子に腰をかけると、ゆっくり熱い紅茶を嚥下した。


 「……さて、じゃあお話といきましょうか」

 「ええ、簡潔にお願いね」

 「はは。わかりました。では、簡潔に」


 エドワードも同様に、椅子に腰をかける。会話を遮断させない為か、自分には飲み物を用意せずにそのままの楽な姿勢で話し始めた。


 「ジャンヌ王女、私と結婚いたしましょう」

 「……は?」


 通常なら、口に含んだものを吹き出すほど素っ頓狂な話題だ。けれど、幼いころから許婚という契りを結ばれた仲の二人。少し驚いて、二口目の紅茶を気管にひっかけそうになるものの、なんとか堪えてジャンヌは再度エドワードを睨みつけた。


 「何、いきなり?」

 「ええ、いきなりのこととは十分に承知しております。ですが、私の父上……ジョージが退位された以上は、早急に一国の王としてあるべき姿を民へ見せてあげたいのです」

 「……無理よ。あたしには、まだやるべきことがあるの」


 「ジル殿の件ですか?」

 「ええ。少なくとも、それが終わるまであたしは王女じゃなくて、勇者の肩書を出させてもらうわ」


 自分で言うのは嫌いだけど、こういう場面では役に立つ。何とも皮肉なものだ。思いつつ、ジャンヌはエドワードの返事を待つ。


 「そうですか……」

 「ええ」

 「考え直していただくことは?」

 「無理ね。今のあたしにとって、最優先事項なの」

 「ジャンヌ王女の代わりに、我が国の最新鋭部隊を御付きで寄越します。ジル殿の安全は保障いたしましょう。それではいけませんか?」

 「そういう問題じゃないの。これは、あたしがやらなくちゃならない、責任であって義務なの。義理を通すべき必要案件なのよ」

 「どうしでもダメでしょうか?」

 「ダメ」

 「関税の撤廃を約束します。永久同盟の契りも交わすことを約束しましょう。献上品が欲しいとあれば、世界中を駆け巡り望むまでの品々を用意いたします」

 「だから、とにかく今は無理って言ってるでしょ!? しつこいわよ」


 飲み干したティーカップを、ジャンヌはテーブルに向かって思い切り叩きつけた。


 カチャッ、という小さな音と共にゆっくりとカップは机上に着地する。怒りをあらわにした、激昂による行動は、あまりにも優しくゆったりとした動作だったのだ。


 「……え?」


 おかしい。

 割るほどではないにせよ、威圧的な意味を含めて振り下ろしたはずだ。陶器製のカップが、こんな静かな音を立てるわけがない。


 「…………ふぅ。出来れば、何事もなく、平穏で、公平で、静かに、普通の会話がしたかったのですが……」


 やれやれと言わんばかりに、エドワードは立ち上がって額に手を当てる。

 鋭い目線をぶつけるジャンヌの眉間にも、上手く力がこもっていない。ぴくぴくと痙攣して、こわばって見える。


 「残念です。では、やや強引な方法を取らせていただきますよ」


 指を鳴らすと、大扉を開けてぞろぞろと兵士たちが入ってきた。

 鋼鉄製のフルプレートアーマーと、全てが鉄製の長槍や大きな両刃の剣で武装した戦士。魔力を高めるローブや、特定の魔術を任意で発射できる杖などを携えた魔術師。

 一瞥するだけで、ジャンヌは相当な手練れたちだと理解する。


 強引な方法、というのが何かわからない。

 そもそも、なんで断ったぐらいでこんなことをするのだ。


 全く頭に状況が入ってこないけれども、懸命に力を振り絞ってジャンヌは椅子から立ち上がる。

 頭に靄がかかったような、奇妙な感覚が纏わりついて鬱陶しい。


 「あんた……何を……」


 絞り出した声も、掠れて届いているとは思えないほど小さかった。椅子の背を使い、運動もしてないのに息切れする呼吸をしながら、必死でエドワードを見る。


 「あなたが悪いのですよ。これほどまで言っても、私の誘いを無碍にするだなんて。用心のために、と少し体を痺れさせる薬を服していただいた所存ございます」

 「……この……!」


 最後の力を振り絞るつもりで、風魔軽鎧(ヴァルハラ)を顕現した。

 巻き起こる突風がカーテンを揺らし、テーブル上の茶器を吹き飛ばし破片へと化していく。


 身体が少しだけ楽になる。普段と比べれば、かなり劣る状態だが目の前の優男を問いただす元気ぐらいはありそうだ。

 目に生気の籠ったジャンヌは、耐久性の高い絨毯を蹴り破る勢いで踏み込む。屈伸運動から、伸展と同時にエドワードの首根っこを掴みかかるつもりだった。


 「おおっと、御待ちを」


 手のひらが向けられ、静止の言葉が飛んでくる。

 エドワードはあくまで冷静だった。焦りを全く感じさせない余裕の笑みだ。

 武を嗜んでいるとはいえ、何故ここまであからさまな敵意を向けられて平然としていられるのか。それが不気味で、ジャンヌは込めた力を一旦解消して、次の手を待つ。


 つかつかと、エドワードはその場から優雅に歩き出すと、乱暴に体を投げ出して王座へと腰を下ろした。


 「流石は大勇者様。恐ろしいまでの闘気です。私なんか、一瞬で首根っこをもぎ取られてしまいそうです」

 「……」

 「けれど、それは出来ませんよ。よぉーーっく、今の状況を見てみてくださいな」


 囲まれている。戦闘力の高い戦士と魔術師に。きっと、ただでは済むまい。逃げることも難しいだろう。しかし、エドワードの動きさえ止められれば……。やや汚い方法だが、突破口はある。


 「なによ、これぐらい。別にどうってことないわよ」

 「あっはっはっはっは! まったく、血気盛んですね、あなたは。ククク……」


 エドワードは大きく笑った。腹に手を当て、天を仰ぎ高らかに。


 「そういうことを言っているんじゃないですよ。あなたは、今お忍びで旅をされていますよね。近しい方は知っていても、外交的には何の公的理由は存在しません。つまり、そんな状況で一国のお姫様が、同盟国の主に謀反を働けばどうなるでしょう?」

 「……!」

 「ここは私の国の領地で、私の国の人間しかいません。一対多数のこの状況。さて、あなたが私に手をかけたら、一体どうなりますでしょうか? ふふふ」

 「あんた……!!」


 歯を食いしばり、今までとは違った、射殺すほどの気持ちでエドワードを見た。

 けれど、彼は何一つ顔色を変えない。

 いやらしく、けれど極上のおもちゃが手に入った子どものように、恍惚の表情を浮かべている。


 「逆に、私が何をしたところで、あなたは非常に不利です。例えば、百人の同一証言とたった一人の証言。実際に見たならまだしも、見聞として耳に入れた場合は、前者が正しいとされるのは当然の帰結」

 「何がしたいのよ、あんたは! あたしを人質にでもするつもり!?」

 「おやおや。お話を覚えておいででないのですか? 最初から申し上げていますでしょう」


 歪んだ笑みは、心が凍りつかされるような思いを瞬時に全身へ運び込んだ。

 そして次に放たれた言葉に、彼女は嘔吐してしましそうなほど強烈な嫌悪感を覚えた。


 「あなたが欲しいのですよ、ジャンヌ」



 ――――


 「どう?」

 「ええ、とてもおいしいです」


 紅蓮の猛火山(レッドインフェルノ)の中心核、火の精霊の間でジルとアグニは向かい合って紅茶を嗜んでいた。

 柑橘系の甘い匂いが、温度の高い空間に広がりさらに広がっていく。


 「そういえば」

 「ん?」

 「テティス様のところで、アグニ様から一応の話をつけておく、っておっしゃっていましたよね? あちらは全然、そんなこと知らないような素振りでしたが」

 「ああ。あの後から今まで研究やら調べものばかりしてて、すっかり忘れていたんだ。すまないね」

 「そうでしたか」

 「そもそも、ボクの存在を知っている人が極少数だからね。取次だって大変なんだ」

 「……そこまで精霊様たちが存在を隠す理由って、なんなのですか? 人間に対してここまで好意的なのに」


 ゆっくりと鼻腔いっぱいに香りを入れながら、ジルは問う。

 伝説上の存在としか聞いていなかった自分たちからすれば、別に危害を与えるわけでもないのにひた隠しにするのはどうしてか、疑問だったのだ。


 「精霊にもいろいろ理由があるからね。ボクの場合は、単に力がないから。信用できる少数が知っててもらえばいいし。テティスは、知られていない方が神聖さが増すからね。あいつの契約上、仕方のないことだよ」

 「風の精霊様は?」

 「あの子たちは、別に隠れているわけじゃないよ。単に知られていないだけ。少し複雑な精霊だから、別に人間の力もそこまで必要ではないし」

 「複雑というと?」

 「本質は一緒なんだ。別々の個性をもっているようで、あの里に存在するすべての精霊……人間側の呼び方をするなら、シルフが、風の精霊という個体なんだよ」

 「なるほど。確かに、ちょっと複雑ですね」


 「人間の身体で例えると簡単さ。腕、足、頭、という様に役割ごとに分かれている。それぞれの箇所は、確かに根本は同じ人間であることに変わりないけどね。それらを統制する部分は、当然出てくるだろう? つまりは、脳に当たる部分が精霊の長……今でいうなら、ヴァーユになる」

 「そうやって、分担させて生きているわけですか」


 「足や腕はやられてもいいけど、急所である頭は守らないといけないからね。けど、人体と違って特異なのは、その腕や足だって頭に変化できることだ。多少の特性は必要だけど、可能ならば所有権をどこにだって移動できる。ある意味、不死身だね」

 

 意外な場所で、風の精霊の実態を知った。さすがは、火の精霊様だ。

 感心しながらジルは、紅茶を飲みつつ話を続ける。じゃあ、地の精霊はどういうものなのか、と。


 水影投映(アクアコール)は、この茶会が終わってからという約束だった。

 ジャンヌだって、色々積もる話もあるだろう。少しぐらい、いいさ。


 そんな気持ちで、彼は知らない話をアグニから聞き出す。


 ジャンヌに迫っている危機なぞ、露も知らずに。

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